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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

技術と連携で目指す持続可能な社会――瀬木達明・セイコーエプソン 常務 サステナビリティ推進室長 CFO CCO

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長野県、諏訪湖周辺の地域は「東洋のスイス」とも呼ばれる美しい景観が広がる。この諏訪湖畔で1942年に創業した時計の製造工場がセイコーエプソン(以下、エプソン)のルーツだ。「絶対に諏訪湖を汚してはいけない」「周辺の人に迷惑をかけず、地域に受け入れられる工場でなければいけない」――。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜の基調講演で同社の取締役 常務執行役員 サステナビリティ推進室長 CFO CCOの瀬木達明氏は「その創業者の思いを今も大切に受け継いでいる」と熱を込めて語り、技術を生かした取り組みを紹介して連携を呼びかけた。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

冬、全面凍結した諏訪湖の湖面に、時には数キロメートルに渡って現れる氷の道。気温差によって氷が膨張と縮小を繰り返すことで山脈のように盛り上がるこの現象は「御神渡り」と呼ばれ、約550年前の室町時代からその記録が残っているという。ところが、人々を魅了してきた神秘的な自然現象は近年、「ほとんど見られなくなっている」と瀬木氏は話す。そうした現状を目の当たりにして、地域はもとより地球に負荷をかけてはいけないという思いを強くしたエプソンは1999年、経営理念に「地球を友に」という文言を追加した。

エプソンは1969年に世界初のクオーツウオッチを発売して以降、90年代にはカラー印刷の画質を飛躍的に向上させたインクジェットプリンターによってその普及を大きく加速し、また同時期にプロジェクター市場の先駆的な製品を発表するなど、今では当たり前の文化とも言える機器によって人の生活やビジネスの現場に変革を生み出してきた企業だ。瀬木氏が「誠実努力の姿勢と、社会課題を解決しお客様の期待を越えようとする創造と挑戦のDNA」と説明する企業風土によって、近年もオフィス製紙機「PaperLab」といった革新的な機器を開発、発売している。

同社は商品群を生み出す強さの源泉を「省・小・精の技術」と呼んでいる。つまり省エネルギー、小型軽量、高精度だ。瀬木氏は「さらにデジタル技術や、オープンイノベーションを通じて、持続可能で心豊かな世界を実現したい」と話し、その実例となる製品、技術を活用した取り組みを紹介した。

デジタル捺染技術がファッション産業のソリューションに

ファッション産業には解決すべき課題が山積している。世界で排出されるCO2のうち約10%がファッション産業由来(国連環境計画の調査)、水の汚染量・使用量が全産業の中で2番目に大きく、工業用水汚染の約20%が染色と仕上げによるもの(同)、毎年つくられる服の約85%が焼却や埋め立て処分されている(国連欧州経済委員会・世界資源研究所)など、特に環境汚染の問題が深刻であると瀬木氏は説明する。さらに過酷な労働環境といった社会課題や、コロナ禍でますます顕在化した商品の多様化、短納期化といった事業課題もある。

意外にもエプソンの技術を活用することで、これらファッション産業の課題へのソリューションが生まれるという。同社のインクジェットデジタル捺染(なっせん)機では、シルクや合成皮革に直接、鮮やかなプリントすることが可能なのだ。この技術を活用した捺染工程はアナログ捺染と比較して短納期、少量多品種の対応、省資源を実現する。

ただし、デジタル捺染の技術とハードを持っているだけでは課題の解決には至らない。繊維・生地メーカーやデザイナー、ファッションブランド、捺染業者、小売業者、仲卸業者など、多数の企業やブランド、個人と共にエコシステムを形成することが必要だ。

「エプソンはパートナーの皆さまとエコシステムを築くことによって、単にプリンターを販売するだけでなく、業界そのものを持続可能な業界に変革していきたいと考えている」と瀬木氏は連携を促す。またサステナブル・ブランド国際会議2021横浜の会場では、インクジェットデジタル捺染によるテキスタイル印刷のサンプルが公開された。実際に手にすることで「将来の可能性を感じ取っていただけると思っている」と瀬木氏は自信を見せた。

プロジェクター活用し教育の格差解消目指す

エプソンの技術が生かされる場面は教育の現場にもある。特に近年、教育機会の公平性を社会がどう担保するのかは大きな課題となっている。地域と都市部では教員の数や生徒・学生の人数によって教育格差が生まれてしまう。格差を解消するため、5G通信などのIT技術と高精度・大型の映像を活用した遠隔授業などの試みが活発に行われており、文科省の実証実験には同社も参画している。

「持続可能な社会を実現する上では、教育、人こそが重要だと考えている」と瀬木氏は語る。さらに取り組みは国内に限らず、むしろ貧困地域などグローバルに広げることが有効だと展望を見せた。最後に瀬木氏は次のように呼びかけて講演を締めくくった。

「社会課題を解決し、持続可能で心豊かな社会を実現するためには、パートナーシップが必要だ。ぜひ、共に明るく持続可能な社会をつくりあげていただきたい」

沖本 啓一(おきもと・けいいち)

フリーランス記者。2017年頃から持続可能性をテーマに各所で執筆。好きな食べ物は鯖の味噌煮。