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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

HRはリジェネレーションの生命線――100人いれば100通りの働き方がある

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左から山岡氏、勝見氏、星氏

「人」はこの地球上のリソースで最も影響力が高く、その在り方次第で気候危機や人権問題、生態系の喪失などさまざまな課題に立ち向かい、未来を切り拓くことができる――。そんな希望を胸に、サステナブル・ブランド国際会議2021横浜で唯一、HR(人事)をテーマに、「HR大変革『リジェネレーションの生命線』」と題したセッションがあり、エシカル就活に取り組む現役大学生の起業家や、すべてのLGBTが自分らしく生きられる社会の創造を目指す若き経営者らが、本質的な意味でのダイバーシティやインクルージョンについて議論した。100人いれば100通りある人の生き方に企業がしっかりと向き合い、真の社会変革を進めていくにはどうすれば良いのか。(廣末智子)

ファシリテーター:
山岡 仁美 サステナブル・ブランド国際会議横浜 プロデューサー
パネリスト:
勝見 仁泰 Allesgood 代表取締役
星 賢人 JobRainbow 代表取締役社長
中根 弓佳 サイボウズ 人事本部、法務統制本部 執行役員 人事本部長兼法務統制本部長(※希望により、記事に発言を反映しておりません)

はじめにファシリテーターの山岡仁美プロデューサーが「持続可能性だけを追求するのでなく、再生しながら、社会全体を繁栄させていく考え方」であるリジェネレーションについて、社会や未来を形成していくのに何が欠かせないのかといった観点で考えることが重要であることを説明。英国の起業家、マーク・コンスタンティン氏による「サステナビリティは小手先でもできてしまう、リジェネーションは小手先などではできない」とする言葉を紹介した。

エシカル就活で企業の「内圧」上げ、変革をスピードアップさせたい

Allesgood(アレスグッド)のCEO、勝見仁泰氏は1998年生まれで、現役の高千穂大学経営学部4年生(当時)でもある。Allesgoodは「人・地球・社会に配慮し、社会課題に取り組む企業」と学生による就職活動をつなぐ、「エシカル就活」のプラットフォームの提供を事業の核に据える会社だが、昨年11月に立ち上がったばかりで、本格活動はまだこれからだ。

プレゼンテーションで勝見氏は、最初に、ごみの山に埋もれてごみを漁る、小学1、2年生ぐらいの男の子の写真をスライド上に映して見せた。自身が高校3年生の時にフィリピンで撮ったもので、スラム暮らしで学校にも行けずごみ拾いで生計を立てる子どもの日常の光景だ。これを目にして先進国と途上国の経済格差に興味を持ち、大学で「そもそも発展とはなんだろうか」という視点で開発学について学びを深めた同氏は、マニラのスラム街の子どもたちに折り紙を教えるワークショップなどを開催するように。その後、文部科学省の「トビタテ!留学Japan」に採用され、日本代表としてドイツや米国、コスタリカなどに留学する。ドイツにいた19歳の時にはグレタ・トゥーンベリさんによる学校ストライキの場面にも出くわし、「企業や政府に対する怒りとともにメッセージ性を感じた」こともきっかけとなって、自身も社会課題の解決に対していろいろな場で声を上げるようになったという。

起業のきっかけも自身の就活体験だった。留学から帰国後、「バナナの皮」を使用したシャンプーの商品開発による事業を立ち上げたものの、コロナ禍で断念。そこで「社会課題の解決ができる企業」を軸に就活を始めたものの、多くの企業がSDGsを掲げてはいても、実際にどういう社会課題の解決に取り組んでいるか、という点を精査した情報がなかった。「Z世代が考えている社会課題と、企業がPRしている社会課題やSDGsに乖離がある」。そう痛感し、「両者の共創の場をつくろう」と立ち上げたのがAllesgoodだ。

「企業側には、ステークホルダーから見られているから、SDGsやESG経営に取り組まなければいけないという『外圧』がある。エシカル就活を進めることによって、変革者となる人材を企業に入れ、その『内圧』によってより企業の変革をスピードアップし、ムーブメントにつなげていきたい。この『内圧』が、HRを考える上で重要な視点になるのではないか」

LGBTの視点でも小手先のサステナビリティでないリジェネレーションを

一方、勝見氏より4歳年上の星賢人氏は東京大学大学院に在学中の2016年、「すべてのLGBTが自分らしく働ける社会の創造」を目指す、JobRainbowを創業。中心事業であるLGBTの就活生や転職者に対象を絞った求人情報サイトJobRainbowは、月に50万人以上のユーザーがアクセスし、月間100万PVを超えるサイトに成長した。このほかにも上場企業を中心に500社以上のダイバーシティコンサルティングなどを実施。自身、LGBTの当事者で、大学院ではLGBTやジェンダー、セクシャリティについて研究した経歴があり、2019年にはフォーブス誌が選ぶアジアで最も影響力がある若者30人(Forbes 30 under 30 Asia)の社会起業家部門に日本人として唯一選出されている。

同氏はまず日本のLGBTの現況について、「11人に1人」がそうであり、人口の約8.9%、約1100万人が該当すると説明。その多くが、特に職場では自分のセクシュアリティをカミングアウトできない状況にある。ひどい場合には、同氏の大学時代の先輩で、大学に女性として入学し、大学生活を自分の性で楽しんでいたのが、就職活動でトランスジェンダーであることを明かした途端に拒否され、それがトラウマとなって大学を辞めてしまうといったケースもあったことを報告した。そもそも性別欄に男女どちらかしかないエントリーシートを前に困惑する人も多く、同氏は「そうした、仕事とは関係のないところで評価されてしまうことに強い憤りを覚えた」と力を込める一方、「今、これだけ労働人口が減っている日本社会で多様な人材が活躍できないのは大きな損失でもあると感じた」ことが起業したきっかけと話した。

一方で同氏は、企業や組織を超えたグローバルな環境においては、今、LGBTを巡る変革が起きていると指摘。一例として、動画配信サービス世界最大手の米ネットフリックスのコンテンツではLGBTの当事者や支援者がメインキャラクターとして描かれる場面が多いことを挙げ、「ミレニアル世代やZ世代にとっては、それが当たり前になっている。つまり、そうした世代の顧客の視点が変わっているし、エシカル就活などを通じて企業に入る若者の視点も変わっている」と解説した。

もっともここで同氏は、冒頭で山岡氏が紹介した「サステナビリティは小手先でもできてしまう」という言葉に触れ、日本企業の中には表面的にはLGBTに関する研修を重ね、例えば同性パートナー同士の結婚に対しても祝い金を出すなどLGBTに配慮した制度を導入する例も増えてはいるものの、実際にはLGBTに対して差別的な発言をする上司がいることでその制度を申請することを躊躇せざるをえない現状があるなど、「本質的なリジェネレーションには至っていない企業が多い」と苦言を呈した。これを変えるには、「やはり、理解を訴える啓発を繰り返し繰り返し行い、その上に制度をつくっていく」という地道な取り組みがまだまだ必要だという。

もちろん良い例もある。例えば、トランスジェンダーの女性が就活に男性として臨むため、大切に伸ばしていた髪をバッサリ切る場面を追ったCMを通じて、LGBTの人が自分自身のアイデンティティを諦めなければならない苦しみを世の中に向けて発信したP&Gなどだ。同氏は「社会からの批判や反発を恐れず、本質的な意味での差別の解消に向き合っていると言える」と評価し、「こういう企業こそが世の中を、消費者を変えるし、それによってビジネスチャンスをつかんでいくことができると思う。そういう意味でぜひ、LGBTの視点を通じても小手先のサステナビリティではなく、本質的なリジェネレーションにつなげていただきたい」と希望を語った。

「マイノリティ」とは何を指すのか 100人100通りの働き方がある

次に議論はHRの変革を進める上で、そもそも“マイノリティ”とは何を指すのかという視点に移り、星氏は、「マイノリティとされるLGBTの中でも、最終の着地点は一人ひとり違う」と指摘した上で、「そもそもダイバーシティには目に見えるものと、ぱっと見では分からないものがある。これまでは、年齢や性別、肌の色や人種の違いなど目に見えるダイバーシティを社会にどう包摂していくかがテーマだったが、今はどちらかというと、目に見えない部分で、誰にでも全員にマイノリティ性があるよね、という方向に世の中が進んでいる。100人いれば100通りの事情があり、それに応じた働き方が必要で、それを実現できれば、結果、LGBTの人も取り込まれることになり、それこそが本質的なリジェネレーションにつながるのではないか」とする見解を述べた。

これに対し、山岡氏は、「社員一人ひとりのその時々の状況や変化に応じて、企業が仕組みを変え、働き方を変えていける。それがいちばん望ましい形だし、企業側の責任や努力が求められるところではないか」と応じ、勝見氏も「個人的には○○制度という形があった方が、この制度があってすごくいい企業だなと感じることができ、学生にはリーチしやすいかなと思う」としつつも、「自分に合わせて企業側がカスタマイズしてくれる。そういう姿勢を企業がきちんと動画などで示してくれるといい」と話した。

一方、会場とオンラインの参加者からは「障がい者雇用をどう進めれば良いか」、また「ダイバーシティやインクルージョンの推進が、企業のキャパシティを超えてしまうことはないのか」といった質問が寄せられた。障がい者雇用については星氏がここでも“100人100通り”の働き方の考えに基づき、「今求められているのはLGBTや障がいを持っている方、というように分けて考えるのでなく、一人ひとりが働きやすい職場環境づくりに努めることが結果として会社の生産性にもつながるのではないか」と回答。また後者の質問についても同氏が「ダイバーシティマネジメント」という学術的な観点から応え、「ダイバーシティは取り組み始めた時期には最も生産性が落ちてしまうことがデータ的にも分かっているが、管理職に女性が増え、さらに育児や介護をしている人、LGBTといったいろんな切り口が増えるほど、人間の意識はその人たちをカテゴリーではなく、一人ひとりの人間として見るようにできている。そういう意味で、企業のキャパシティはむしろ増えていくと思う」と持論を述べた。

最後に山岡氏は、「前例がないので無理などと言っていると、何も進まない。チャレンジを重ねるうちに当初は思ってもみなかったような価値創造が生まれてくるものかもしれない」と話し、ダイバーシティやインクルージョンを進める上で、「企業の革新的でしなやかな適応力に期待したい。世の中も地球も全部がそんなふうになってほしいと思う」とセッションを締めくくった。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。