• 公開日:2025.12.02
パレスチナ問題の本質を国際法と人権の視点から問う――ジャーナリスト高橋真樹さん
  • 環境ライター・箕輪 弥生

ガザにある建物の約8割が破壊された(写真:映画『手に魂を込め、歩いてみれば』より(©Fatma Hassona))

2023年から続いた2年にわたるガザでの紛争は、10月に停戦が発効されたものの、根本的解決からはなお程遠い状況にある。この問題は、しばしば「宗教・民族対立」や「憎しみの連鎖」として単純化されるが、果たしてそれだけなのだろうか。

30年近くパレスチナ問題に関わり、多くの著作があるジャーナリスト高橋真樹さんに、近著『もしも君の町がガザだったら』の内容を中心にインタビューを行い、複雑に見えるこの問題を理解する糸口を探った。インタビューでは、問題の根源にある人権侵害、歴史的経緯、国際社会のダブルスタンダード、そして気候変動問題とも通底する「不正な世界の構造」について論じられた。(環境ライター 箕輪弥生)

パレスチナ問題の誤解を解きたい

――まず、『もしも君の町がガザだったら』を出版された主旨を教えてください。

パレスチナの問題については、多くの誤解があると思っています。専門書はいくつも出ていますが、「まず初めにこれを読んでみたら」と紹介しやすい本はあまりないので、そういう本を作りたいというのがありました。そこに、2年前からのジェノサイドと呼ばれるガザの状況を踏まえ、改めてもう少し敷居を下げた形で伝えられないかと思って書いたのがこの本です。

左:著者の高橋真樹氏 右:子どもから大人まで読める、分かりやすくパレスチナ問題を解き明かす著作

 

――パレスチナ問題というと宗教や民族闘争というイメージが強く、難しいと感じている人も多いと思います。でも著書の中で高橋さんは「本当は難しくない。一番大切な根っこの部分は誰にでもわかるシンプルなことだ」「ただその大切な部分がいろいろな先入観・バイアスやメディアによる間違った解説により見えにくくなっている」と書かれています。これは例えばどのようなことを指しているのでしょうか。

まず宗教についてですが、約130年前にヨーロッパの人たちがシオニズムという運動を始めてパレスチナに入ってくるまでは、さまざまな宗教の人たちが共存していました。パレスチナに暮らすアラブ系の人は、みんながイスラム教徒と思われがちですが、実際にはキリスト教徒もいます。また、少数ながらユダヤ教徒も暮らしていました。宗教の違いが争いの原因だったわけではないのです。ですから、この問題は宗教の教義を巡ってどちらが正しいかという話では一切ないのです。

また、よく言われる「憎しみの連鎖」というのも、家族を殺されて憎いという感情が復讐(ふくしゅう)の原因になっているという単純な話ではありません。問題を生み出した仕組みそのものが温存されていることが問題なのです。

問題の根源にある「不正な仕組み」

――「仕組み」というのはどういうことを指すのでしょうか。

イスラエルの始まりは、約130年前、欧州で迫害されたユダヤ系の人々が、現地住民を無視し、排除してパレスチナに国家を建設しようとしたシオニズム運動にあります。これは欧州の植民地主義と同じ発想で、当初から不正を内包していました。

国連の分割案を経てイスラエルが建国された後も、アメリカや欧州の大国が政治的、経済的、軍事的に協力をし、イスラエルを支えてきました。これによって、パレスチナ人の追放や占領、国際法で違法とされる入植地建設が放置され続けてきたのです。つまり、これは中東の片隅で起きている紛争ではなく、世界が作り出して維持してきた仕組み、構造的な問題であるということです。それをどう変えていくのかという視点が非常に重要です。

――大国の支援がイスラエルの占領を許してきたということでしょうか。

そうですね。ウクライナ侵攻でロシアを非難する国々がイスラエルの占領を黙認、支援するのは、どう考えてもダブルスタンダードだと思います。

占領下の「見えにくい」人権侵害

現在でもガザへの物資搬入は制限され、子どもたちの栄養失調状態は続く(©Fatma Hassona)

――2年前の10月7日からの紛争で、パレスチナでは7万人を超える人が亡くなり、その8割が民間人と言われています。また、ガザへの人道支援物資の搬入が著しく制限され、飢餓による子どもらの死者も相次ぎました。

ガザでの紛争は2年前から始まったと思われがちですが、実は全く違います。その前、ハマスが実効支配した2007年、つまり2023年10月の16年前から、イスラエルによる軍事封鎖が始まり、人々が何の希望も持てないような監獄のような状況が作られてきました。食料や燃料、医薬品の搬入が厳しく制限され、栄養失調や高い失業率が常態化していたのです。

一方、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区も、イスラエル軍が管理する検問所や壁によって移動の自由が奪われ、通学や通勤が妨げられるなど、空爆のような目立つ形ではありませんが、人々の生活を根底から破壊する暴力が日常的に続いていました。にもかかわらず、国際社会は人々の苦しみに沈黙しました。結果として、ハマスのような抵抗組織の暴力も、過激化していったのです。

――でも2年前からの悲惨な紛争は、ハマスの攻撃が引き金になりました。

もちろん今回のハマスの攻撃は民間人も犠牲にしていますし、人道上問題があることは間違いないのですが、じゃあハマスが問題だから壊滅させようといったところで、問題が解決するわけではないのです。ハマスという存在は、1967年以降続くイスラエルの過酷な占領政策が産み、育ててきたものという背景があります。イスラエルの占領の問題を解決しない限り、根本的な解決は難しいのです。

――パレスチナ人への人権侵害はこの先も続いていくということでしょうか。

イスラエルは、パレスチナ人を追い出して、全土をイスラエルの土地にしたいという狙いのもとに動いています。残ったパレスチナ人は絶対に抵抗できないように、狭いところに囲い込み、おとなしくさせる――そういう扱いをしようとしています。その構造は、かつて南アフリカで行われていた黒人差別のアパルトヘイトと同じような構造です。双方の国が争っているというよりも、これは国際法に反した明白な人権問題なのです。

――ところで、ガザの女性フォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナさんのドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』をご覧になりましたか。彼女の眼を通じたガザのリアルな姿、そして「ガザで生きる」ということを追体験できる作品でした。彼女は残念ながら、映画がカンヌ映画祭で上映決定となった直後、爆撃されて亡くなっています。

拝見しました。フランスに暮らすイラン人の監督と、ファトマさんによるビデオ通話だけでほぼ構成された珍しい映画ですが、観ていると彼女の個人的な知り合いになったような気分になります。ニュースでは「パレスチナ人が何人殺されました」と伝えられますが、人間の命は数字ではないということを、この映画を通じて知ってもらえればと思います。ささやかな幸せを求めて、日々の苦しみや喜びを感じて生きる、私たちと変わらない普通の人が、なぜこれほど追い詰められ、最後は殺されなければいけなかったのか。そして、それを許したのは誰なのかということを考えてほしいのです。

映画では封鎖された紛争下のガザで24歳のフォトジャーナリスト女性のリアルな声が響く(ユナイテッドピープル)

――今回の紛争で殺害されたジャーナリストは200人以上に上ります。なぜ彼らはターゲットにされるのでしょうか。

世界の他の戦場に比べても、圧倒的に高い割合でジャーナリストが殺されているのは事実です。理由は、基本的にガザから事実を発信されたくないからです。イスラエルは通信を傍受し、スマートフォンのデータも監視しているとされています。

「私たちはただ普通の質素な生活を送りたいだけ」と訴えるファトマ・ハッスーナさん(©Sepideh Farsi Reves d’Eau Productions)

――イスラエルがここまで執拗な攻撃を繰り返し、多くの子どもを含む民間人が犠牲になっているにもかかわらず、イスラエル国内では反対の声が強くないように見受けられます。

イスラエル市民の多くは、人質解放を目的とした停戦には6~7割が賛成しましたが、ガザ市民の命を重視する声は少ないのが現実です。長年にわたる「ユダヤ人は絶対的な被害者」という教育や、徴兵制による軍への信頼が、壁の向こうのパレスチナ人への共感を困難にしています。

これだけ多くのパレスチナ人、特に子どもたちを含めて殺しているにもかかわらず、イスラエル社会はハマスによる2年前の10月7日の襲撃だけを「第2のホロコースト」と認識しています。つまり、ハマスによる襲撃はユダヤ人を絶滅させようとしているという受け止め方です。でも実態は全く違っていて、ハマスも含めた抵抗勢力はイスラエルによる占領や入植、封鎖などに抵抗する中で生まれてきた組織です。ユダヤ人かどうかは関係がありません。

企業に求められる「ビジネスと人権」の視点

――気候変動に積極的にアプローチしてきたグレタ・トゥーンベリさんらもガザ地区へ支援物資を届けようと船で向かう途中、拿捕(だほ)されました。パレスチナ問題と気候変動問題とには何か関連があるのでしょうか。

グレタさんが今ガザに命をかけているのは、別に心変わりしたわけではなくて、彼女としてはやっていることは同じなんです。豊かな国が排出したCO2で南の島が沈む気候変動も、大国の支援で続くガザの悲劇も、どちらも世界の不正な構造が力のない人々に不都合を押し付けているという点で、根底でつながっています。だからこの仕組みを変えなければならないと、彼女は行動しているのです。

――日本の企業がこの問題に対してできることはありますか。

イスラエルに対しては経済的影響力が効果を生みます。そのため、日本の企業がイスラエル企業との関係を見直すことは、大きな力を持ちます。これは、南アフリカのアパルトヘイトが、世界各国の市民のボイコットや企業の取引停止といった経済制裁によって終わった歴史を見ても明らかです。イスラエルとパレスチナの争いという視点ではなく、国際法や人権という普遍的な視点で、企業の関わりを見直してほしいと思っています。また、戦争はいうまでもなく最大の環境破壊です。戦争を起こさない社会こそが本当の意味でサステナブルなビジネスにつながるはずです。

――経済的関わりというのは具体的にはどのようなことでしょうか。

例えば、今日本の防衛省はイスラエル製のドローンを輸入しようとしていますし、年金機構がイスラエルの軍事産業に投資している例があります。イスラエル製の製品も日本の市場にたくさん入ってきています。やはり、「ビジネスと人権」というのは非常に大きなテーマです。国際法違反をしている国の企業とどのように関わるのかは、きちんと精査し、真剣に考えなければいけない問題だと思います。

<イスラエルとパレスチナ占領を巡る主な歴史>

19世紀末シオニズムが誕生(1897年、第1回シオニスト会議)
1939~45年第2次世界大戦、ホロコーストが起きる
1947年国連で分割決議案が採決される
1948年イスラエル建国、第1次中東戦争
1967年第3次中東戦争、イスラエルによる占領が始まる
1987年第1次インティファーダ(対イスラエル民衆蜂起)
1993年オスロ合意(イスラエルとPLOが初めて和平交渉に合意)
2000年第2次インティファーダ
2006年議会選挙でハマスが勝利
2007年パレスチナ自治政府が分裂。イスラエルがガザ封鎖を強化
2023年ハマスがイスラエルを奇襲。ガザで戦闘が始まる

書籍『もしも君の町がガザだったら』ポプラ社 著者:高橋真樹
 
映画『手に魂を込め、歩いてみれば』(配給:ユナイテッドピープル)
12月5日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
https://unitedpeople.jp/put/

written by

箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。

東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。 著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。 http://gogreen.hippy.jp/

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