
世界経済フォーラム(WEF)は2026年1月20日、ボストン コンサルティング グループ(BCG)と共同で作成した報告書「ウィメンズ・ヘルス・インベストメント・アウトルック」を発表した。女性の健康に資する民間投資の現状と見通しについてまとめたもので、WEFが同テーマで報告書を発表するのは初めて。
報告書によれば、民間のヘルスケア関連投資のうち、女性の健康に関するものはわずか6%で、現在投資の勢いは増しているものの、まだ大きな投資の機会が残されている。報告書は、特に投資機会の大きい6分野や、投資の拡大を妨げている要因を指摘した。
ヘルスケア分野における男女不均衡
世界人口の約半数を占める女性。しかし、女性に特有の疾患やその治療法を研究し実用化するための投資は、いまだ不足している。長年、女性の健康に関するまとまったデータは不足しており、関連分野に女性のリーダーは少ない。こうしたことから、実際には高い需要があるにもかかわらず、投資が集まりにくい状況が続いてきた。資金不足は研究の進歩を遅らせ、女性の健康や幸福、労働参加率に悪影響をもたらしている。低所得国や中所得国は、特にこの資金不足の影響を強く受けているという。
WEFの健康・医療部門長であるシャム・ビシェン氏は次のように述べる。「長年、研究や製品開発は男性を基準に行われてきました。臨床基準や試験設計、イノベーションの過程は、男性の生理機能やニーズに基づいている場合が多いのです。このやり方では、女性に特有の影響を与える疾患や、女性に大きな影響を与える疾患を組織的に軽視することになります。その結果、重要な分野の資金と研究が不足し、サービスが行き届かない状況になっているのです」
こうした格差を解消するため、WEFはBCGの協力を得て、女性の健康に関する民間投資の状況を初めて報告書にまとめた。2020年から2025年に行なわれた民間のヘルスケア関連投資を10万件以上分析した結果、女性の健康に関する投資額は全体のわずか6%だったという。さらに、女性の健康に特化した企業への投資額は全体の1%にも満たなかった。
女性の健康に関する投資の9割近くは、生殖医療、産科ケア、女性特有のがんの3分野に集中している。一方で、子宮内膜症、更年期障害、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、月経関連への投資は、合計で2%に満たない。これでは、影響を受けている人の多さに見合わない。また、心血管疾患、代謝疾患、精神疾患に関する女性特有の研究に至っては、約1%という少なさだ。
投資機会の大きい6分野
しかし近年、女性の健康に関する投資の勢いは高まっている。BCGのマネージング・ディレクター兼シニア・パートナーであるトリッシュ・ストロマン氏は、次のように述べる。「投資家は今や、女性の健康をニッチ市場ではなく成長分野と見なしています。体外受精市場がその好例です。科学技術の進歩、高い需要、保険など費用を賄う仕組み、この3つの要素がそろうことで、高成長産業が生まれることを示しています」
今後こうした成功例が増えていくことが予想される中、報告書は、投資先として特に有望な6つの分野を指摘した。
①女性のがん治療
女性特有のがんや、女性に多いがん(乳がん、子宮頸がん、卵巣がん、子宮体がんなど)に対するバイオ医薬品治療。2025年時点で獲得可能な最大市場規模(TAM)は、全世界で約700億ドルと推定される。
②女性向けオンライン医療サービス、福利厚生管理
現在、オンライン医療サービスの利用者の約4分の3を女性が占めており、企業の福利厚生としての需要も見込まれる。TAMは全世界で約310億ドルと推定される。
③遠隔妊産婦健康モニタリング
ウェアラブル機器、AI、遠隔医療などを活用し、血糖値、血圧、胎児の健康状態といった指標をモニタリングする。新興市場ながら急速に拡大しており、TAMは全世界で20億ドルと推定される。
④女性向けメンタルヘルス・プラットフォーム
月経前症候群(PMS)、周産期うつ病、更年期に伴う気分の変化といった女性特有の疾患に対応できるデジタルプラットフォーム。TAMは全世界で22億ドルと推定される。
⑤女性向け長寿・健康コンシェルジュサービス
中年女性や閉経後の女性向けのサービスで、従来型のかかりつけ医と予防医療の間にあるギャップを埋める取り組み。TAMは全世界で43億ドルと推定される。
⑥女性向け代謝測定ウェアラブル機器とプラットフォーム
PCOS、妊娠糖尿病、インスリン抵抗性といった疾患を、データやAIを活用して予防・管理する。TAMは全世界で110億ドルと推定される。
女性のヘルスケア市場拡大を阻んでいる要因
投資の勢いが高まっている一方で、いまだに資本形成と市場の成熟を阻んでいる構造的な課題もある。報告書では次の6つの課題が挙げられた。
①不十分な基礎研究
米国では、1993年まで臨床試験に女性の参加が義務付けられておらず、研究結果が男性の生理機能に偏っていた。今も多くの研究で、性別ごとの結果が報告されていない。
②データ不足
有病率、治療成果、投資収益率(ROI)などについて、一貫性のあるデータが不足しているため、市場規模の推定が困難。
③断片的な資金調達
資本が公的予算、慈善事業、小規模な投資ファンドなどに分散しており、規模拡大が困難になっている。
④規制の不備
女性向けの医療分野では、薬剤承認に使用できる指標が確立されていなかったり、女性にとって重要な要因(痛み、QOLなど)が軽視されていたりすることが多い。
⑤保険適用の不確実性
女性向け医療の保険適用範囲は、保険者ごとの一貫性がなく、限定的であることも多いため、収益性を見通しづらい。
⑥投資拡大のボトルネック
女性向け医療への投資は、大半が未成熟な企業への投資であり、小規模なため、機関投資家が参入しにくい。
投資を加速するために協働が不可欠
女性のヘルスケア関連投資の問題は、規制の枠組み、保険制度、研究の進歩、収益性など、さまざまな要素が絡み合っている。そのため、先に述べたような課題を単独で解決することは難しい。ヘルスケア関連企業、投資家、慈善団体、公的機関などが連携して取り組むことが必要だ。
例えば、基礎的な研究の段階と、ビジネスとして展開するための資金調達の間には、大きな壁がある。報告書は、これを乗り越えるために「ブレンデッド・ファイナンス」の活用を呼びかける。ブレンデッド・ファイナンスは、公的資金や慈善資金と民間の投融資を組み合わせる仕組みで、リスクの高い事業にも民間の投資家が参入しやすくなることが期待できる。
WEFは、このようなステークホルダー間の連携を強化するため、BCGと協働して「女性の健康責任投資コンソーシアム(Women’s Health Responsible Investing Consortium)」を設立した。投資家とイノベーターを結び付け、女性の健康に関して責任ある投資を促進することを目指す。
女性の健康は、公共性の高い課題であると同時に、経済的な機会でもあることが今回の報告書で明らかになった。同分野で投資家や関連企業が持続的に利益を得られるようになり、健康な女性が増えれば、強く安定した経済の基盤となるだろう。
| 報告書全文はこちらから Women’s Health Investment Outlook https://reports.weforum.org/docs/WEF_Womens_Health_Investment_Outlook_2026.pdf |
茂木 澄花 (もぎ・すみか)
フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。 ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。











