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北海道上川町とデザイン会社が「未来共創」で包括提携、ワーケーション事業に手応え

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8月上旬に行われたワーケーション研修で、北海道上川町の林業の現場を体験する丸井グループの若手社員ら

人口は少ないもののコミュニティの力はどこにも負けない町で、多様な住民との対話を通して彼らの生き方や考え方をインプットし、その体験を元に、自らの働く意味や目標を再確認する――。そんなこれまでにない発想で、自律型人材を育成するワーケーション事業が北海道上川町を舞台に始まっている。このほど、企業のデザイン戦略などを手掛けるグッドパッチ(東京・渋谷)と同町とが、地方自治体とデザインファームによる包括提携としては全国初となる「未来共創パートナーシップ協定」を締結。事業はその第一弾の取り組みとして進めているもので、既に丸井グループの若手社員らが同町での数日間の滞在プログラムを通じて「普段見落としていた社会課題に気づくきっかけとなった」と話すなど、手応えが寄せられている。(廣末智子)

大雪山連峰の自然を背景に広がる、北海道上川町の町並み

北海道のほぼ中央に位置する上川町は、町の半分は大雪山国立公園の中にあり、雄大な自然に囲まれている。人口は最盛期の1万5000人から80%が減少し、約3200人。かつては林業が中心だったが、今は山岳観光の町として、全国に先駆けて登山口までの自家用車の乗り入れを規制するなど、「世界に誇る山岳リゾートタウン」の実現を目指す。また近年は道内外の企業と連携し、同町を実証実験のフィールドとして官民の垣根を越えて地域に仕事をつくり、関係人口の創出を促すまちづくりに注力している。

一方、2011年創業のグッドパッチは、デジタルプロダクトのデザインを強みに、新規事業の立ち上げや顧客体験の向上など、大企業からスタートアップまで、さまざまな企業の課題にコミット。2020年にはデザイン会社として国内で初めて、東証マザーズ(現グロース)上場を果たした。

上川の地域コミュニティを「ビジネスパーソンの学びの場」に

8月23日、東京都内で「未来共創パートナーシップ協定」を締結したグッドパッチの土屋尚史社長(左)と、北海道上川町の佐藤芳治町長

今回の協定は、デザインファームとしてのグッドパッチの視点や知見と、上川町が持つ豊富な資源を生かし、新たなまちづくりの実現と、地域課題の解決を目指した包括連携を形にしたもので、民間企業が自治体の課題解決のためにサービスを提供する一般的な包括連携とは違い、官と民の双方向による価値創造を主眼としている。共同事業の具体化に向けてはグッドパッチの社員が実際に上川町に移住し、約半年をかけて町民へのリサーチをさまざまな形で行い、自身も町民として町に溶け込みながらより良い方策を探ってきた。

その結果、上川町には新しい文化や変化を受け入れる風土があり、自らの強い意志で事業を生み出すまちづくりのリーダーが多いことに着目。そこで、そうした人々との交流を通じ、同町の地域コミュニティを「ビジネスパーソンの学びの場」として活用してもらおうとスタートしたのが、自律型人材を育成するワーケーション事業だ。

具体的には首都圏のビジネスパーソンに同町に数日滞在してもらい、地場酒造の社長や保全型林業に取り組む住民から話を聞き、その仕事を実体験する『弟子入り型』の研修プログラムを用意。受講者に、上川町の地域課題に直接触れながら、同町の未来をつくるべく奮闘するリーダーたちの考え方や生き方を体感することで、企業の中でも自らが主体的にビジネスや社会課題に向き合う自律型人材に必要な『アントレプレナーシップ』を養ってもらう。

丸井グループの社員12人が体験 対話の力身につけ、社会課題に気づく

協定締結を間近に控えた今年8月上旬には、丸井グループの若手社員12人が4泊5日の日程で同町を訪問。最初の3日間は『弟子入り』や地元の社会福祉協議会のイベントで高齢者と直接会話を交わすなどの“インプット”を、残り2日間は地元の高校生とスポーツ大会を通じて交流を深めた後、各自が体験の振り返りを高校生らにプレゼンする“アウトプット”に充てる方式で研修を行い、参加した丸井側と受け入れた上川町側の双方が良い刺激を受け合うことができたという。

上川町とグッドパッチがこのほど開いた協定の締結式では、研修に参加した丸井グループの社員らによるトークセッションも行われ、同社がこの研修を実施した理由を、「対話が自然にできるようなチームをつくること」が第一だったと説明がなされた。“求める人物像”として、「『共感する力』をベースに『革新する力』を合わせもつ人」を掲げる同社の企業風土において、対話や共感は、最も必要な個の力とされるが、「普段の業務では、相手の悩みを否定してしまったり、人よりパソコンと向き合う時間が多かったり」と、なかなか身につけるのが難しいのだという。

その突破口を、「上川町というフィールドで4泊5日という比較的長い時間をチームで過ごすことで見つけられないか」と、このワーケーションに期待した価値は、予想以上だった。参加者が地域のリーダーや高校生らと積極的に触れ合い、最終日のプレゼンでは、誰もが話している人の方に体を向け、内容に共感していることが伝わってくるような場面も見られたそうだ。

また、別の社員からは「上川町では、誰もが寛容な心で受け入れてくれた。普段の仕事では接することのない人たちと交流し、いろんな情報が入ってくるなかで、これまで見落としてしまっていた社会課題に気づくきっかけができた。今後は丸井グループのやりたいことと重ね、上川町での経験の中から見つけた社会課題の解決を目指したい」とする強い意欲も聞かれた。

認知度は86.3%も導入企業は5.3%どまり 「地域課題解決型」のワーケーションは広がるか

政府主導の働き方改革が進み、コロナ禍を経て柔軟な働き方が広がるなかで、企業におけるワーケーションの認知度は全体の86.3%と高い水準であるのに対し、実際に導入している企業はわずか5.3%にとどまる(2022年3月、観光庁調べ)。セッションに同席した社会保険労務士の岩田佑介氏は、ワーケーションには、業務型と休暇型(福利厚生型)があり、前者には地域の関係者との交流を通じて地域課題の解決策を共に考える「地域課題解決型」があると指摘。その上で、上川町とグッドパッチの提携による今回のワーケーション事業を、「企業と行政、そして社会福祉法人などソーシャルの3つのセクターを越境するリーダーを育てるという地域課題解決型のワーケーションの価値となる要素がコンパクトに組み込まれている」と評価する。

上川町での新たなワーケーション事業はどこまで広がりを見せるか――。グッドパッチでは丸井グループに続く上川町ワーケーションの参加企業を募集中で、同町の佐藤芳治町長は、「いま地域の課題が非常に複雑に絡み合うなかで、今回のパートナーシップ協定に基づき、私たちが気づいていない課題を都会のビジネスパーソンに掘り起こしていただけるような関係性を築くことがさらなる町の魅力につながると考える。人口減少を問題と捉えず、外から入ってくる人、地元で頑張っている人が有機的に融合し合いながら、そこで暮らす人が本当の意味での幸せを追求できるような地域づくりを進めたい」と話している。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーを経て、2022年10月からSustainable Brands Japan 編集局デスク 兼 記者に。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。