
日本で初の開催となる「第25回夏季デフリンピック東京大会(東京2025デフリンピック)」が11月15日、開幕した。聞こえない・聞こえにくい人のためのオリンピックとして1924年にパリで始まり、今回は100周年の節目となる大会だ。これに合わせ、アイシンが提供する音声認識アプリ「YYSystem(ワイワイシステム)」を使い、都内の店舗や施設に「字幕」を広げていく「世界に字幕を添える展 in 東京」が12月7日まで開催されている。
そのキックオフイベントとして、11月5日に都内で「東京に字幕を添える会議」が開かれた。デフサッカー日本代表選手や元サッカー日本代表の北澤豪さん、ろう・難聴の当事者らが登壇。字幕を通して、誰もがコミュニケーションを楽しめる世界について語り合った。
会場周辺100カ所に「わいわいスポット」
東京2025デフリンピックは11月26日までの12日間、東京および近郊の会場で実施。約80の国・地域から選手・スタッフら約6000人が参加し、21の競技で熱戦が展開されている。そうした大会を「誰もが楽しめる」ものにするため、大会期間中、会場周辺を含む約100カ所に「わいわいスポット」(YYSystemが設置された店や施設)を設置。会話やアナウンスに字幕が添えられている。
イベント「東京に字幕を添える会議」もYYSystemを使い、会場のスクリーンに登壇者の発言がリアルタイムで文字表示される中で進められた。
冒頭、YYSystem開発責任者の中村正樹さんがマイクを持ち、「字幕のある素晴らしさや、社会にはまだまだ意思疎通の壁があることを発信するイベントにしたい」と力説。YYSystemはスマートフォンにインストールして使う文字起こしアプリを中心に、スクリーンや透明のディスプレイに会話内容を映し出すサービスなど、用途に応じて複数展開している。英語や中国語、スペイン語など31の言語に対応し、国を超えたコミュニケーションも支える。
コミュニケーションツールがメダルに近づく一歩に

最初のトークセッションには、元サッカー日本代表で、日本障がい者サッカー連盟会長の北澤豪さん、デフサッカー日本代表の林洸大選手、國島佳純選手が登壇した。デフサッカーのルールは通常のサッカーと同じだが、試合中は補聴器を外すため音は聞こえない。選手たちは視覚情報を頼りにプレーする。
「ゴールキーパーからの指示は、前の選手には聞こえません。距離感がとても難しい。だからサイドの選手を見て、手話などで『もっと前』『もっと下がって』と伝えています」とキーパーの國島選手。これに対し、北澤さんは 「デフサッカーの選手は視野がものすごく広い。見る力がずば抜けている」と驚いた。林選手も「日常生活で常に人や状況をよく見ることが、プレーにも生きています」と話した。
手話を交えて話す國島選手、林選手の発言は、ディスプレイにリアルタイムで表示された。その様子を見た北澤さんは「YYSystemのようなコミュニケーションツールは、メダルに近づける一つのシステムだと思う」と期待を述べた。
エンタメにも情報保障の仕組み必要
次のトークセッションには、映画『みんなおしゃべり』(11月29日から全国順次公開)の河合健監督と小澤秀平プロデューサーが登壇した。河合監督自身は、ろうの親を持つCODA(Children of Deaf Adults)。作品は、日本のろう者とクルド人の一家が、言語や文化の違いからすれ違い、衝突しながらも関係を築いていく姿を描くコメディだ。
この映画の中に、実際にYYSystemの文字起こしアプリが登場する。河合監督は 「映画で文字起こしアプリを使う場合、普通は後から画面を作る。文字起こしの精度に課題があるからです。でもYYSystemはあまりに精度が高くて、そのまま現場で使うことにしました」と明かす。
映画館やエンターテインメント業界では、情報保障の課題がまだ多いという。上映時間やスクリーンの場所が分かりづらい、窓口でのコミュニケーションが難しい――。そうした声を受け、2人はミニシアターを中心にYYSystemの導入を働きかけている。「小さな劇場にこそ、情報保障の仕組みが必要だと思っています。“誰もが映画を楽しめる場所”を増やしていきたい」と小澤さんは話す。
「字幕が当たり前の未来」に

最後のトークセッションには、ろう当事者で日常的にYYSystemを使う吉田まりさん(ろうインフルエンサー)、生まれつき聞こえず、補聴器を使いながらSNSや講演で発信を続ける難聴うさぎさん(インフルエンサー)、「誰もが手話で踊れる世界」を目指し、手話ダンスなどの活動を行う北村仁さん(手話パフォーマー)が登壇。3人はそれぞれ、YYSystemを通じた出会いや、日々感じている課題、今後実現したいアイデアなどを語った。
難聴うさぎさんは、美容院の鏡に文字が映し出される様子や、居酒屋で中国人客とYYSystemを介して会話した体験を紹介し、「字幕があることでコミュニケーションが取れた。本当にすごいと思った」と笑顔。続けて「学生時代、大人数の会話で気を遣って聞こえているフリをしていました。こういう時に文字起こしアプリがあったら良かった」と振り返った。
YYSystemにどのようなアップデートを望むかとの質問に対し、3人からは、顔の表情と一緒に文字が読めるよう、「おでこに文字を投影するような仕組みがあったら」と、未来的なアイデアも飛び出した。吉田さんは「出産の場面にも、字幕が当たり前にある世界になってほしい」と訴えた。
広がるコミュニケーション支援
東京2025デフリンピックの開催に際し、聴覚障がい者らを支える取り組みは、企業の間で確実に広がっている。
ファミリーマートは2025年11月4日〜11月30日、大会会場周辺のファミリーマート48店舗で、コンビニ業界初のオンライン手話通訳サービスを導入。同社は「『デフリンピック』は、社会全体で多様性への理解を深め、コミュニケーションの在り方を見つめ直す、またとない機会。これを課題解決に向けた大きな一歩を踏み出す好機と捉え、全てのお客さまが安心して快適にお買い物できる店舗づくりを目指す」としている。
ソニーは、東京2025デフリンピックに合わせて開催される「みるTech」に出展する。アクセシビリティ機能を使ったゲーム体験や、聴覚に障がいがあっても光や振動で音楽を感じることができるインクルーシブな打楽器を紹介。「誰もが感動を分かち合える未来の実現を目指す」としている。
富士通は、音の特徴を振動と光で「感じる」アクセサリー型デバイス「Ontenna(オンテナ)」や、駅構内の環境音を視覚化する装置「エキマトペ」を、デフリンピック会場などで展示。いずれも耳の不自由な人と協働で開発したものという。
「誰もが情報にアクセスできる社会」をどう作るのか――。日本初のデフリンピック開催は、その問いを私たちに突きつけている。「世界に字幕を添える展 in 東京」は、目指すべき道を確実に示している。その道は、デフリンピックとともに始まり、私たち一人ひとりの行動によって続いていく。

眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。














