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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
横浜発のサステナビリティ

ポストコロナ、社会は真の多様性を実現できるか――「好奇心で壁越える」栗栖良依氏が語る

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栗栖良依・NPO法人スローレーベル代表

障がい者と多様な分野のプロフェッショナルによる、現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」。総合ディレクターの栗栖良依・NPO法人スローレーベル代表は「東京2020開会式・閉会式4式典総合プランニングチーム」に所属する気鋭のクリエイティブディレクターだ。自身も2010年に右下肢機能が全廃し、障がいがある。コロナ禍の中で準備を進めたヨコハマ・パラトリエンナーレの舞台裏とはどんなものだったのか。ニューノーマルが叫ばれる今、ダイバーシティを実現させるための課題、障壁の乗り越え方は――。「果てしない好奇心が、社会を面白くする」と話す栗栖氏と、山岡仁美・SB2021Yokohamaプロデューサーが対談した。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本啓-)

新しい方法を探求したパラトリ:「やってみる」で未来を拓く

山岡仁美氏(以下、敬称略):3年に一度のヨコハマ・パラトリエンナーレ(以下、パラトリ)は今回、コロナ禍でイレギュラーな開催になると思います。これまでとの違いはどう感じていますか。

栗栖良依氏(以下、敬称略):パラトリは「つくるプロセス」がすごく大事で、本番はその成果発表という感覚です。だから、なるべくたくさんの人に準備に参加してもらって、そこでふれあいがあるんですが、オンラインなのでいつもと感触、体感が違います。ただ、オンラインにしたことによって、距離のある人や、外出しづらい人、色んな人が参加してくださっています。

山岡:オンラインだからこその工夫はありますか。

栗栖:例えば、本来であれば本番の会場で、ライブパフォーマンスのサーカスを予定していましたが、それができず、演者一人ずつ撮影をして、合成してアニメーションにするという作り方をしました。

イベント会場をフェスティバルのプラットフォームにできない代わりに「パラトリテレビ」というテレビスタジオでアートプログラムを展開したり、何もかもがニューノーマルな感じですね。本当に新しいやり方を探求しました。

今年2月にパラトリのキックオフを中止にして、最初から「いつもと違う」という雰囲気でした。もともと東京2020オリンピック・パラリンピック(以下、オリパラ)が夏に開催され、秋にパラトリという計画でしたが、オリパラが開催延期になり、じゃあパラトリはどうする?と話し合ったんです。コロナがどうなるか先が見えない中でしたが、パラトリは予定通り秋に開催するけど企画の内容を全部書き換えようと決断をしました。

アーティスト・井上唯さんの作品《whitescaper》(ホワイトスケーパー)の制作中。横浜市にある象の鼻カフェのほか、自宅や学校、施設でパーツをつくったパーツを繋げる
完成したインスタレーションはパラトリのコア期間中、横浜市役所に展示されている
ソーシャルサーカスはアニメ―ションを融合した映像で表現(会場での発表=17日)

山岡:企画・運営のプロセスも初めてのことがたくさんあったと思います。準備に参加された皆さんにとっても課題が多かったんじゃないでしょうか。

栗栖:パラトリを2014年に初めて開催したとき、障がいのある人たちがプログラムにどうアクセスするか、実地のワークショップにどう参加するかというアクセシビリティに課題がありました。2017年はそこを乗り越えることができたと思っていますが、2020年はプログラムがオンラインになり、オンラインへのアクセシビリティという新たな課題が見えました。

福祉業界ってまさに人が密に、アナログで関わる文化・習慣で成り立っていて、デジタルやインターネットに慣れていないんです。障がいの当事者はもちろん、通っている施設や、家族の方がオンラインに触れる、それをサポートすることに戸惑うケースがありました。

ただ、これからニューノーマルができてくると言われ、世の中全体のプログラムでリモートやオンラインがスタンダードになっていくと思います。その波に乗れなければ障がい者や福祉業界はますます孤立し、社会参画の機会を失ってしまいます。今回、その課題に出合えたことはひとつの成果です。パラトリの準備を通して今後の課題をどうクリアしていくかが見えたという実感もあります。

山岡:先ほどからニューノーマルという言葉が出ています。サステナブル・ブランドの今年度のグローバルテーマは「リジェネレーション」、再生する、という位置付けです。これまでの成功体験を参考にするではなく、一変する先にわくわくがあるのではないでしょうか。パラトリは今回、試金石のような開催に挑戦されたご様子ですね。

栗栖:本当にそうですね。やれた、ということが自信につながっています。例えば2014年にやったことが2016年のリオ大会につながっていたし、2017年にやってみたことが2020年の東京大会につながっていました。パラトリは常に「やってみる」ことで未来を開拓してきたので、今年、手探りでも開催に踏み切ったということは来年以降の何かにつながると思っています。

オリジナルな方法で障壁を越える「果てしない好奇心」

山岡:コロナ禍で栗栖さんご自身に変化は感じましたか。

栗栖:実は3年くらい前から「アフターオリパラ」を意識していました。オリパラは社会のシステムや価値観に対して「破壊力」のあるイベントだと思っていましたが、実際には、それはオリパラ的なものではなくコロナ禍で破壊されました。創造につながる破壊、という意味では、オリパラ以上のインパクトかもしれません。

私は2010年に病気をしたときに、半ば強制的に生き方、人生観の見直しをさせられたんです。そのときの体験と同じような感覚を今年味わったなと、懐かしい感じもしました。それくらいの大きなリセット感です。

山岡:栗栖さんにとっては「2度目のリセット」なんですね。それは強いわけです。この2度目のリセットは、しかも世界共通の課題で国や地域にすら限定されていません。

今は色々な意味での「配慮」が試されていますよね。命ってなんだろう、生きていくということってどういうことなのか。すべてのことが大きくリセットする、そんな時代かもしれません。栗栖さんにとって社会で生きていくために重要なことは何でしょうか。

栗栖:「わくわく生きる」ということに尽きると思います。できるなら人生はそうやって送りたいと思っています。

今回のパラトリでも好奇心をテーマにしています。「知りたい」「どうなってるんだろう?」という好奇心がなくなった途端に人も社会もつまらなくなると思うし、果てしない好奇心、わくわくの連鎖が社会をもっと面白く、生きることを面白くしていくのかなかと思っています。他者理解にもつながるすごく重要なことです。

山岡:さまざまな課題が複雑で時には面倒ですが、見る角度を変えたり、柔らかくしていくと、「難しくてできない」と思っていたことができてしまう、ということが多々ありますよね。

栗栖:大変な障壁があるときに、必ず「どうしよう」とクリエイティブな脳を使います。それって結構楽しいことです。自分が障がい者になって、制約があって当たり前にできたことができなくなった分、自分のオリジナルなやり方を考える作業がすごく楽しいんです。

山岡:課題に対して楽しんでみよう、と思える源は何でしょうか。

栗栖:もしかしたら子どものころの生き方が関係あるのかもしれませんね。創意工夫、試行錯誤を遊びの中で取り入れるということが重要な気がしていて、そういうことが当たり前に身についているか。そういう意味でも教育ってすごく大事だと思います。

教育の現場で「協調性」の捉え方にアップデートを

山岡:日本の学校教育も最近少し変わってきましたが、画一的な教育では「わくわく」はなかなか生まれませんね。

栗栖:日本人は「協調性」を持つことがすごく得意に見えるんですけど、自分の個性を消すことによって同調するという協調のあり方で、行き過ぎると同調圧力になってしまいます。

これからは個性を生かしあい、認め合いながらどう調和するか、というように協調性のあり方、捉え方をアップデートする必要があります。個性を際立たせるという点では欧米を見習いつつ、それが日本的ないいところと絡み合って、本当の意味で調和のとれた世界になっていくのかなという気がします。

山岡:私は「発展的な協調性」という言い方をしていますが、意味のある反対意見は発言するべきだし、立場に関わらず意見することは必要です。そこもリセットする必要があるのかもしれません。

栗栖:そうですね。染みついている勘違いがあると思います。だからといって相手を考えずに生きればいいということでもない。人に配慮することと地球に優しい、自分にも優しいということはつながっていると感じます。もうひとつの日本の課題は自己肯定感の低さで、深刻ですね。やはり教育が関係しますね。

山岡仁美・SB2021Yokohamaプロデューサー

山岡:栗栖さんは横浜市立みなとみらい本町小学校の生徒を招いた公開授業など、教育にも関わり始めていますね。

栗栖:私はオリパラに関わる仕事が子どもの頃からの夢ですが、2020年のオリパラが終わったらその次は「教育」だな、と思っていました。今は自分が生き辛さを感じていた日本の教育をどう変えていけるかを模索していきたい、という段階です。

みなとみらい本町小学校の子どもたちはとても立派でした。

山岡:限定された範囲で価値観が形成されてしまうことって、実はとてももったいないことですよね。生徒の国籍や障がいの有無だけじゃなく、先生も幅広い人がいたほうがいいですし、栗栖さんのような外部の人が影響したり、教育の現場にそういうことがもっと起こるといいですね。

栗栖:現場では、文科省の学習指導要領に引っ張られて躓くことが多いようです。それでもアクティブラーニングということも盛り込まれ始めているので、今の教育を受けた子どもたちが大人になったときにどんな社会になるか、すごく楽しみです。

「そろそろ変わってもいいんじゃないかな」――

山岡:これからご自身の活動はどんな展開を目指していますか。

栗栖:教育分野はもちろん、エンターテインメントを「ソーシャル・エンターテインメント」としてアップデートすることをやってみたいです。まずはオリパラが終わってみないことには、来年以降の予定が立たない状況ですが――。

何かをするときに、ダイバーシティ的な視点で言えば私はマイノリティで、排除されちゃうほうだと感じることがまだあります。旧態依然とした考え方で「少数を排除することが正しい、みんなのためになる」と信じてやまない現場に出くわすんです。その障壁をどう越えていくかが難解で、疲弊する作業でもありますが、逃げずに立ち向かうしかないですね。

山岡:小さくても風穴を開けて、変わらなければグレートリセットは実現しませんね。

栗栖:自分たちの次の世代のことを考えると、自分は少なくとも障壁になりたくはないですし、いま私たちが障壁だと思っているものと、若い世代の価値観ってまったく逆だと感じます。自分が今後、表に立つのか裏方になるのかわかりませんが、求められている場所で頑張りたいです。

山岡:これまでの延長線上に道筋を設定しているわけでなく、2030年、2050年、その先の社会への想像力を働かせ、バックキャストで進めるために、地道に「リセット」を促していきたいですね。

栗栖:みんなが気付きはじめてるから、そろそろ変わってもいいんじゃないかな、と思います。


(協力/取材ナビゲーター:山岡仁美 SB 2021 Yokohamaプロデューサー)

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。