• 公開日:2025.06.25
  • 最終更新日: 2025.06.24
紛争などによる強制移動者が最多1.2億人超 国内では難民人材採用の動き 
  • 横田 伸治

写真:UNHCR

国連が定める「世界難民の日」である6月20日を前に、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は2025年6月12日、難民をはじめ、故郷からの移動を強いられた人に関する年間統計報告「グローバル・トレンズ・レポート2024」を発表。2024年末時点で世界の強制移動者数が過去最多となる1億2320万人に達したことを明らかにした。世界で紛争が続き、難民などの強制移動者が増加する中、日本国内では一部企業が「多様性の獲得機会」として、難民背景を持つ人を積極的に採用・支援する動きを見せ始めている。 

各地の紛争激化で強制移動が増加 

UNHCRのレポートによると、1億2320万人の強制移動者数には、国境を越えて逃れ、認定を受けた難民約4270万人に加えて、自国内で避難を余儀なくされた人々も約7350万人含まれている。スーダンやウクライナなどで続く激しい衝突、コンゴ民主共和国やミャンマーでの暴力、パレスチナ・ガザ地区での壊滅的な状況などが大規模な移動を引き起こし、2023年末時点から700万人もの大幅な増加につながったという。 

UNHCRのニュースリリースより 

こうした強制移動者の約73%が低・中所得国に避難しており、経済的に困難な状況にある国々がその多くを受け入れているのが現状だ。フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官は「現代の紛争は、人々に深刻な苦しみをもたらし、脆弱かつ悲惨な状況を生み出している。私たちはより一層、平和のために努力を重ね、難民やその他避難を強いられた人々のために、長期的な解決策を見いださなければならない」とコメントを発表し、政治的解決と平和構築の緊急性を訴えた。 

難民の就労を支援する日本のプラットフォーム 

日本においても難民申請者数は増加傾向にあり、出入国在留管理庁によると2024年度は1万2373人が難民認定申請を行ったという。難民たちが日本社会で自立し、その能力を発揮できるような環境を整備することは、もはや人道的な問題にとどまらず、社会経済における喫緊の課題となっている。 

これに対し、公益社団法人経済同友会、非営利団体が集まる新公益連盟、スタートアップ企業が集まるインパクトスタートアップ協会が連携し、難民人材の就労・活躍を支援する「難民人材活躍プラットフォーム」が2024年に設立された。経済同友会が掲げる共助資本主義実現に向けたイニシアチブの一環で、現在大手7社が参画。 NPO法人WELgeeがコーディネーターとなり、難民人材とのマッチングや、具体的な採用事例・ノウハウの共有を行っている。 

日本ではこれまで、難民は「支援の対象」と見なされることが多かったが、WELgeeの安齋耀太代表理事は「難民は単に助けを必要とする存在ではない」と強調。「弁護士、エンジニア、デザイナー、プログラマーなど、多岐にわたる専門スキルや経験、そして困難な状況を乗り越えてきた『レジリエンス』を持つ、日本社会の新たな担い手となり得る存在だ」と語る。 

安齋耀太氏 

難民人材の潜在力と課題

難民人材活躍プラットフォームは2025年6月、UNHCRの最新レポート公開後初となる会合(ラウンドテーブル)を開催。プラットフォームを通じて難民人材の採用に至った企業や、プラットフォーム運営を支援する企業らが集まり、ディスカッションを行った。 

安齋氏は「彼らが本来持っているスキル、経験、そしてパッションが、避難先の日本社会で埋もれることなく企業で生かすことができれば、彼らにとっても、企業にとっても、社会にとってもプラスになる」と意義を共有。 PwCコンサルティング合同会社の宮城隆之・常務執行役 / チーフインパクトオフィサーは、受け入れる企業側にとっても、「社員が難民問題に関わり、学びを深めることが将来的に非常に大きな資産となる」と評価。民間企業1社ではなかなか取り組みにくいような大きな課題であるからこそ、企業間での共創が重要であるとの見方を示した。 

(左から)多田盛弘氏、宮城隆之氏 

一方で、難民人材の就労支援には課題も残されている。 PERSOL Global Workforceの多田盛弘・代表取締役社長は、就労を阻む最も大きなハードルとして日常生活やビジネスにおける日本語能力の不足を挙げた。また、日本での就職活動経験の不足や、社会とのつながり、情報へのアクセスの欠如も課題となる。 

さらに、オイシックス・ラ・大地代表取締役社長で経済同友会「共助資本主義の実現委員会」委員長を務める髙島宏平氏は、「難民という言葉が連想するものと、実際の姿との間にはギャップがある」とも語る。このイメージの変革こそが、社会全体で難民人材を受け入れていく上で不可欠な要素となる。 

「180回応募しても不採用だった」シリア人材を戦力に 

オイシックス・ラ・大地では、実際にシリアから逃れてきたムハンマド・サウード・ハッスーン氏をフロントエンジニアとして採用している。2024年10月よりアルバイト契約で雇用を開始、2025年4月から正社員となった。現在はウェブ制作担当として活躍するサウード氏について、同社の北週作・HR本部副本部長 / DE&I委員会副委員長は「難民だからと特別扱いするのではなく、普通に社員として受け入れ、どうやって成長し、どうやって活躍するかを考えるとうまくいく」と説明。 

髙島宏平氏 

髙島氏も「新たな視点と価値をもたらし、事業成長の機会を創出する存在」として歓迎し、「例えばイスラム教徒向けのハラル食は、当社の給食事業でまさにニーズが高まっている分野。その文化を深く理解している方は、大変な戦力になる」と語った。 

サウード氏は取材に対し、「この仕事に就くまでは、日本語能力やシリア出身であることを理由に、180回応募しても不採用が続いてきた」と明かした。3人の子どもを含む家族が自身の原動力だといい、「働くことができて本当に幸せ。仕事のスキルをもっと身に付けて、精進していきたい」と明るく語る。正社員になって初めての給料日も家族と一緒にインターネットバンキングの画面を「いち、に、さん!」と開き、喜び合った。仕事を通じてスキルを身に付け、いずれは復興を遂げた自国で会社を起業することが夢だという。 

ムハンマド・サウード・ハッスーン氏 

しかしインターネット上などでは、外国人に対する排他的な言説が盛んに飛び交い続けているのも事実だ。こうした社会の分断に対し、難民人材活躍プラットフォームの取り組みはどのような意味を持つのか。記者の質問に、WELgeeの安斎氏は確信を持って答えた。 

「最も必要なのは、実際に彼らに会って、どんな人なのかを知り、どうすれば同じ社会で暮らしていけるかを『顔の見える関係』で考えていくこと。企業が彼らと出会い、協働の可能性を探る。このプラットフォームでの一つ一つの出会いの延長線上に、日本社会の意識変革があると信じている」 

written by

横田 伸治(よこた・しんじ)

サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者

東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。

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