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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
サステナブル・オフィサーズ 第50回

22世紀に生きる子どもをどう育てるか――岡田晴奈・ベネッセホールディングス取締役 グローバルこどもチャレンジカンパニー長

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Interviewee
岡田晴奈・ベネッセホールディングス取締役 グローバルこどもちゃれんじカンパニー長
Interviewer
青木茂樹 サステナブル・ブランド国際会議 アカデミック・プロデューサー

誰もが質の高い教育を受けられるようにという思いから創業し、通信教育講座を軸に発展してきたベネッセ。社名に込められた、人間が夢や理想の実現に向かって「よく生きる」を支援するという企業理念に基づき広範囲に事業を展開している。中でも子どもたちに人気のキャラクター「しまじろう」が、就学前の子どもの発育に応じた学びを伝える「こどもちゃれんじ」は、幼児教育におけるベネッセ固有の世界観が共感を呼び、日本のみならずグローバルな教材へと成長中だ。コロナ禍で世界のありようが急速に変化する中、しまじろうは、未来を生きる子どもたちに何をどう伝えていこうとしているのか。同社でグローバルこどもちゃれんじカンパニー長を務める岡田晴奈取締役に話を聞いた。

どう生きるか、子どものうちから考える機会をつくる

青木:今春のサステナスブル・ブランド国際会議で御社の安達保社長が、アジア14カ国の学習や自己研鑽活動を比較し、日本の大人がもっとも「学んでいない」という結果が出た、という問題提起をされていて、ショックを受けました。どうして、大人になったら勉強することを躊躇してしまうんでしょうか。根本的に、学びは楽しくないといけないはずだと思います。

岡田:大人であっても好きなことは探求するので、やはり「学びは楽しい」という刷り込みが不足しているのかもしれません。これからの教育の課題は、所得の格差が学力の格差になり、それが意欲の格差にもつながるというところを断ち切ることです。学びそのものが楽しいという方向に持っていくこと、「なぜ?」「どうして?」という本質的な学びの楽しさに気づかせてあげることがわれわれのミッションの一つだろうと考えています。

それに、子どもは年齢が上がるにつれ、自分はどう生きていったらいいのかという迷いが生じます。ドイツやベトナムでは、一般的な仕事に就くのか、手に職をつけるのか、という選択を10歳ぐらいで迫られます。ですから、日本でも22歳になってからどうするのかを問うよりは、その間に何回かそういうことを問い掛ける機会が設けられている方が自分自身について深く考えることができ、それが次の学びにつながることもあるのではないでしょうか。

青木:それは大事なプロセスですね。しかし、子どもに自分自身を見つめる機会を提供するということを、テキストを中心とした通信教育ではなかなか難しいのではないですか。

岡田:テキストはもちろん重要ですが、子どもたちは家族、友だちや先生との生活の中で、いろいろなインプットがあり、自分はどう思うのかということを考えていきます。ですから、進路を考えるというテーマで教材をつくることもできますが、自分自身の強みや好きを見つけて、いろんな事象の中から子どもたちに考えを深めるきっかけを提供することが大事です。

青木:それはどんな形で提供するのでしょうか。子どもたちにそういった人生を考えるきっかけになるような教材を用意されるんでしょうか。

岡田:例えば、もうすぐ10年目を迎えるテレビ番組「しまじろうのわお!」(テレビせとうちと共同制作)に「達人」を紹介するコーナーがあります。水族館のお姉さんはどんな仕事をしていて何が楽しいのか、どういう役に立っているのか、ということをその人の言葉で語ってもらっています。少し前には、ウェディングドレスのデザイナーの方が登場し、人の幸せな瞬間をより華やかにすることができる、と語られていました。それぞれの職業に自分はこういうことで貢献しようとしているんだ、というストーリーがあります。それがどこかで子どものアンテナに引っ掛かることがきっとあると思います。

青木:教育とは何かという本質論を議論された上でそういうコンテンツを制作しているんですね。

岡田:そうですね。各部門で、そもそも自分たちは何のために仕事しているのかというパーパス(存在意義)を全員で議論しています。子どもたちにどんな価値を提供できるのか、ということは繰り返し話しています。

青木:面白いですね。福武書店として1955年に創業され、1995年に「よく生きる」を意味する“ベネッセ”に社名を変更しました。それから事業内容や考え方は大きく変わったのでしょうか。繰り返し議論し、考えるという社風は、昔から引き継がれてきた企業文化ですか。

岡田:お客さまがどうしてほしいのか、何を提供するのがいいのかということを、いちばんに考えてきました。「Benesse」は「よく生きる」という意味ですから、人の営み全般に当てはまります。社名がベネッセになって介護事業も始まりました。

介護施設を運営するということは、身体が不自由になられたお年寄りに快適に過ごしていただくのはもちろんですが、人にとって最後までよく生きるとは何か、ということを実践していくことです。やはり人は人として自分の尊厳を持って生を全うする。困ったらすぐに手を貸すのではなくて、最後まで自立して、例えばトイレに行き、自分でご飯が食べられるとか、それをサポートするのがベネッセの介護です。それに、「よく生きる」という理念を大事にすることは、この会社で働く人にとってもすごく重要なことだと思います。

青木:幼児から小学校、中学校、高校の教育、そして介護施設も運営され、人生のライフステージを通して「よく生きる」を通底するということですね。

東南アジアに「こどもちゃれんじ」を拡大

青木:「こどもちゃれんじ」の開講30周年を機に新設された「グローバルこどもちゃれんじカンパニー」ではどういった事業を展開されているのでしょうか。また何歳までを対象にされていますか。

岡田:生まれてから就学前までです。事業は現在、中国と台湾、インドネシアで展開し、韓国ではライセンス事業を行っています。それぞれの国でグローバルスタンダード教材を基に、現地の文化や価値観に合わせて部分的にローカライズした教材を使って、しまじろうワールドによるブランド強化を進めています。

教育は国策の大きな柱でもあり他国での教育事業は難しい部分があります。ただ、幼児では発達に応じた教育テーマがありますし、また親の願いは万国共通の部分もあるので、そういう意味では比較的グローバル化しやすいところではあるんです。日々の生活の中で学ぶ、発達に沿って学んでいくという観点で、その国ならではの季節ごとの行事などを背景も含めてしっかりと理解した上でカリキュラムをつくっています。

青木:教材は何割ぐらいローカライズされているのでしょうか。

岡田:各国に編集部があり、6ー7割はローカライズしています。また逆に、それらをグローバルスタンダードという視点で見直した時に、より良い形で共通化できるのではないかということもあるんです。例えば、トイレトレーニングはどの国でも扱うテーマですが、子どもにとって楽しく分かりやすくて、親にとってもいちばんやりやすいコンテンツはどれだったのか、これがいちばんいいんじゃないかというのをスタンダード化して展開すればより喜んでいただけます。そういう形でグローバルスタンダード化ができるコンテンツと、ローカライズすべきコンテンツを分けて進めていこうとしているのが今の段階です。

青木:グローバルこどもちゃれんじ事業は、事業全体の中でどれくらいを占めているんでしょうか。

岡田:事業規模はベネッセグループ全体の約10%程度です。

青木:これからは、特にアジア太平洋地域の国々に事業展開されるのでしょうか。

岡田:そうですね。インドネシアに拠点を持っていますので、そこからASEAN(東南アジア諸国連合)へ拡大したいと考えています。英語圏の地域をどうするかというのは課題です。

青木:日本のベネッセとしてどういう特色を持って、アジアの国で教育をされているのでしょうか。ベネッセらしい教育、こどもちゃれんじならではの教育とはどんなものでしょうか。

岡田:子どもが主体的に知識の範囲や興味・関心を広げていくことができるお手伝いをしていきたいと考えています。その入り口がいかに楽しいかによって、子どもがのめり込む、夢中になる深さが変わってくると思います。また、その国のお客さまが望むものは何なのかということです。子どもには基本的な発達の順番があって、それを大事にやっていくべきではあるのですが、例えば中国では、日本では年長でやっていることを年中でやるとか、もっと早くやらせたいというニーズがあります。知育領域ではそのニーズに合わせることも考慮しています。

多様性、自然との共生の大切さをどう伝えるか

青木:「しまじろうのわお!」は以前からあったしまじろうのテレビ番組を2012年4月にリニューアルされたとお聞きしています。前年の東日本大震災を受けて、地球上にあるさまざまな驚きを伝え、未来を生きる子どもたちに大切な学びを伝えようとする内容になったのでしょうか。

岡田:テレビ番組自体は1993年にアニメ番組として始まりました。20周年や30周年の節目にも、子どもたちに何を大切だと伝えていけばいいのかと議論を重ねてきました。震災後に始まった「しまじろうのわお!」ではやはり命の大切さを伝えていくことがいちばん重要だろうということになりました。全体的に日本が塞ぎ込んでいる中で、もっと自分の外の世界に踏み出そうと。人間だけでなく、自分が生きる世界そのもの、生き物や自然に関心を持ち、日本という国だけじゃなく海外にも目を向けようと。縮こまっているものを開放し、明日に向かっていこうというコンセプトになりました。

それから、実写にも力を入れるようになりました。子どもたちは、この番組を見ることで初めて知ることがたくさんあります。海にはこんなへんてこなお魚がいるんだとか、世の中にはこんな職業があるんだとか。子どもたちにとって初めてのものを提供する機会も多いですから、事実を誠実に伝え、どうやったら子どもたちが前向きに受け取ってくれるのか、ということを意識して番組を作っています。例えば義足のアスリートへのインタビューも、しまじろうだから聞けるっていうことがたくさんあって。カッコいいなあ、僕もその義足つけてみたいなあって。大人のインタビュアーではなかなか聞けないことも、しまじろうは子どもと同じ目線ですから忖度なしに聞けるんですね。

青木:そうですね。義足がどういう構造なのか、どうやって履いているのか知りたくても、大人にはなかなか聞きづらいですものね。

岡田:子どもの感性というのはそういうことだと思うんですね。「子どもがカッコいいって言っていました」というお母さんからの声が義足のアスリートに届くことで、その選手も元気をもらってもっと頑張ろうと思ってくださる。そういう社会との関わりの中で、みんなが前向きになるようなことが起こせれば素晴らしいです。

青木:昔はもっと当たり前のように自然と触れ合うことができましたが、今の子どもたちには自然を見せてあげなければいけない。そうした環境変化をどういうふうに捉えていらっしゃいますか。

岡田:震災の映像を通して、自然は怖いものだという意識がうえ付けられました。けれども日本は災害の多い国で、これまでも自然と共生してやってきましたし、それがこの国の生き方だと思います。ですから、自然は時に怖いけれど、共生していくものだと伝えることが第一段階です。

青木:まさに学びというものは机上のものだけではなく、まず自然があり、それに対応するために科学、学問が生まれました。でも今、そこが切り離されて、テキストだけで学ぶようになっています。そうではなくて、子どものころからそういう映像などを通じてポジティブに自然や世界を知るというコンテンツは必要ですよね。

22世紀を見据えた教育とSDGs

岡田:いま生まれる子どもたちは22世紀まで生きるんです。われわれが子どもの時に見ていた世界と、いま生まれて22世紀まで生きる子どもたちが見る世界は全然違うと思います。けれども、いまのわれわれが生きている世の中の素晴らしさとか、自然の大切さなど、いま伝えないといけないことがたくさんあります。おっしゃる通り、テキストではなくて、その現場に行った時に何を感じてどう振舞うかということが、これからの子どもたちにはすごく大切なことなのかなと感じています。

青木:「しまじろうのわお!」にはSDGsの要素が含まれています。意図していますか。

岡田:それは偶然ですが、しまじろうの世界観があってそこにはいろんな性格の仲間がいて、それぞれに得手不得手があり、その中でみんなで力を合わせたり工夫をしたり、話し合ったりしながら物事を解決していきます。やっぱり友達がいるから勇気が出せるし、思いやりの気持ちを感じることができます。

青木:人間関係の相関はものすごく重要ですよね。そういう世界を見て育つ子どもたちは、協調とか、個性とかいうことが反芻されて気持ちの中に入っていくのだろうと思います。

岡田:教訓的に考えているわけではありませんが、例えば、時にはしまじろうのように正義感に溢れる子どもであるし、時には妹のはなちゃんみたいに甘えっ子だったり、とりっぴぃみたいに面白かったり、1人の人間の中にもいろんな面があります。そういう、多様性を感じてもらえればいいなと思っています。

また気を付けているのは、ステレオタイプにならないということですね。編集者だった頃、お母さんがエプロンをしてお父さんが新聞を読んで、というようなシーンが絵本にあると、お客さまからそれは違うんじゃないのと言われました。子どもたちがたくさんいる中でステレオタイプを描いてしまうと、それが当たり前だと思ってしまう。そうでないお家に行った時に違和感を感じたりするといったことがないよう、なるべくそういうインプットはしないように気を付けています。

青木:なるほど。そういう意味でもすごく責任がありますね。それこそ大学に勤めていると、ジェンダーフリーに対応したトイレを設置するかどうかといった問題もあったりしますが、こどもちゃれんじでも今後はそういったことがテーマにもなってくるんでしょうか。

岡田:そうですね。違いを受け入れるということと、これからはその子も一緒に楽しめるようにルールを変えるとか、新しいルールをつくろうというような世界を描いていかないといけません。ですから、時代によって変えていかないといけないことは結構あると思います。

青木:SDGsの観点ではほかにどのようなことが大事になってくるとお考えですか。

岡田:もうひとつ、とても大事に考えているテーマは環境です。未来を生きる子どもたちには、美しい地球で暮らしてほしいと強く思っています。それは勿論大人の務めではありますが、「しまじろうのわお!」を通じて、子どもたちが地球環境と共生していくような心や感じかたを届けられたらと。

先日は、しまじろうたちが島のごみ拾いで町から流れ着いたごみの多さに驚き、さらに、海の中を探検していくと・・・といったストーリーのアニメをお届けしました。海や森の自然をどうやって守っていけるのか、子どもたちが自分で考え、その思いを持って成長していくことを願っています。

青木:今後どう事業を展開されていこうと考えていますか。

岡田:講座事業だけでなく、YouTubeや映画、コンサート、他社とコラボレーションを通してそれ以外のエンターテインメント的な部分でも子どもたちが楽しめるしまじろうワールドを展開していき、それら全体を伸ばしていきたいと考えています。子どもだけじゃなく、子どもを取り囲む家族、親子といったところに対してもサービスを広げていくことで、子どもの成長を支援するだけでなく、親子の笑顔や一生の宝となるかけがえのない時間を生み出していきたいです。また、英語圏も含めさらにグローバルに、世代を超えてロングセラーであり続けていくことを目標にしています。

文:廣末智子 写真:高橋慎一

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岡田 晴奈 (おかだ・はるな)
岡田 晴奈 (おかだ・はるな)

株式会社ベネッセホールディングス 取締役
グローバルこどもちゃれんじカンパニー長
株式会社ベネッセコーポレーション 取締役
1982年 株式会社福武書店(現:株式会社ベネッセホールディングス)入社。1986年 株式会社福武書店での出産休暇取得・復帰第1号となる。2度の出産・育児休職を経て、1997年こどもちゃれんじ事業統括部長に就任。通信教材のみならず、コンサート事業や他社との協業によるエンターテイメント施設などの触れ合いの場の創出、<こどもちゃれんじ>講座の海外展開など、事業領域を拡大。株式会社ベネッセホールディングスCHO(Chief Human Officer)などを歴任し、現職に至る。

青木 茂樹
インタビュアー青木 茂樹(あおき・しげき)

サステナブル・ブランド国際会議 アカデミックプロデューサー
駒澤大学経営学部 市場戦略学科 教授

1997年 慶應義塾大学大学院博士課程単位取得。山梨学院大学商学部教授、
University of Southern California Marshall School 客員研究員を歴任。
多くの企業の新規事業の立ち上げやブランド構築に携わる。地方創生にも関わり、山梨県産業振興ビジョン策定委員、NPOやまなしサイクルプロジェクト理事長。人財育成として、私立大学情報教育協会FD/ICT活用研究会委員、経産省第1回社会人基礎力大賞を指導。やまなし大使。
2022年4月より、デンマークに渡り現在 Aalborg University Business School 客員研究員を務める。