浄水処理の過程でゴミになる「泥」を土壌改質材に 広島発のリジェネラティブなビジネスとは
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自然界において、かつては「ゴミ」など存在しなかった。人間は人間にとって「不要なもの」「資源にならないもの」に対して「ゴミ」というレッテルを貼り続けてきたが、その「ゴミ」は少し手を加えれば、「宝」になる。
循環型社会へのシフトに向け、世界中でゴミを資源に変える新たな仕組み作りが進められている。広島県のベンチャー企業、生原商店(広島市)は、飲み水を作る過程で廃棄される天然の泥を乾燥・凝縮させ、土壌改質・水質浄化材を開発した徳本製作所(広島市)と提携し、広島県を中心に「瀬織」と名付けた土壌改質・水質浄化材の販売を始めた。手始めに瀬織を販売する一方で、瀬織と別の何かを掛け合わせることで新たに環境に配慮した商品を作る活動を進める。生原商店代表の生原誠之さんに、浄水場の現状や瀬織が持つ環境再生(リジェネレーション)の可能性について話を聞いた。 (井上美羽)
河川のめぐみから⽣まれた広島県産の土壌改質材・水質改善材「瀬織」
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日本の浄水場のいま
国内には、河川の水を浄化して水道水を作る浄水場が全国で5270カ所あり、その内、瀬織が製造できる浄水場は550カ所存在する――。浄水処理の中で、山・川を経過し天然に出来上がった有機物の濁りや不純物を沈でんさせて除去する工程があり、この工程で除去された不純物を集めた泥状のものを汚泥と呼ぶ。そして通常は汚泥を天日で乾燥させ体積を減らしたのち、産業廃棄物として処理を行う。
つまり、水を作る過程で、汚泥と呼ばれる「ゴミ」がコストをかけて捨てられているのが現状だ。
55年ほど前から水道局で技師として働いていたという瀬織の開発者、徳本製作所代表取締役の徳本和義さんは、この「ゴミ」に新たな価値を見出した。
徳本さんは、20年間の研究を経て、通常1次天日乾燥により含水量を下げて廃棄される汚泥をさらに太陽と風の力だけで乾燥させる2段天日乾燥法という手法を使いカラカラの乾燥土を作る、汚泥乾燥装置を開発したのだ。
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天日乾燥中の汚泥「2段天日乾燥法」
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生原さんと徳本さんの出会い 「瀬織」とは
前職の観光業で徳本さんと知り合った生原さんは、徳本さんの技術とそれによって生まれた乾燥土の可能性に魅力を感じ、「直感的に、この技術は今後の日本に広めるべきものなのだと思った」と話す。
「若い頃に、汚泥をトラックに積む作業をしていた徳本さんは、泥に鳥や虫たちが集まってきていたのを発見したそうです。ある日、浄水場の近くにある桜の木の根がコンクリートを打ち破ってその泥に根を伸ばしているのに気づいた時、その泥には自然界が必要としている栄養があるのだと気づき、『なぜ世の中はこの宝を捨てているんだろう?』と疑問に思ったそうです」
「瀬織」の開発者徳本製作所代表の徳本和義さん
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「これまでは水道局から出る『ゴミ』が、すごくお金を掛けて捨てられていました。捨てるとしても、蒸発させて捨てたほうが環境負荷は小さく、さらにコストダウンになりますよね。そこからさらに水分を飛ばして、カラカラにして、凝縮させれば、土壌改質と水質浄化として機能することが広島大学との共同研究の結果明らかになったのです。瀬織は、100%天然のもので、微生物の家のようなイメージです。天日乾燥の時に偶然出来上がる穴が、微生物や菌の住処になります」
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瀬織の可能性を追求し、さまざまな人とコラボレーション
2020年に販売を開始した瀬織は、さまざまな場所で実験の効果が実証され、異業種とコラボレーションをして新たなタイアッププロジェクトが続々と立ち上がっている。
「瀬織自体はもともとサポート役なんです。そもそも瀬織だけで成り立つものではなく、『瀬織×〇〇』で初めて効果を発揮するので、パートナーシップを組むことが前提なのです」
そのタイアップ商品の第一弾が、生ごみから堆肥を作るSetouchi Compost(せとうちコンポスト)だ。コンポストの基材となる原料には、瀬織の他に、NPO法人さんけん 三段峡-太田川流域研究会の安芸太田町の葦と「炭よいプロジェクト」の三次市のもみ殻くん炭を使用 。100%国産基材のコンポストキットだ。
コンポストの基材。安芸太田町の葦と三次市のもみ殻くん炭(奥)と瀬織(手前)
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水辺に密集して生育する植物の葦は、浄水作用の効果があるにもかかわらず、今は放置され河川に生い茂っている。また、米を作る際に必ず発生する籾殻も大量に廃棄されている。
こうして「ゴミ」と呼ばれたもの同士を掛け合わせてできたのが、Setouchi Compostなのだ。それぞれ価値のなかったものが掛け合わさることで、秘められたそれぞれのポテンシャルが花開く。
さらに、今年9月23日にリリースされたアップデート版Setouchi Compostでは、建築廃材を東広島市で有効活用している工房と地元の米農家とのタイアップを実現させ、使用後行き場のなくなったブルーシートと米袋を活用したコンポストバックも新たに登場した。
無印良品広島パルコ店の地元の商品を応援するポップアップストアで店頭販売も開始
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今後さらに、コーヒーショップや地元の学校、畑やレストランとのタイアップを企画中だという生原さん。
「毎朝コーヒーを飲んで、机にコンポストの箱を置いて、飲んだ後に、コーヒーカスをコンポストに混ぜる、というルーティーンができたらいいですよね。そして最終的には、Setouchi Compostを教材として活用することを目指しています。学校や料理教室などで『われわれはもうゴミを捨てる時代ではない』というところまで教えながら、『生ゴミを投入する』というよりも『土を育てる』という逆の発想にシフトチェンジさせていきたいです」
事業モデルを全国550カ所の浄水場にも広げたい
同県三次市の浄水場では、年間で120トンもの汚泥が発生するという。瀬織にすることで、新たな雇用を生みながら、浄水場でのゼロウェイストと環境再生が可能になる。
「ゴミが資材になり、水がきれいになり、土に栄養が行き渡るだけでなく、その一連の活動自体が新たな雇用を生み出し、地域の創生につながっていけば、より良い循環型のビジネスモデルになります。
水はどこにでもあるから世界中でどこでも通用します。まずは三次市でモデルを作り、全国に広げていきたい。浄水場からのゴミがゼロになる世界がやってくるのは遠い未来の話ではないでしょう」
コンポストは自分の暮らしを映し出す
生原代表
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「Setouchi Compostを使ってくれているお客さまから、土創りは、自分の鏡のようだとお声をいただいたことがあるんです。家庭でのコンポストは、自分が食べているものの端材、自分の生活の一部をコンポストに入れるので、出来上がっていく土が異常なのであれば、自分が異常なものを選んで口にしている可能性があるということなのです。
コンポストが自分自身のライフスタイルを見直すきっかけになるんです。そして、失敗も経験しながら何回もやればコツがわかってくる。最初はうまくいかなくても、そこから学び日々の生活に落とし込んでいくことが大切です」
生原さんは、フロント側で、瀬織の出口を作り出し、色々な企業や団体、人とタイアップをしながら、瀬織に乗せたメッセージを全国に伝えていきたいと話す。
「生原商店も通年、コンポストの基材の配合比を実験し、何回も失敗を重ねてきました。そんな中でたどり着いた配合比。毎年、毎日、季節の異常を感じる近年ですが、みなさまとリアルな今を共有し、土創りを共有していけたらと思います」
誰もが見逃してしまう隠れた場所に、環境再生の可能性が無限大に潜んでいるかもしれない。明るいリジェネラティブな未来の実現を期待したいと思える取材となった。
生原誠之 (いくはら・まさゆき)
生原商店代表。1979年生まれ。広島の都市部で育ちながら、鳥取の自然に囲まれた祖父母の家で過ごすことも多く、幼少期から都市と田園の両方の良さを体感。1998年より、広島の山・海・歴史に興味を持ち、『食文化』の世界へと飛び込む。瀬戸内の素晴らしい島々を訪れることで『瀬戸内海=地中海』というコンセプトに辿り着く。2018年広島県が掲げる周遊型観光の可能性に心惹かれ、観光業の世界へと進み、コロナ渦の2020年4月、SDGsの達成につながる事業をベースとした生原商店を開設。徳本製造所と提携し、環境バイオ商品『瀬織』の販売責任者として就任。
生原商店公式HP
井上美羽 (いのうえ・みう)
埼玉と愛媛の2拠点生活を送るフリーライター。都会より田舎派。学生時代のオランダでの留学を経て環境とビジネスの両立の可能性を感じる。現在はサステイナブル・レストラン協会の活動に携わりながら、食を中心としたサステナブルな取り組みや人を発信している。