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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)
コミュニティ・ニュース

ジャーナリズム視点で広告を発信する時代 より良い社会をつくるコミュニケーションとは:SB2021 Sustainable Marketing Day (4)

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サステナブル・ブランド ジャパン編集局

サステナブル・ブランド ジャパンは昨年11月26日、東京・日本橋でセミナー「SB2021 Sustainable Marketing Day」を開催した。「クリエイティブの⼒で世界をつくる ーサステナブル・イノベーションー」と題したセッションには、ハフポスト⽇本版の編集⻑を務めた後、PIVOTの執⾏役員として新たな経済メディアの立ち上げに携わる⽵下隆⼀郎⽒と、社会派クリエイティブを掲げ、広告から商品プロデュースまで領域を問わずに⼿がけるarca CEOでクリエイティブディレクターの辻愛沙⼦⽒が登壇。⻘⽊茂樹・サステナブル・ブランド国際会議アカデミックプロデューサーがファシリテーターを務めた。 (サステナブル・ブランド ジャパン=廣末智子)

「今、どんな会社もインターネットを前提にビジネスをしている。教育も⽣活もすべてはネットが前提だ。それと同じように今度は、SDGs が前提ですべてが変わっていく。そっちに PIVOT(ピボット=⽅向転換)していかねばならないという思いがあります」

紙、ネット、新メディアの立ち上げと進化する媒体から発信を続け、⾃⾝、「メディアを渡り歩いてきた」と⾔う⽵下⽒が、SDGsの革新性について聞かれて、そう説明した。2010 年代には企業がメディア化すると⾔われたが、それはオウンドメディアをつくることにとどまった。それが今「既にメディアと一般企業とのビジネスの境⽬が溶けあい、分からなくなってきている。企業はジャーナリズム化しないといけないし、実際そうなっている」という。

⽵下⽒⽈く「企業はSDGs化しないと生き残れない」。なぜなら、SNSが隆盛する今、投票以外にも企業に対するアクションを通じて社会を変えようという消費者や株主の意識が強まっているから。どんな企業も場合によっては自らが政治以上に影響力を持つことを考えなくてはならないし、そういった問題に敏感でなくてはならない。そのような環境変化を背景に、「SDGsの肝となる⼈権と環境の2つの軸を企業が担っている」のが今の社会だ。

クリエイティブアクティビズムとは企業の“思想”を汲み取り、その世界観をクリエイティブで表現すること

そうした中、ビジネスの側からジャーナリズム以上に⼤きな変化を起こしているのが、辻⽒だ。arcaは、テレビCMをはじめ、新聞広告や屋外広告、商業施設のデザインなど幅広く⼿掛けるが、その表現は広告というよりジャーナリズムに近い。⾃社の姿勢について辻⽒は「社会課題に対してクリエイティブでどうアプローチしていくのか」という観点から「この企業は社会に対して何のためにビジネスを行っているのかという、企業の“思想”を汲み取った上で、その世界観を表現することを(広告やブランディングを通じて)やっています」と説明。それが、arcaがポリシーとして掲げる“クリエイティブアクティビズム”の根幹になっている。

アクティビズムといっても、「正解と不正解」「正義と不正義」といった対立構造を生むことが目的では決してない。「⽣活者と企業が対⽴する関係性ではなく、連帯していかねばならないフェーズにあるからこそ、その2つをつなぐクリエイティブアクティビズムの可能性を私は信じる」と辻⽒は⾔う。

「環境問題もジェンダーも、表現の仕方を間違えると炎上してしまったり、図らずも誰かを踏みつけてしまったりということがある。文脈やリアルな声をしっかりと学びながら、より多くの⽅々に共感と連帯をつくっていくのかということを掲げ、⽣活者と企業にワンチームで協働してもらいたい」。そうした、⽣活者と企業の間に立ち、クリエイティブの力でより分かりやすく、より多くの人に伝えるべきメッセージを届けることがarcaであり、辻⽒の仕事だ。まさに企業と寄り添い、伴⾛するアクティビストの姿がそこにはある。

声なき声を可視化し、点を線にし、⾯にする

クリエイティブアクティビズムにできることは何か。これに対し辻⽒は「確かに存在している声なき声を可視化する」「点を線にし、⾯にしていく」「声を上げるフレームを作る/当事者を増やす」の3つを挙げた。

2016 年に待機児童問題がクローズアップされるきっかけになった「保育園落ちた⽇本死ね‼」という匿名ブログの書き込みを「言葉としてはかなり暴⼒的ではあるが、まさにコピーライティングの⼒だと感じた」として引⽤。「実際に保育園に⼊れないで困っている⼈たちが世の中にはたくさん存在するが、線で結ばれていないし、⾯で可視化されていない。そういった、確かに存在しているはずの一人ひとりの課題が、面で可視化されていないが故に社会の中でなかったことにされている、これを変えていきたい。⽣活者にモノを届けることがビジネスの基本であるなら、企業は⽣活の中で感じる課題(ライフイシュー)に向き合うことが⼤事ではないでしょうか。既にそこにあるにもかかわらず社会に届いていない声を可視化することで、当事者が声を上げやすい土壌ができあがったり、あるいは実際に企業が課題解決にまでアプローチできることもある。生活者からどのようにして購買を得るのかということばかりに力を割くのではなく、生活者が抱えている課題をバックアップしていくことで選ばれるブランドをつくっていく、これがクリエイティブアクティビズムのあるべき形だと思っている」と続けた。

「例えば、⼦ども向けの製品を⼿がける企業が、顧客の⽣活課題を因数分解していくと、そもそも保育園に⼊れなくて困っているということがあるかもしれません。そのように視点を広く深く持ち、⽣活者の抱えている⽣きづらさを企業が解決していくことが⼤事なのではと思います」

商品を売ることは企業として⼤前提だが、それ以上にその商品を「何のために売りたいのか」ということが問われる。「痛み⽌めを1箱でも多く売りたいという前に、そもそもなぜ消費者が痛みを我慢してまで仕事をしないといけないのか。そこまで考えてみると、『社会の痛み』みたいな声がもっと出てくるかもしれない。『痛み』を拡⼤解釈することで、ブランドの力で取り除ける痛みがもっとたくさんあることに気づけ、より本質的なものが届けられる」。そこに⾒えてくるのは、販促と広告の垣根を超えた真のブランディングの姿だ。

SNSユーザーも含め全員がステークホルダーであるのがSDGs時代

こうしたクリエイティブアクティビズムの思想を、⽵下⽒は、「これまでは(製品ができて)100⽇⽬とかに始まっていた広告が、今は初⽇から始まっている。プロセスエコノミーという⾔葉があるように、制作過程をすべてオープンにするのが今のネット社会だ」と解説。

また2000年代に「会社は誰のものか。株主か、社員か」という議論があったが、「答えはみんなのもの。今は社員の⼦どもも⼊っていれば、SNS ユーザーも⼊っている。全員がステークホルダーであるのが、SDGs 時代」と話した。例えばビール会社にとっては「ビールを飲む⼈だけじゃなく、お酒を飲んでいる⼈を横で⾒ている周りの未成年もステークホルダーに⼊る」ことで、中学⽣の意⾒を取り⼊れた企画書を広告として公開するといった企業が⽇本でも現れることへの期待を述べた。実際に南アフリカのビールメーカーは、サッカーの試合を通して男性に「アルコールの影響で⼥性に暴⼒を振るわないで」と訴えるキャンペーンを⾏い、ブランドを高めたという。

そしてもう⼀つ、辻⽒が今、広告を通じて⼒を⼊れているのは、これまでの社会や業界がつくりあげてきた固定観念(ステレオタイプ)や偏⾒をいかにして⾒直し、それを切り崩すような発信をするかだ。

「⼥⼦⼒」って何だろう。正解を提⽰するのでなく、問い掛けをしてみる

そうした事例の⼀つが、ヘアカラーなどの美容商材を美容室向けに卸しているミルボンの広告だ。これまで当たり前に使われていた「⼥⼦⼒」という⾔葉に焦点を当て、「『⼥⼦⼒』って何だろう。」というコピーを⽤いて、あらためてその意味を問い掛けると同時に、そこから脱却した、今らしい多様なあり方を「GIRLS POWER」として発信した。

まさに⼥性の持っている多種多様な⼒を髪の⽑で表現した試みで、企画名は「LOVE YOUR GIRLS POWER」に。ポスターのモデルを公募したところ、応募者の中には自分らしさと社会規範との間で傷ついた経験を涙を流して語る⼈もいたそうで、「声なき声を企業が拾うことの⼤切さを痛感した」と辻⽒。正解を提⽰するのでなく、問い掛けをしてみることを体現した企画は、単なる広告を超え、⼥性の⽣き⽅を応援するブランドアクションとなった。

このほか、辻⽒の⼿がけた仕事には、若者の投票率アップに向けタピオカ店で選挙割キャンペーンを展開したり、国際⼥性デーに⽇本で初めて「婦⼈⼤⾂」が誕⽣した⽇や、男⼥雇⽤機会均等法が成⽴した⽇など、ジェンダーの歴史を辿ることのできる新聞記事の⾒出しを並べた新聞広告など多数ある。セッションではそれらのどれもが、SDGsの⽂脈であらゆる世代の⼈たちとコミュニケーションを図ることを⽬的としたものであることが紹介され、辻⽒は会場の声に応えて「⼀⾒遠く感じる社会課題をいかに⽣活者の⼈たちに近づけるよう翻訳して届けるか。企業ができることの領域はものすごく⼤きい」と締めくくった。

また辻⽒と同じくクリエイターで、コメンテーターとして参加したNEW HERO 代表理事の⾼島太⼠⽒は、「僕も広告で育ってきたが、ジャーナリズムの観点を持ったクリエイターの話にすごく共感する。今後、辻さんのような考え⽅でどんどん事業を創出していく企業が増えればいいなと思うし、⽵下さんのようなこれまでのメディアとは⽴ち位置の違うメディアと企業との協働に期待したい」と話していた。