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【統合思考経営24】ISSBはシングル・マテリアリティ(中編)~株主資本主義とステークホルダー資本主義の間で~

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なぜ今、『統合思考経営』なのか?
~ESGを踏まえた長期にわたる価値創造のために~
第24回

前回(第23回)は、ISSBの「IFRS S1:サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的な要求事項」の目的を確認したうえで、「2つのマテリアリティ」を考察しました。今回は中編として、運用機関によるマテリアリティの違い制度開示と任意開示、そして資本主義の「資本」について考えてみます。

マテリアリティ論争(シングルかダブルか)

■欧米の投資運用機関でも見解の異なるマテリアリティ

マテリアリティはシングルかダブルか。モーニングスター(米国の投資信託評価機関)の調査によれば、ISSB公開草案に意見を提出した欧米の主要投資運用機関20社のマテリアリティに対する考え方は大きく分かれたとのことです。欧州系はEUのサステナブル情報開示規制を背景に、概ねダブル・マテリアリティ支持です。米国系はシングル・マテリアリティ支持と各国基準での柔軟適用派に割れています。

■ISSBはダブル・マテリアリティを容認し、ダイナミック・マテリアリティを推奨か!?

ISSBは公開草案についてEU機関などと協議を重ねましたが、昨年秋にシングル・マテリアリティで決着したと言われています。ただし、ISSBは2つのマテリアリティを区別しつつも、互いに補完すると述べており、実はダブル・マテリアリティを容認しているように感じます

また、毎年の報告に当たってはマテリアリティを見直すことを求めています。その理由として、内外状況や前提の変化、投資家等の評価基準の進展によりマテリアリティが変化することを挙げています。つまり、ISSBはダイナミック・マテリアリティを推奨している、と言えそうです。

サステナビリティは制度開示と任意開示の両にらみ

■株主・投資家とステークホルダーを意識した「サステナビリティ報告」

ISSBの考え方を端的にいえば、(投資家等向けの)サステナビリティ関連財務情報には、(ステークホルダー向けの)サステナビリティ情報は有用だが、開示する必要はない、となります。そこで筆者はあるISSB関係者に、「サステナビリティ情報の開示は直接的には要求されないが、企業はどうするべきか?」と質問してみました。

その回答は、「サステナビリティ関連財務情報は有価証券報告書のような制度開示で、サステナビリティ情報は統合報告書やサステナビリティ報告書のような任意開示で」でした。そうであるとすれば、企業はサステナビリティ報告について、“制度開示と任意開示の両にらみ”が必要となります。

資本とは何か?

■旧IIRCの提唱する6資本

そもそも資本主義の「資本」とは何でしょうか。ごく単純に言えば、企業経営に必要な資金です。しかし近年、財務諸表の数値だけでは企業価値を十分に説明できない、と言われます。これは、企業が生み出す価値の源泉は資金だけではないことを意味します。

旧IIRC(現IFRS財団・VRF)が2021年に改訂した「国際統合報告フレームワーク」(以下、IIRCフレームワーク)の価値の創造・保全・毀損(きそん)プロセスでは、「資本」として財務に加え、製造、知的、人的、社会・関係、自然の6種類に分類しています。

■資本概念の広がりと「非財務資本」の重要性

「非財務資本」は財務諸表には記載されない資本群です。しかしながら、企業が長期にわたる価値創造を考える際にカギを握るのは、伝統的な財務資本から非財務資本への「資本概念の広がり」です。この背景には、企業価値の決定要因が有形資産から無形資産へと転換していることがあります。

■財務資本の依存構造と多様なステークホルダー

資本主義は財務資本だけで回っている訳ではありません。資本概念を広げることで、財務資本の非財務資本群への依存構造とともに、各資本にかかわるステークホルダーも明らかになります。図表1は、最上段にある財務資本が多層の非財務資本と多様なステークホルダーに支えられていることを示しています。

図表1 財務資本の依存構造(6資本に対応するステークホルダー)

筆者作成

資本と価値の関係

■企業が創造する「2つの価値」

IIRCフレームワークは、企業が長期にわたり生み出す価値には相互に関係しあう2つの側面がある、と明言しています(図表2)。本稿では、「企業価値」と「ステークホルダー価値」と呼ぶことにします。

図表2 企業が創造する「2つの価値」

IIRC「国際統合報告フレームワーク(2021年1月)」を基に筆者作成

■ステークホルダー価値にかかわる「外部化」の問題

企業価値とステークホルダー価値の関係において問題となるのは、企業がステークホルダーに対して発生させたコストや影響が「外部化」された場合です。外部化とは、“本来”企業が払うべき対価が「市場」の内部で払われない状態を指します。外部化には正と負があり、負ならば「外部不経済」と呼ばれます。

企業価値はステークホルダー価値に支えられて創造されるため、外部不経済を放置したままで、非財務資本を軽視・無視して財務資本の最大化を継続することは困難です。

■ダブル・マテリアリティなくして、シングル・マテリアリティなし!!

以上の考察から、ステークホルダーにとって重要な経済・環境・社会課題は、同時に企業自身の長期的な価値創造能力に影響を与える重要な事象である、ことは明らかです。これは時間軸をもつダイナミック・マテリアリティそのものであり、「ダブル・マテリアリティなくして、シングル・マテリアリティなし」と言えます。

ただし、ここで誤解してはならないことがあります。ダブル・マテリアリティはシングル・マテリアリティのためにあるのではない、ということです。シングル・マテリアリティとは、詰まるところ、サステナビリティ課題のインパクトを財務指標化(非財務情報⇒未財務情報⇒財務情報)することで業績見通しを推測し、投融資判断のために企業間比較を行おうとするものです。

このようなサステナビリティ課題の財務指標化に評価上の合理性はあるものの、サステナビリティ課題そのものを解決しようというベクトルは働きにくく、そこには自ずと限界があります。この認識は、情報を利用する株主・投資家だけでなく、情報開示を行う企業経営者にとっても大事なことです。

次回は後編として、サステナブル金融を背景に「株主資本主義」と「ステークホルダー資本主義」について考察します。

(つづく)

本コラムのフルレポートは、サンメッセ総合研究所(Sinc)の下記サイトをご参照ください。
https://www.sri-sinc.jp/knowledge/2023110801.html

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川村 雅彦
川村 雅彦(かわむら・まさひこ)

SBJ Lab Senior Practitioner of Integrated Thinking
株式会社Sinc 統合思考研究所 所長/首席研究員
前ニッセイ基礎研究所上席研究員・ESG研究室長。1976年、大学院工学研究科(修士課程:土木)修了。同年、三井海洋開発株式会社入社。中東・東南アジアにて海底石油プラントエンジニアリングのプロジェクト・マネジメントに従事。1988年、株式会社ニッセイ基礎研究所入社。専門は環境経営、CSR/ESG経営、環境ビジネス、統合思考・報告、気候変動適応など。論文・講演・第三者意見など多数。

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