
大手町・丸の内・有楽町エリアを舞台にした「大丸有SDGs映画祭2025」が9月29日に開幕した。オープニング作品には、インドの女性科学者らが火星探査計画に挑む実話を基にした『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』が選ばれた。上映後には、モデル・DJのエリーローズさんとアクサ・ホールディングス・ジャパン代表取締役社長兼CEOの安渕聖司さんが登壇し、多様性が生み出す力と「誰も取り残さない」社会づくりについて語り合った。今年の映画祭は、戦後80年やオーバーツーリズム、AIなど「いま考えたい」社会課題を幅広く扱い、街全体を舞台にした“参加型映画祭”として展開される。会期は10月23日まで。
多様性が生む力と「誰も取り残さない社会」
オープニング上映となった『ミッション・マンガル』(2019年)は、インド宇宙研究機関(ISRO)が成功させた火星探査計画を題材にした作品。失敗続きで左遷同然の扱いを受けた科学者チームが、家庭や社会の偏見を背負いながらも知恵と工夫を凝らし、火星探査機の打ち上げに挑む。とりわけ女性科学者たちが活躍し、料理や日常の発想を科学に応用して難題を突破していく姿が印象的だ。
ストーリーは、ロケットの打ち上げ失敗から始まり、諦めかけた研究者たちが再び挑戦に立ち上がる過程を描く。多様な属性やバックグラウンドを持つチームは、少人数・低予算の制約下で何度も衝突しながらも、共通の目標に向かって結束。最終的にはロケットの火星軌道投入に成功し、インドは実際、火星の周回軌道に探査機を到達させた世界4番目の国となった。

上映後の余韻が残る中、トークショーに登壇したエリーローズさんは、「失敗や限界に直面した時こそ、挑戦する力につながるのだと痛感した。(女性やミックスルーツという)マイノリティとして痛みを抱えてきた自分に『自分らしくいればいい』と思わせてくれる作品だった」と語った。DJとして海外で活動する中で、無自覚な差別的言葉に触れることもあるとし、「人は余裕がないと社会問題に目を向けることが難しい。立ち止まる時間を持つことで、他者理解や気づきが生まれる」と、社会全体の働き方や自身の価値観に踏み込んだ。
一方、安渕さんは本作の「誰一人取り残されないチームの姿勢」に注目。「途中でぶつかり合っても、最後にはしっかり同じ方向を向ける。多様性の力と諦めない姿に勇気をもらった」と振り返った。自社の取り組みとして、役職名ではなく「さん付け」推奨や、採用時における性別の記入や顔写真の提出を求めるプロセスの廃止、部長以上の管理職登用の男女比率チェックなどを紹介し、「会社の未来のために誰にとっても居場所がある組織づくりが不可欠」と強調した。

議論はDEI(多様性・公平性・包摂性)などに対する、社会のバックラッシュ(反発)にも及んだ。安渕さんは「『会社人から社会人へ』とよく言っているが、会社の外で多様な人と出会う。その積み重ねが確かな理解につながる」と述べ、人材の採用や顧客理解、社員エンゲージメントの観点からもDEIの重要性を力説。最後には「日常の小さな違和感を大切にしてほしい。その違和感を礼儀正しく言葉にしていくことが、社会を変える一歩になる」と呼びかけた。エリーローズさんも「『男性だから、女性だから』といった考え方はまだ根強い。大企業と連携して発信することで、そういった固定観念をどんどん崩していけるのではないか」と応じると、会場は温かい拍手に包まれた。
街全体を巻き込む「参加型映画祭」
大丸有SDGs映画祭は、2020年に始まった「大丸有SDGs ACT5」の柱の一つだ。映画を通じ、社会課題に触れるきっかけを提供する。6年目の今年は、長編9本・短編4本の計13作品をラインナップ。上映後トークを組み合わせ、観客がただ受け身で観るのではなく、思考を深め、行動につなげる設計となっている。
特徴的なのは“街ぐるみ”の仕掛けだ。大丸有エリアのイベントスペースをミニシアターに仕立てて開催し、今年初めて、旧東京高速道路「KK線」を屋外上映会場として開放。10月10日と18日は参加費無料のスペシャル上映として、幅広い層が参加しやすい環境を整えている。さらに、スタンプラリーや丸の内ポイントアプリと連動させるなど、街全体を巻き込む参加型デザインを導入。映画祭を訪れること自体が「SDGsを考える体験」となる仕掛けだ。
社会課題の「いま」を映す多彩な作品群
今年のラインナップは、オーバーツーリズムを問う『ラスト・ツーリスト』、AI社会を描く短編特集、戦後80年を振り返る『ペーパーシティ 東京大空襲の記憶』、自然と人の関係を見つめる『野生の島のロズ』など、ドキュメンタリーからアニメーションまで多様なジャンルがそろう。10月23日の本映画祭クロージングでは『難民アスリート、逆境からの挑戦』の上映後トークに元オリンピック選手の為末大さんや俳優のサヘル・ローズさんが登壇するなど、会期を通じて多彩なゲストが登場する。
「映画が街を動かす」というメッセージを掲げる大丸有SDGs映画祭。幅広い社会課題を市民や企業が共有することで、個々の小さな気づきや違和感が社会の変化につながっていく。大手町・丸の内・有楽町で続くこの試みは、映画を通じて“誰も取り残さない”未来を考える格好の場となっている。
チケット購入はこちらから。 https://act-5.jp/act/2025act5-2/ |
眞崎 裕史 (まっさき・ひろし)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
地方紙記者として12年間、地域の話題などを取材。フリーランスのライター・編集者を経て、2025年春からサステナブル・ブランド ジャパン編集局に所属。「誰もが生きやすい社会へ」のテーマを胸に、幅広く取材活動を行う。