• 公開日:2025.07.17
反DEIに吹く逆風 DEIの重要性は揺らがないと断言できるワケ
  • Tom Idle
Image credit: ThisisEngineering / Unsplash

メディアの報道を鵜呑(うの)みにすると、米国で企業のDEI(多様性、公平性、包摂性)の取り組みが終わりを迎えたかのように思えて悲観的になるかもしれない。しかし、この数カ月間に起きたさまざまな動きを振り返ると、現実はより複雑で、繊細で、終焉(えん)にはほど遠いことがわかる。 

グローブ・スキャンの最新の調査によると、米国の消費者が党派を超えて、企業の気候変動とDEIへの取り組みを支持していることが明らかになった。回答者の72%が「DEIを支持しない政権からの逆風が吹いたとしても、企業はDEIを推進するべき」と答えている。この調査結果は「消費者は企業のDEIの取り組みに背を向けている」と主張するナラティブに反している。これは、なぜ一部の企業が「DEIを支持したから」ではなく「DEIを後退させたから」という理由で批判を受けているのかの説明になるかもしれない。(編集・翻訳=小松はるか)

企業の日和見主義に潜むリスク

今、「DEIへの逆風」に逆風が吹いている。企業は新たな岐路に立っており、次の批判の的になることなく、インクルージョンに関する方針をどう維持するかということに頭を抱えている。方針を強化する企業もあれば、リブランディングに取り組む企業もある。また「全ての人を満足させようとすると、誰も満足させられない」ことを痛感している企業もある。 

米小売大手のターゲット(米国・ミネアポリス)はそうした典型的な事例だ。同社はかつて高い社内目標を掲げ、誰もが注目し支持する対外的な取り組みを数多く行う、DEIの先進企業として評価されていた。しかし2023年、保守派のボイコットや政治的な圧力を受け、同社はDEIの取り組みを静かに撤回し始めた。多様な人材を受けいれる採用目標から転換し、全米の店舗でLGBTQ+関連の商品の陳列を控えるようになった。 

では、その反応はどうだったのかというと、逆の立場からの批判が集まることになった。消費者やアドボカシー団体は、ターゲットがかつてたたえてきたコミュニティへの裏切りだと批判。SNSは失望の声にあふれた。従業員の士気も低下したと報じられており、今やコストコなどのライバル企業が恩恵を受けている可能性さえある。 

コストコはDEIをめぐる議論を巧妙に逃れるようなことはしなかった。ただ単に、インクルージョンや多様性に一貫して取り組みつづけ、見かけ倒しのキャンペーンを展開したり、DEIへの反感を前に方針を撤回したりすることなく、自社の方針を静かに守ってきた。 

結果はどうだったかというと、消費者からの好感度や評価が高まった。ターゲットが今も論争の渦中にある中、コストコは安定した価値観を軸に事業を行うブランドだと受け止められている。見せかけのアライシップ(支援)に対する消費者の目が厳しくなっている時代だからこそ、こうした一貫性が重視される。 

撤退ではなく「適応」を

ディズニーでも同じようなDEIを巡る議論があった。2025年3月、LGBTQ+に関する取り組みを阻もうとする株主提案がなされたが、圧倒的多数の反対により否決された。これはDEI支持者が勝利したというだけでなく、その多くがいわゆる「Woke Capitalism(「意識高い系」の資本主義)」を警戒していると見られている投資家たちが、インクルーシブな取り組みに価値を見出しているという表れだ。ディズニーの状況は、DEIが道徳的な義務であるだけでなく、ビジネスの必須事項であることへの理解が広まっていることを示している。 

分断された社会の中でも前進しようと、賢明な方法を探ろうとする企業もある。ペプシコは2025年2月、「DEI」という言葉を変え、代わりに「成長のためのインクルージョン」という表現を取り入れる方針を打ち出した。報道によると、この転換は政治的な対立を避け、同じ目標を推進していくことを目指してのことだという。取り組み自体を変えるのではなく、語り方を変えるというリフレーミング戦略だ。果たして、この転換はうまくいくのか。批判者らはこのリブランディングを受け入れるのだろうか。従業員やDEIを支持する人たちのコミュニティは、それでもペプシコを「アライ(支援者)」と見なすのだろうか。 

「こうしたリブランディングには戦略的なものも表面的なものもあります」。ロンドンやニューヨーク、メキシコシティで事業を展開するコンサルティング会社「Futerra」の共同創設者でチーフ・ソルーショニストのソリティア・タウンゼント氏は米サステナブル・ブランドの取材にそう語った。 

「(ペプシコが)DEIを『成長のためのインクルージョン』と言い換えることは、それによってDEIを事業戦略の中核に据えられるなら、賢明な方法でしょう。しかし、それが論争を逃れるための言葉の貼り替えにすぎず、取り組みが縮小しているのなら、人はそれを見抜きます。そして、従業員は必ず気づくはずです」 

多くの企業が、DEIに取り組んでいる企業と見なされることに葛藤しているのはなぜか──。その理由の一つが時代だ。企業が人種的正義を支持すると固く誓った2020年、DEIは企業の重点課題となった。しかし米国の政治状況が変わり、保守派の活動家や政治家がDEIに狙いを定め、企業を「逆差別」や「行き過ぎ」と批判するようになった。こうした圧力は、方針の転換の波を呼び、撤回する企業も生まれた。 

方針を貫くことで生まれるROI(投資対効果

しかし、多様性があり包摂的な企業文化を醸成することが、企業にとって意義のあることだと示す研究は続いている。インクルージョンに取り組む企業は、より革新的で、より有能な人材を引き寄せ、顧客に適切に向き合い、巻き込み、評判が揺らいでも上手く乗り切ることができるといわれている。 企業のサステナビリティを評価する基準は厳しくなっており、企業はDEIが単なるバズワードではなく、それを文化や経営に組み込んでいることを示す必要が出てきている。 

こうした中、立場を貫く企業がある。アウトドアブランドのREIだ。同社で従業員のDEI・ビロンギング(帰属意識)部門を率いるクリスティン・ロドニー氏によると、企業がREDI(人種的公平性、多様性、包摂性)に取り組むことの長期的な価値はあらゆる場面に表れるという。 

「私たちが取り組みにおいて重視しているのは、従業員の声や体験を中核に据えることです。当社では定期的な調査を行い、従業員が主導する5つのインクルージョン・ネットワークとコープ・コンパス・グループから情報を集め、従業員の経験や従業員にとって何が重要かを学ぼうと努めています」(ロドニー氏) 

ブランド・カスタマーREDI部門のシニア・マネージャーを務めるニコール・ラカッシ氏は、「インクルーシブデザインの成功は、製品の売り上げの増加から、インクルーシブコミュニティのイベントへの参加者の増加に至るまで、可視化できる短期的な成果を生み出してきました」と言う。 短期的には、ペプシコの例にならい、言葉を変え、見え方を調整しながら、方針を維持する企業も増えるかもしれない。ディズニーやコストコのように信念を貫く企業もあるだろう。 

言葉よりも、中身がますます重視されるようになっている。派手なキャンペーンやプライド月間のタイアップだけでは不十分だ。この時代の消費者や従業員は、より深い問いを投げかける。「賃金の公平性はどうなっているか」「経営層にどんな人がいるのか」「サプライヤーの多様性戦略はどんなものか」といったことだ。 

ラカッシ氏は「真に効果的なDEIの取り組みは信頼度に応じて進みます。一貫した姿勢を示し、真剣に耳を傾け、相互信頼を共有の責任と捉えることで、ブランドは強化され、REIの協同組合コミュニティは強固なものになります」と話す。DEIを政治的に不利益なものと捉えるブランドは、左右両側からの逆風にさらされる可能性がある。一貫性と透明性を持って歩みを進める企業は長期的な信頼を築くだろう。ラカッシ氏は「取り組みを縮小することは、私たちの存在意義に根本的に反します。私たちにとって、インクルージョンは政治的姿勢ではなく、戦略的かつ道徳的な責務です」と付け足した。

DEIについての話し合いは終わってはいない。むしろ進化している。企業は戦略を磨き、価値観を明確にし、決断に責任を持つよう求められている。立場を貫くのか、賢くリブランドするのか、後退の結果に向き合うのかどうかだ。 「DEIは単に“あるといいもの”ではなく、リスク管理やイノベーション、事業の持続性の中核にあるものです」とFuterraのタウンゼント氏は断言し、「DEIを後退させた企業は、方針を貫く企業よりも大きな打撃をすでに被っている。市場は注目しているでしょう」と語った。 

「DEIへの逆風」への逆風は、警鐘だ。DEIは一時的な流行でもPRの一種でもなく、今の世界を映し出すものであり、消費者が望む未来だ。 

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