
アメリカ発の反DEI(多様性、公平性、包括性)の潮流が広がる中、日本企業のDEIは形式的な制度を超えた組織づくりへの進化を求められている。サステナブル・ブランド国際会議 2026 東京・丸の内のセッションに、名古屋鉄道の岩田幹氏、アーティストでCradleのスプツニ子!氏、YKK APの西田政之氏が登壇。サステナブル・ブランド国際会議D&Iプロデューサーの山岡仁美氏による進行の下、DEIを「正義」にしない伝え方やKPIでは測れない組織の温度感など、人事担当のリアルな悩みも交えて議論を展開した。
| Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 山岡仁美・サステナブル・ブランド国際会議 D&Iプロデューサー / グロウス・カンパニー・プラス 代表取締役 パネリスト 岩田幹・名古屋鉄道 人事部人事戦略担当 課長 スプツニ子!・アーティスト / Cradle 代表 西田政之・YKK AP 専務執行役員 CHRO |
冒頭、ファシリテーターの山岡氏は、反DEIや分断、格差の拡大といった社会情勢を踏まえ、DEIの次のフェーズとして「DEIB」の概念を昨年に続いて紹介した。Bとは「Belonging(帰属意識)」であり、一人ひとりの心理的安全性が高く、組織に属している実感を持てている状態を指す。BelongingこそがDEIの核になるとし、ウェルビーイングやコンパッション(共感)、エンパワーメントなど注視すべき観点を示してパネリストへ議論をつないだ。
自社の課題に向き合う介護支援

名古屋鉄道の岩田氏は、同社の人材構成に根差した施策を紹介した。名鉄グループは約120社を擁するが、グループ経営を統括する総合職約800人と鉄道現場を担うエキスパート職約4000人では、求められる施策が全く異なる。共通する経営課題は、50歳以上の従業員が半数を占める年齢構成だ。当初は育児支援を進めていたが、社内を見渡すと介護に直面する層が圧倒的に多いことに気付いたという。
2023年の従業員アンケートでは約1000人が2親等以内に要介護の家族がおり、約240人が主たる介護者だった。これを受け、法定93日に対し最長5年の介護休業制度や被介護者1人当たり月額3万円の手当支給、外部相談窓口の設置など包括的な支援プログラムを整備し、介護離職ゼロを目指す。岩田氏は「世の中の流れに流されるのではなく、自社の課題を見て向き合うことが大事だ」と語った。
「男対女」ではなく「昭和vs令和」

Cradleのスプツニ子!氏は、日本の大手企業にウェルビーイング支援を提供する立場から、日本のダイバーシティ推進における「伝え方」の重要性を強調した。共働き世帯が専業主婦世帯の3倍に達した現在も、昭和型の働き方を前提とした構造が多くの企業に残っている。育児や介護を担う男性が増える中、その構造を放置すれば男性も苦しむ。日本のダイバーシティは「男性対女性」ではなく「昭和の働き方対令和の働き方」として捉えるべきだと指摘。
もう一つの論点は「構造的な偏り」だ。悪意がなくとも、制度や慣行が特定の属性に不利な状況を生み出し続けることがあり、不利益を被っていない側からは見えづらい。多様なアンテナを組織に入れなければ気付くのが遅れてしまう。スプツニ子!氏は「本当は誰も悪者ではない。ただ見えづらい構造の偏りが企業のあちこちに潜んでいるということをちゃんと伝えることがキーになる」と述べた。
「善の巡環」を生きた経営にする

YKK APの西田氏は、YKKグループの経営理念「善の巡環」と「森林経営」を起点に、DEIを生きたものにする5つの視点を示した。DEIを「配慮」から「意味」へ転換し1on1を推進すること、AI時代には能力ではなく「問いの切り口」の多様性が問われること、越境体験こそがDEIの実践形であること、組織を管理型の「設計物」から自律的な「生態系」へ転換すること、そしてこれらを一つのストーリーとしてつなぐ新人事戦略「Architect HR」の策定だ。
農業に例えれば、耕起栽培から不耕起栽培への転換であり、管理で整えるのではなく微生物同士の競争や共生が自律的に進む土壌を作ることが重要だとする。西田氏は「HR(人的資源)の仕事は制度を完璧にすることではない。本質は、関係性が育つ『余白』をいかに設計するかだ」と強調した。
「正義」を手放し、本音で向き合う
後半のクロストークでは、DEIが「正義」として語られることの功罪が議論の焦点となった。岩田氏は「ダイバーシティという言葉が正義になりすぎて、はまっていない人の本音を言えなくしている」と指摘。育児支援が支配的な文脈になった時、介護のような別の切り口を入れることで多様な声を拾えるようになったと自社の経験を語った。スプツニ子!氏も社会正義感が付きすぎると推進がかえって難しくなるとし、「ウェルビーイング」への言い換えも有効だと述べた。

山岡氏は「100人いれば100通り。パーソナルをいかに引き出すかという点で、日本の多くの企業が取り組んでいるダイバーシティ施策はまだ表層的ではないか」と問いかけた。
これに対し西田氏は、ダイバーシティの本質は「オピニオンダイバーシティ」だと応じた。多様な属性があっても自分の意見を表明できなければ効果は生まれない。KPI偏重の人的資本経営に対しては、組織対話の質や現場の自由度などを指標とする「KHI(Key Human Indicator)」の導入を進めていることを明かした。山岡氏が「それは多くの企業にとってめんどくさいことにならないか」と水を向けると、西田氏は「めんどくさいことを避けてはいけない。揺らぎに向き合う仕組みを作ることが人事の役割だ」と語った。
スプツニ子!氏は、日本企業のダイバーシティは米国より30年ほど遅れているとの見方を示しつつも、概念から実践へとフェーズが確実に進化していると評価。岩田氏も「従業員を信頼している。アメリカがどうだとかは意識せず、自信を持ってやっていけばいい」と応じた。
締めくくりに西田氏は「AI時代だからこそ自分の頭で考え、学びを止めないことが重要だ」と述べ、岩田氏は「DEIという言葉に惑わされず本音を聞く場を作り、周囲の10人、20人から変えていく」と決意を語った。スプツニ子!氏は「日本には日本に合ったやり方がある。リアルに今できる施策を着実にやっていくフェーズだ」とエールを送り、ポジティブな空気に包まれながら、セッションは幕を閉じた。
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。













