• 公開日:2025.09.19
「いないことにされてきた家族」を可視化する 映画『ふたりのまま』長村監督に聞く
  • 眞崎 裕史
長村さと子監督

女性カップルとその子どもらの日常を記録したドキュメンタリー映画『ふたりのまま』が、9月20日から新宿K’s cinemaで公開される。監督の長村さと子氏自身、同性パートナーと子どもを育てる当事者であり、性的マイノリティーとその家族を支える一般社団法人「こどまっぷ」の共同代表も務める。本作は「制度や社会から見えない家族」の姿を映し出し、「家族とは何か」という問いを観客に投げかける。初監督を務めた長村氏に、作品に込めた思いを聞いた。

原点にある思い

「この国に『いないこと』にされてきた家族たち」。作品を語る際に使うこの言葉には、長村監督の実感が込められている。

「きつい言い方かなとは思うのですが、私自身、すごく感じています。政策の対象にならない、そもそも政治の場面で想定されていない。『見えない』ことで、いないとされてしまう。でも、いないわけではない。実は隣にいるかもしれない、ということを想像してほしい」

長村監督は「こどまっぷ」の共同代表として、女性カップルの妊活などを支援してきた。病院へのアクセスの困難や孤立感に寄り添い、生まれた子ども同士がつながる場を作る活動も続けてきた。その延長線上に、今回の映画制作があるという。

法案への危機感からカメラを取る

長村監督が映画制作を考えたきっかけは、第三者提供の精子や卵子を使った不妊治療のルールを定める特定生殖補助医療法案だった。2025年6月に廃案となったが、数年前から強い危機感を抱いていたという。

「法律婚の夫婦以外は不妊治療の対象にならない。このままでは、すでに生まれてきた子どもたちまで、まるで法律違反で生まれてきたかのように映ってしまう。そういう危機感がありました」

顔や声を出せずにいる当事者は多い。そういう中で、「今こそ、生活が見えるような映画を作らなければ」と決意した。

4組の家族が見せる日常

映画には4組の家族が登場する。新生児を迎えたばかりのカップル、年齢や経済的な壁に直面しながら妊活を続けるカップル、遠距離から同棲生活を始めたステップファミリー、そして成人目前のハルさんとその親。それぞれの日常を1年余りかけて撮影した。

季節の移ろいとともに映し出されるのは、特別な出来事ではなく、日々の食卓や会話だ。その中で、笑いや迷い、悩みなどさまざまな感情がストレートに記録されている。「カメラの前で顔を出すのは、すごく勇気の要ることです。だからこそ傷つけないように、気を配りました。私自身が当事者だからこそ、何が嫌で、どんなことがしんどいかも分かります」

『ふたりのまま』のワンシーン(©一般社団法人こどまっぷ)

そんな距離感だったからこそ、家族たちは赤裸々な言葉を語ることができた。成人を迎える直前のハルさんは「お母さんが女性を好きだっていうことも気にしない感じ?」という長村監督の問いに対し、「気にしないですね。ゲイの友達もいるし、その辺はフレキシブルに。別に誰を好きでもいい。そこら辺の価値観はみんなよりも広い自覚はある。そういう状況があることを早い段階で知れていたから、固定観念なくいられるのだと思う」と答えた。

長村監督はそのやりとりが特に印象的だったと言い、「ストレートに社会を見ていて、素直に親のことを愛し、愛情をありのまま受け取っていると実感しました」と笑顔を見せる。

社会的課題としての「見えにくさ」

『ふたりのまま』のワンシーン(©一般社団法人こどまっぷ)

全国の自治体でパートナーシップ制度は広がり、2025年11月で国内初の制度開始(渋谷区・世田谷区)から丸10年を迎える。今年5月末時点で全国530自治体が導入し、人口カバー率は90%を超えた。

「パートナーシップ制度の広がりは、確かに社会の大きな動きであり、人々の気持ちが変わってきていると思います。ただ、見えている景色は変わっていない。求めるのは、法的な保護です」

長村監督は、企業における当事者の存在についても強調する。「企業の中にはカミングアウトしていないだけで、たくさんの当事者がいる。本当に多いんです。いくら社内の制度を整えていても、『うちの会社では言えない』という人は少なくない」

特に子育てに関しては、働き方の柔軟さが重要になるという。「同性パートナーが子どもを産んだとき、会社の誰かに伝えておくだけでも全然違います。育休も取れない状況では、ワンオペになってしまいがちです。その結果、カップルの関係性が悪くなるケースをたくさん見てきました」

制度が存在しても、それを利用できる雰囲気がなければ意味を持たない。映画はそんな現実も照らし出している。

タイトルに込めた意味

『ふたりのまま』のワンシーン(©一般社団法人こどまっぷ)

タイトルの『ふたりのまま』には、複数のニュアンスが込められているという。「母親」の「ママ」と同時に、「あるがまま」の2人という響き。そして、同性カップルの「家族」への思い。

「ママと言われる違和感と、あるがままでいいというところから、『ふたりのまま』と付けました。私は10年くらい前から、『かぞく』と平仮名を使っています。漢字の『家族』には、家制度や従来の枠組みが強く刻まれている。あえて平仮名にすることで、固定的なイメージから解放したいという思いがあります。この映画を通して、家族についても思いを巡らせてもらえたら」

観客に求めるのは、大きな行動ではなく日常の中の小さな配慮だ。長村監督は訴える。「例えば『彼氏は?』ではなく『パートナーさんは?』と言い換えるだけでも違う。特別扱いではなく、『当たり前』が欲しい。それだけなんです」

映画『ふたりのまま』が映し出すのは、遠いどこかの特別な存在ではなく、すでに私たちの社会にいる人々の暮らしだ。観客はスクリーンを通じて、その日常の息づかいに触れることができる。その体験が、誰もが「当たり前」に生きられる社会を考える、小さなきっかけになるはずだ。

『ふたりのまま』(配給:一般社団法人こどまっぷ)
9月20日(土)より、新宿K’s cinemaほか全国順次公開
https://kodomap.org/futarinomama

written by

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。

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