PwC Japan、専門組織でサステナビリティ・トランスフォーメーション支援 非財務情報可視化ツールも開発
Presented by PwC Japan
左から磯貝氏、坂野氏
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PwC Japanグループはこのほど、企業のサステナビリティ経営へのトランスフォーメーション(変革)を総合的に支援する専門組織「サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス」を設立した。最大の特色は、グループの各プロフェッショナルサービスが連携し、企業のサステナビリティ・トランスフォーメーションをサポートする仕組みにある。その一環で、サステナビリティ戦略の財務面へのインパクトを数値化するツールを世界で初めて開発し、企業のサステナビリティ経営の高度化支援の強化に乗り出している。世界有数のプロフェッショナルサービスネットワークの知見を最大限に生かした取り組みを同社はなぜ、今、日本でスタートしたのか。その意義や目的について、新組織のエグゼクティブリードを務める坂野俊哉氏と、テクニカルリードを務める磯貝友紀氏に聞いた。聞き手は足立直樹・サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー。
足立:企業のサステナビリティ経営をさまざまに支援されてきた御社が今回、新組織を設立されたのは、どういう狙いからでしょうか。
坂野:サステナビリティはクライアントにとって非常に重要な経営アジェンダであることから、PwC Japanグループで「サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス」(以下、サステナビリティCoE)という組織をつくってやっていこうということになりました。PwCの総合力を生かして、企業のサステナビリティ経営を促進していきたいという思いからです。
足立: PwC Japanグループが一丸となって、日本企業のサステナビリティの推進を支援しようという思いを具現化したのですね。いま、日本企業でサステナビリティへのニーズが高まっている理由としてはどのようなことが挙げられるでしょうか。
TCFD がドライビングフォースの一つに
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坂野:大きく2つあると思います。まず1つ目は、今や、世界は、環境の上に社会があり、社会の上に経済があるという、鏡餅構造になっているということです。つまり、環境価値と社会価値を前提にした上で、経済価値を最大化していく企業経営が求められています。またもう一つは、国連やNGOが地球や社会を代弁する形で問題を提起していることが、各国で社会を動かすソフトローになっていく中で、さまざまなステークホルダーがこうした問題に非常にセンシティブになっていることがあります。環境と社会と、それを担保するガバナンスを基にした経営をしていない企業には投資しないよという時代であるということです。つまり、この内発的と外発的という、2つの要因の組み合わせが、企業をサステナビリティに真正面から取り組ませていると認識しています。
足立:なるほど。その外発的な要因は、これまであまり動かなかった企業を動かした、という点で非常に大きな意味があったと私も感じています。例えば ESG投資家の割合が増え、さまざまな株主行動をとるようになったこともありますし、最近は日本企業のTCFD (気候関連財務情報開示タスクフォース)への関心も非常に高まっていますね。坂野さんから見て、何が企業を動かすもっとも大きな転換点になったと感じられていますか。
坂野:TCFDは非常に具体的な活動ですから、企業の気候変動への対応を促進したことは間違いないですね。特にこの3、4年の大きな変化として、一つのドライビングフォースであったと思います。これに類したもので言えば、例えば生物多様性などで動きが出てくると、サステナビリティへの取り組みがますます推進されると思いますね。
足立:そうしたいくつもの課題がある中、実際に今、日本企業にとっていちばん関心が高い課題は何だと見ておられますか。
坂野:環境課題ではまず気候変動で、次に水や廃棄物、そして生物多様性でしょう。気候変動で言えば、世界の気温が産業革命前から2度上がったら大変なことになるのを踏まえた上で、ネットゼロの社会にしようという方向性がグローバルで一定のコンセンサスを持っています。そのためには、各企業がそれぞれの領域でどういうビジネスモデルをつくればいいのか、といったところに話が進んでいます。それと同じように、今から5年経つと、生物多様性についても同様の方向性が出てくると私は見ています。
また一方で社会的課題があり、特に人権に注目する必要があります。人権は、物理的人権と精神的人権、社会的人権の3つに分けられます。物理的人権とは児童労働や虐待などあってはならないことで、当然、自社のオペレーションだけではなく、バリューチェーン全体を見なくてはなりません。新興国でそういうことがあったら、それは御社の責任ですよということになる。2番目の精神的人権は、自分らしさであるとか、ダイバーシティーやインクルージョンというものです。そうしたものの認識はどんどん変わってきていますから、それに伴って組織運営の課題も出てくるし、場合によっては個々のアイデンティティに合わせたマッピング活動や商品開発をしていくことが求められるかもしれません。
3番目の社会的人権とは、最低限の経済的な生活や、医療、教育を保証するものですが、これは今、世界で最も人口が増えているアフリカなどでまさに課題になっており、世界の企業が注目しています。この課題を解決するにはなんといってもテクノロジーのディスラプティブな、つまり破壊的な技術革新の力を借りるのがいちばんです。そして、ディスラプションのドライビングフォースは何かというと、一つがテクノロジーであり、もう一つがサステナビリティなんですね。この2つは、どちらも実現したい未来からなすべきことを考える「フューチャー・プル型」であるという共通項があります。
自分ごととして捉え、統合思考経営を
足立:たしかに、そういう意味でもサステナビリティは欠かすことのできない要素であるわけですね。サステナビリティ CoE では、その新しいビジネスモデルを企業と一緒につくっていくということも考えられているのでしょうか。
坂野:もちろんです。ただそれはサステナビリティCoEだけで考えるのではな く、まさにPwC Japanグループのさまざまなラインのサービスが協力してこそ、うまくつくっていくことができますし、その責任があると思っています。日本企業がサステナビリティの課題を本当に自分ごととして捉え、統合思考経営を実現するために、これを私どもは「サステナビリティ・トランスフォーメーション」と呼んでいるんですが、私たちのプロフェッショナルサービスを役立てていただきたいと思っています。
足立:具体的にはどのように企業のサステナビリティ・トランスフォーメーションを支援していかれるのでしょうか。
坂野:戦略レベルで言えば、中期経営計画をどうつくるか、またビジネスモデルをどう具体化していくか。例えば、エネルギー産業など、今後、事業がどうなっていくのか分からないといった分野の企業であれば、一度、事業ポートフォリオを組み替えるのか、あるいは新たなビジネスモデルを構築するのか、どちらかの中で成長を最大化するよう考える一方で、いかにリスクを緩和していくかも考えねばなりません。そうした企業のお手伝いをし、単にビジネスプランをつくるだけでなく、それが実行できるような組織やプロセスやKPIをつくる。そういったサービスを提供しようと考えています。
先進企業との対話から生まれた数値化ツール
足立:御社のサステナビリティ・トランスフォーメーションとは、統合的思考できちんと経営を行うよう経営層の意識改革を行い、経営者が地球的な、グローバルな視点を持つようにしていこうということがテーマになっているように思います。実際にはどのようにして、そういう変革を起こそうとしているのでしょうか。
坂野:はい。経営層のみなさまとサステナビリティとはどういうことなのかを紐解きながら、いろんな形で対応させていただいており、その中で、意識が変わる経営者の方もいらっしゃいます。そうした取り組みの一環で、SSI (Strategic Sustainability&Innovation)という日本企業の経営層のみなさまに、海外のサステナビリティ経営の先進企業の方々と直接対話していただく場を設定しています。
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磯貝:SSIは、まだサステナビリティが一般的でなかった 2015年から行っている会員制のフォーラムです。ヨーロッパでもさまざまな企業を支援している中で、日本でもサステナビリティを持続可能で競争力のある、未来に続く企業になるチャンスだと捉えて取り組まなければ後塵を拝してしまうのではないかと考え、こうした場を設けました。1業種1社に限定してご参加いただいており、年に4、5回、海外の先進的な企業の経営層の方々に基本的には来日していただいて、対話を深めています。多額の投資をしながらサステナビリティを推進している彼らのビジネス上の狙いを知ることを目的としており、実は今回、サステナビリティCoEで新たに開発した、サステナビリティの財務へのインパクトを数値化するツールも、ここでの対話の中から生まれたものです。
足立:そうだったのですね。それは非常に興味深いお話です。
磯貝:海外の先進企業は、国際社会やNGO、消費者などからいろいろな声があったとしても、それが巡り巡って自分たちの将来の財務基盤として返ってくるということを、きちんと長期的な目線で特定された上で、投資をしています。けれども日本では、サステナビリティというと、環境や社会にいいことだとは思っても、自分たちにとってどんなメリットがあるのかまだ理解されていない。その違いがあると思います。ですから、この数値化のダッシュボードを使うことによって、まさに点と点をつないでいこうというのが狙いです。そうした必要性がフォーラムの中で徐々に見えてきたんです。
足立:その数値化のプロジェクトは、すでにサステナビリティCoEの中で始動しているのですか。
磯貝:今、プロトタイプができたという状況で、これから進め方を検討していくところです。何社かご関心を示してくださっているクライアントがいますので、一緒にプロトタイプを磨き上げていく取り組みをパイロットプロジェクトとして進めていきたいと考えています。
足立:御社の場合、数値化ということで言いますと、産業連関分析モデルに基づく環境負荷算出の「ESCHER(エッシャー)」であったりと、すでにいろいろなツールをお持ちですが、それら既存のツールとの違いはどこにあるのでしょうか。
磯貝:既存のツールは、外部へのインパクトを測るものです。自分たちの活動がどのように環境や社会に影響を与えるかということを測っていました。一方、今回は、自分たちの活動が巡り巡って、自社の財務にどういうインパクトを与えるかという点に注目しました。そこが大きな違いです。
足立:今までの外部へのインパクトでは、なかなか日本企業の経営者の方にサステナビリティに取り組む意味合いがピンときてもらえなかった。なので、財務への影響を見せることで、経営者にも理解されやすくなるということでしょうか。
磯貝:そうですね。その活動がどういう形で自社の調達ですとか、レピュテーション、もしくはコストといったところに影響があるのか、ということをきちんと見える化することが、経営層の方々の腹落ち感をより高めると感じています。サステナビリティ経営を進める上で、資源をどこに集中すべきなのか。複雑に絡み合うグローバルな社会課題や環境課題に対して、長期的な目線で今何をすべきかということを決断していただくための肝になるのが、この見える化のツールなのではないか。経営層の方々とわれわれとの対話の重要な一つの要素になるのではないかと思っています。
WBCSDの協力による調査を根拠に
足立:このツールが面白いのは、具体的に、どういうパス(経路)を通じて財務に影響が出てくるのかが可視化されることだと思います。一方で、実際にそのパスはいろいろなものがあり得るわけですが、今回使うパスは、あらかじめ御社の方で想定なさったものでしょうか。
磯貝:はい。さまざまな研究を参考にしながら、われわれの方でつくりまし た。ベースになっているものとしては、WBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)の協力で行った調査があります。世界の30近いサステナビリティの非財務要素の管理において、先進企業が、何を意図して、何を計測しているのか、またその計測した結果をどう社内で利用しているのか、ということに関して、アンケートやインタビューを行いました。この調査で、彼らがどういう非財務要素をどういうパスを使って財務にインパクトがあると考えているのか、そのパターンを炙り出すことができましたので、これを根拠にしています。ですからこのツールを基に、各社がご自身で考えていくことが重要で、一つの叩き台になっていくのではないかと思っています。
日本企業の行動変容が重要:坂野
統合思考ベースに発信を:磯貝
足立:そうすると、このツールを使用することによって、少なくとも、世界的な先進企業が想定しているようなリスク、あるいは出来事に関して、同じようなことを想定しながら、それに対して備えることが可能になるわけですね。それはすごく日本の経営者層の方々への大きなアピールになるでしょうね。最後に、先ほどWBCSDの話も出ましたが、日本企業が国際的な機関やビジネス集団に参加していく中で、今後、より積極的な意味を果たしていくために何かアドバイスがありましたら、お聞かせください。
坂野:一つには、ちゃんとした成果をつくっていくということだと思います。実際ある企業において、1 年ほどかけて議論を深めていく中で、新たにサステナビリティのビジョンを見直し、事業の撤退や、新規の投資先を選定するといったことがありましたが、これは良い事例だと思っています。こういう行動変容が日本から起きてくることが重要です。日本の企業は、世界中のビジネスに及ぼす影響がすごく大きいですから、今後、その会社が先進事例となり、他国企業の参考となるようなこともあるのではないか。そういう結果を出せるところまで、日本の企業に頑張ってほしいし、そこを後押しできればと思います。
磯貝:今の日本企業は、サステナビリティに関する色々な指摘を受けて、その一つひとつに打ち返しているような受け身の状況にあるように思います。ですからそこから脱し、統合思考をベースに、自分たちが本質的に何をやらなければいけないのかをきちんと考えた上で、外野から言われることに対しても、われわれはこうですからこういうことはやりません、こういうことに注力します、ということを積極的に発信していってほしい。そうした体制を整えていただきたいと思っています。
足立:御社のサステナビリティCoEを、あるいは新しい数値化ツールを通じて、日本の多くの企業が変わっていくことに期待をしています。
インタビューを終えて
PwCというメインストリームのコンサルティングファームが本気でサステナビリティに取り組み始めたことに、世界の潮流がそちらに移っているということをひしひしと感じます。ところが残念ながら日本では、まだそれがピンと来ていなかったり、昨今のSDGsのように、その流れに「乗っかればいい」とだけ思っている経営者も少なくありません。そうした経営者に対して、サステナビリティに関するどんな課題がどのような出来事を起こし、それが自社の事業にどのような財務的影響を与えるかを可視化することは、サステナビリティの重要性に経営者を「目覚めさせる」ためにとても重要なきっかけになるに違いないと感じました。
また、そうした課題やそれに対応して行動することが重要だと頭で分かったとしても、それだけでは磯貝氏が言うように「言われたことを一つひとつ打ち返しているに過ぎない」のです。私自身もそれを「モグラ叩き」と呼んで、あまり良いとは言えない対応だといろいろなところで繰り返しています。そして経営者の方には、そういうやり方からは早く卒業して、問題の本質的な構造を理解し、また長期的な視点で考え、より効果的な活動として欲しいと願っています。これもお二人が言う、「本質的なところに力を入れ、そうでないところはあえてやらない」ということと重なります。
そうした中、今回PwC Japanグループが、財務への影響を可視化させるツールまで作って日本企業の経営者に働きかけようとしていることは大変興味深いことです。これによってサステナビリティ経営が日本でも普及することを強く期待しています。
足立 直樹 (あだち・なおき)
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SB-J サステナビリティ・プロデューサー
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして 独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。
文・廣末智子 写真・高橋慎一