
2026年の年明け早々、米トランプ政権はベネズエラを攻撃しグリーンランドの領有にも意欲を示すなど、紛争の火種が拡大している。世界各地で事業を展開している企業は、こうした紛争で緊迫した状況に置かれた時、人権リスクにどう向き合えばいいのだろうか。2025年の国連ビジネスと人権フォーラムでは、紛争地域における人権デューデリジェンスの重要性と企業が実施すべきことは何かについて議論が交わされた。(翻訳・編集=遠藤康子)
自社やその子会社、サプライヤーが紛争の影響を受ける地域で事業を行っているとしよう。その場合、事業活動が紛争の被害を助長しているか否か、あるいは逆に紛争の被害から守られているか否かをどうすれば把握できるだろうか。言うまでもなく、紛争にはリスクが付きものであり、企業が人権リスクと事業への影響を評価するために必要な情報を入手することはいっそう困難になる。2025年の国連ビジネスと人権フォーラムでは、紛争下におけるそうした情報入手の複雑さが明らかになった。
まず、ESGデータを取り扱うプロバイダーはごくわずかで、紛争地域における市民レベルの実態を十分に把握できておらず、投資家のニーズを満たす情報を提供できていないという意見が聞かれた。一部のプロバイダーに至っては、主に政治的な圧力に屈する形で、実態調査から完全に手を引こうとする動きさえ見られるという。
投資家による人権イニシアチブ「Investor Initiative on Human Rights Data」のダン・ニール氏は、紛争と被害に関するデータがますます入手困難になっている現状を説明した。そして、投資家らがそうした状況に対応するために手を組んで情報の空白を特定し、ESG評価機関MSCIをはじめとするESGデータプロバイダーと協力してその空白を埋めようとしていると述べた。ニール氏は「複雑な事情がある中で、実態把握の取り組みを強化することには相当な困難が伴います」と指摘する。
現地事情に即した人権デューデリジェンスを
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のビジネスと人権部門責任者マウリシオ・ラザラ氏は、そうした類いの情報の入手が不可欠である理由を具体的に説明した。
「人権デューデリジェンスはもともと特定の状況に大きく依存するものであるため、紛争地域ではさらに強化しなければなりません。容易ではありませんが、いかなる状況であっても情報収集は必須です。紛争の影響をじかに被っている人と直接話をしてください。
それだけでなく、彼らの代表者や専門家、ビジネスパートナー、NGO、正規の労働組合連合会を含む関係者とも対話してください。紛争地域では、人権デューデリジェンスをいつも以上に細心の注意を払って詳細に行うことが不可欠ですし、事案ごとに状況がまちまちであるため、個別に取り扱わなくてはなりません。入念な調査が必要です」
権利の保有者と市民社会組織、投資家のデータ不足を埋めるべく活動する米NPOハートランド・イニシアチブのサム・ジョーンズ氏は、地域社会との連携が依然として鍵であることを改めて強調した。「イスラエル対ガザ、ロシア対ウクライナといった戦争や、コンゴ民主共和国での武力衝突など、世界から注目されている紛争だけを考えないでください。世界にはリスクが『高い』あるいは『深刻』な紛争が60から70も起きています。紛争は単なるニュースなどではなく、構造的な問題なのです」とジョーンズ氏は語った。「ガザ情勢は政治的にデリケートであるため、企業は無策のままか事後対応に回るばかりで、モグラ叩きをしているようなものです」
切っても切れない人権リスクと財務リスク
ジョーンズ氏はさらに、ハートランド・イニシアチブと資産運用会社シュローダーの最新共同調査で明らかになった「深刻な人権リスクと財務的マテリアリティの不可分な関係性」を例に挙げた。つまり、人権リスクが高ければ高いほど財務リスクも高まるということだ。同調査で紹介されている12の事例では、紛争地域ならびに紛争リスクの高い地域で、人権被害を引き起こした・加担した・直接関与した12企業が、訴訟や株価下落、売上減少などを通じて総額850億ドル(約13兆4650億円)もの財務的損失を被ったことが示された。
企業が直面し得るリスクは、立地や事業内容によって大幅に異なることも明らかになった。「人権リスクへの対応は、大ざっぱなやり方ではなく緻密さが必要です」とジョーンズ氏は述べた。
「例えば、ミャンマーでクーデターが起きた際、同国で事業を展開する多国籍企業が多数存在することがわかりました。しかし、被害は紛争の現場にどれだけ近いか、例えば農業関連企業と燃料パイプライン企業とで、大きな差があります。それぞれが直面するリスクは非常に異なるのです」
フォーラムではよく、企業と投資家が市民社会組織と連携すべきだという意見が聞かれる。紛争地域となれば、そうした連携の重要性はいっそう増すが、たとえ障壁があっても連携は常に可能だという声が上がった。「重要鉱物を扱う採掘企業や紛争下で活動する兵器関連企業が人権に与える影響は、一般公開されているウェブサイトや報告書で知ることなど絶対にできません。現地で情報を収集して初めて把握できるものなのです」とジョーンズ氏は述べた。
また、リスクの高い紛争地域で人権デューデリジェンスを強化する際には、現地でなければ知り得ない実態を把握するためにリソースを追加投入していることを企業は示さなくてはならないという。その一環として、スイスに拠点を置くトラストワークス・グローバルといった紛争リスク専門の組織との提携を例に挙げた。
企業は平和構築の後押しを
ジュネーブ安全保障政策センター(GCSP)の代表者は、紛争とリスクについては幅広く議論されてきた一方、平和への関心が乏しいとの見方を示した。これに関して、企業はさまざまな方法で平和の構築に貢献できるという点で見解が一致。企業による平和構築の一例として、コロンビアで2016年に内戦が終了した後、元戦闘員を優先雇用する取り組みが行われたことが取り上げられた。
もっとも、企業が人権被害の軽減と防止を後押しする上で基本的な手段となるのはやはり人権デューデリジェンスだ。単なる出発点に過ぎないかもしれないが、人権尊重に欠かせない最低限の条件である。世界各地で発生している問題を企業が独力で解決しようとすることは望めない。しかし、状況を悪化させないよう努力することならできる。何よりも「危害を加えない」ことが第一だ。













