サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

ミズノ、ゴルフクラブの技術生かし、視覚障がい者向けの白杖を開発 “持って出掛けたくなる白杖”とは

  • Twitter
  • Facebook

ミズノはゴルフクラブやラケット製造の技術を生かし、軽量性と操作性を追求した白杖「ミズノケーン ST」を29日から発売する。同社は、視覚障がい者にとって選択肢が少ない白杖領域で、機能性とスポーティーな見た目にこだわり「持って出掛けたくなる白杖」をコンセプトに開発を進めてきた。パートナー団体の調査によると、白杖は折れたり曲がったりしやすく、利用者は平均で1年に約1本購入している。そうした外出先での破損による不安を減らすために、新商品には利用者を目的地までタクシーで送り届けるサービスも付けた。スポーツ以外での技術活用を進めるミズノは「スポーツテクノロジーを生かして、人々がよりアクティブに暮らす活気ある世界を実現したい」としている。(小松遥香)

「ミズノケーン ST」は、カーボン繊維を使ったスポーツ用品を強みとするミズノが約60年にわたり培ってきた技術を活用して開発したものだ。ミズノは今回、開発を一般社団法人PLAYERS(プレイヤーズ)と進めてきた。PLAYERSは社会課題の解決に向けてリサーチやコンセプトづくりなどを行い、企業と連携して社会実装を進める団体。視覚障がい当事者を含む、UXデザイナーや介護士、コピーライターなど専門性を有するメンバーが集まり、これまでにJR東日本や東京メトロ、ANA、ソニーなどと協業してきた。

「白杖を持つことに抵抗がある」 アンケート調査から分かったこと

白杖には3つの役割がある。障害物に衝突するのを防ぐこと、まわりの様子を探ること、目が不自由であることをまわりの人に教えること。

ミズノとPLAYERSは今回の白杖を開発するにあたり、さまざまな段階や年齢、所在地の視覚障がい者261人に白杖についてアンケートを実施。さらに1年以上にわたり、視覚障がい者や歩行訓練士、ガイドヘルパーを交えて、インタビューやワークショップ、ユーザーテストなどを行なってきた。

アンケートでは3つのことが浮き彫りになった。

①白杖を持つことに抵抗を感じる
②白杖は結構な頻度で折れている
③社会側(晴眼者側)の問題も大きい

まず、視覚障がい者にとって白杖を持つことは、自らが視覚障がい者であることを受け入れることであり、社会から視覚障がい者として見られることだという。とりわけ、中途視覚障がい者や進行性の視覚障がい者には「白杖を持ちたくない」「できるだけ隠したい」と白杖を持つことに抵抗を感じている人もいる。アンケートには「サポートを受けやすい反面、社会的弱者だと周囲に知られてしまうことや視線を浴びることへの羞恥心・不快感がある」「白杖を持ってスマホを使うと詐欺扱いされると耳にした」といった声が寄せられた。

また、視覚障がい者の約8割が白杖が折れたり、曲がったり、折れそうになった経験がある。調査対象者は平均で1年に約1本の白杖を購入していることも分かった。

さらに、その原因の上位3位は「自転車とぶつかった(35%)」「人とぶつかった(29%)」「車にぶつかった(18%)」で晴眼者が関わっていた。今回の調査では、晴眼者1000人に対しても「視覚障害」についてアンケートをとった。しかし、晴眼者の約9割が「視覚障がい者のサポート方法を知らない」、約8割が「視覚障がい者に声がけしたことがない」と回答するなど視覚障がい者への理解不足が目立った。一方、視覚障がい者からは「杖先が歩く人の靴のかかとに当たり、ひどく怒鳴られて、怖かったことが忘れられない」「白杖を持っていると、ひったくりやそのほかの犯罪に巻き込まれやすい」という経験が明かされた。

総合スポーツメーカーのミズノが白杖を開発することへの期待については87%が「期待する」と回答したという。PLAYERSのリーダーでインクルーシブデザイナー、タキザワケイタさんは「視覚障がい者の多くは白杖を満足・安心して利用しているわけではないことが分かった。そこで『持って出掛けたくなる白杖』をコンセプトにした。ミズノケーンによって、視覚障がい者が少しでもアクティブに過ごせることを期待している」と語った。

細部に徹底してこだわった白杖

こうした声を生かして誕生したのが「ミズノケーン ST(ストレート)」だ。一般的な直杖は持ち手から先端まで同じ直径で円筒形状だが、同社の製品は先端に向かって細くなる形状を採用。さらに、堅さ、ねじれ、しなりを調整するためにカーボン繊維を7層構造で巻き付けることで、持ち軽さや振り軽さ、操作性を徹底して追求したという。重量も一般的な直杖が約100グラムなのに対して約72グラムまで軽量化した。

デザインについては、利用者の「誰の白杖かわからなくなる」「白杖のイメージを変えてほしい」「ほとんどが心配の声がけ」といった意見を反映させた。白地の部分には触ってわかる大小の三角形が連なった装飾を施し、先端部分を青色にすることで軽快感や爽やかさを表現した。これまでの白杖と異なる印象を持たせることで、利用者と周りの人との会話を生み出したいという思いが込められている。さらに、塗装ではなく専用フィルムを貼る装飾方法によって工程を削減し、CO2排出量の抑制にもつなげている。

白杖は、何かに引っかかり一定の力が加わると、それ以上の事故を防止するためにも折れるよう設計されているという。ミズノは独自の技術により、折れた部分の繊維が毛羽立たないよう工夫した。

同時に「もしもの時の付帯サービス」を完備。外出先で折れてしまい移動が困難になった際に移動手段としてタクシーを提供し、商品の交換対応を行うというものだ。移動手段については、購入日から2年間、2回まで、1回のタクシー代金の上限は3万円まで、折損した白杖の交換については、購入日から2年間、2回までという内容だ。同サービスは東京海上日動火災保険の協力により開発され、タクシーによる送迎は第一交通産業が担当する。

PLAYERS理事で視覚障がい当事者の中川テルヒロさんは、「ミズノケーン ST」を利用した感想を「非常に軽く、持ち歩くことや操作が楽だ。日常的に持って出歩く際に、少しの重さが負担になる。軽いことで身体が左右にぶれずに真っ直ぐに歩ける。白杖を選ぶ時にデザイン性があるものを買うという意識がそもそもあまりなかった。でも今回は、家族から見た目が『かっこいいね』と言われた」と語った。また、会見に取材で参加した毎日新聞の全盲記者、岩下恭士さんは「雪が積もった場合などは滑らないように重さのある白杖を使うこともある」と意見を述べた。

ミズノは今月29日から直杖「ミズノケーン ST」を発売し、今後、白杖利用者の9割が使う折りたたみ式を発売する計画で開発を進めている。直杖の価格は5000円〜9000円が相場のなか、「ミズノケーン ST」のメーカー希望小売価格は付帯サービス込みで1万8000円(非課税)。利用者はこうした補装具を原則1割の自己負担で購入できるという。ミズノは1年目の販売目標を2000本と掲げている。

同社の久保田憲史執行役は「調査を通じて、単に軽くて丈夫というだけではなく、振りやすいこと、地面に当てた時に地面からの情報が手にダイレクトに伝わることなどが大事ということを教えていただいた。これはゴルフシャフトにはないもの。今まで市場になかった、本当に使いやすく、持って出掛けたくなると思える白杖ができたと自負している。折りたたみ式は、納得できる品質に仕上がるまでこだわって開発を進めたい」と語った。

発表にあわせて、点字のプレスリリースもメディア各社に送られた。

小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。