• 公開日:2025.05.22
  • 最終更新日: 2025.05.22
「ビジネスと人権」:今とこれからを考える
【ビジネスと人権コラム】第10回「攻め」の人権対応が持つ可能性(後編)
  • 矢守 亜夕美

前回(第9回)は、企業が人権課題の解決に取り組むことで新たなビジネスを創出する「人権課題解決型ビジネス」の可能性について解説しました。本連載の最終回となる今回は、そういった新たなビジネスを発想するための「視点」や考え方について、具体的な例をいくつか紹介したいと思います。(矢守亜夕美)

見落とされてきた「生きづらさ」の解決に取り組もう

人権課題解決につながるビジネスを考える上で、まず着目したいのは、マイノリティー(少数派)にあたる人々が生活の中で抱える「生きづらさ」です。

一般的に、企業のマーケティング戦略では、商品やサービスのターゲット層を明確にすることが求められます。ただ、その過程で「ターゲット外」とされたマイノリティーが無意識のうちに排除され、肩身の狭い思いをしていることはないでしょうか。

例えば、かつてランドセルの色が「男の子は黒」「女の子は赤」といった暗黙の了解の下で販売されていた時代もありましたが、このルールの下では、他の色を好む子どもは「自分らしくいられない」「周りと違うことで浮いてしまう」と疎外感を抱くこともありました。ですが、今では多様な色展開が当たり前になり、性別に関係なく好きな色を選べるようになっています。この変化の背景には、社会全体の多様性への理解が深まっただけでなく、それに柔軟に対応しようとした企業の姿勢があったはずです。

一例として、日本の傘メーカーが視覚障がい者向けに開発した「雨音の静かな傘」は、人権課題を新たな製品につなげた例と言えるでしょう。視覚障がいがある人が雨の日の外出で傘を使うと、雨音で周りの音がかき消されてしまい、安全に歩きづらいという課題がありました。そうした悩みに応えて開発された「雨音の静かな傘」は、視覚障がいのある人からはもちろん、障がいのない人からも人気を博しています。また、最近では、身体障がいのある人でも着用しやすいユニバーサル・デザインのアパレルブランドなども注目を集めています。

同じように、日本語を母語としない人、医療機器を装着している人など、日常の中で「不便さ」や「生きづらさ」を感じている人々の声に耳を傾けることは、これまで見落とされていた市場の開拓にもつながります。マイノリティーとされてきた人々の困りごとは、アイデア次第で大きな価値につながるのです。

人権リスク原料を「使わない」ことをブランド価値に

また、商品そのものだけでなく、その構成要素――つまり原材料にも目を向けてみると、新しい可能性が見えてきます。例えば、(本連載の第6回でも取り上げたように)リチウムイオン電池などに使われるコバルトには児童労働のリスクが潜んでいますが、こうした鉱物を使わない電池(コバルトフリー電池)の開発に取り組む企業が増えています。人権リスクや健康被害の恐れがある原料を使わない独自製品を開発できれば、他社との差別化にもつながります。

重要なのは、こうした取り組みを分かりやすく伝える工夫です。例えば「グルテンフリー」という表示が食品業界で認知され、一つの市場として確立されたように、「人権リスク原料フリー」であることを示す新たなネーミングや説明を通じて、その価値を社会に知らせていく必要があります。一つのブランド価値として確立できれば、新たな市場を創り出せる可能性もあるでしょう。

視点をさらに広げてみましょう。製品やサービスを「つくる体制」そのものに課題解決の視点を組み込むことも大切です。例えば、難民やひとり親、生活に困窮している人など、これまでは「雇いにくい」と見なされがちだった人々を積極的に採用することで、人材の真の価値を引き出し、事業成長につなげようとする企業が増えています。こうした人材と企業とのマッチングを支援するNGOの活動も注目を集めています。

雇用を通じて社会と自社の両方に前向きな影響をもたらす、このような取り組みを「インパクト雇用」と呼びます。インパクト雇用に積極的に取り組み、多様性ある組織を創っていくことで、企業はより持続的に成長できるはずです。

ヒントはNPO・NGOの発信の中に

「ビジネスと人権」というテーマは、時代や社会情勢によって常に変化し、対象範囲が広がっていくものです。人々の意識の変化やテクノロジーの進化に伴って、これからも新しい人権課題が生まれるでしょう。だからこそ、「次に重要になる人権テーマ」に注目し、その解決にいち早く取り組むことも重要です。

例えば、第7回でも紹介した「AI活用による人権リスク」は、近年のAI技術の進化とともに浮かび上がってきた問題です。この新たなリスクに対応するために、今後は、AIが「どれだけ人権に配慮できているか」を診断・評価するサービスが広く普及するかもしれません。

では、どこに着目すれば「次の人権テーマ」をいち早く察知できるのか。そのヒントは、NPO・NGOなどの発信の中にあります。人権問題に取り組むNPOが社会に提言しているテーマの中には、まだ企業が関われていない領域が数多くあるはずです。そうした中から、自社がぜひ関わりたいテーマを見つけていくことが、人権課題解決型ビジネスの新たな扉を開く鍵になるでしょう。

さて、この連載では、全10回を通じて、「ビジネスと人権」を 巡るさまざまなテーマや国際的なトレンドについて解説してきました。皆さんの日々の仕事や生活にも、実は「人権」というテーマが深く関わっていることを感じてもらえたのではないかと思います。

米国では「反DEI」と呼ばれる動きも見られますが、人権の大切さが揺らぐことはありません。人権を尊重し、社会課題を解決する「人にやさしいビジネス」を創っていくことは、これからの社会で生きる私たち一人ひとりに与えられた重要なミッションです。誰かの生きづらさを軽くすることは、企業にとっての成長の源にもなり得ます。

ぜひこれからも、「ビジネスと人権」について考え続ける“同志”として、より良い社会を一緒に創っていきましょう。

【以下の記事も併せてご覧ください】

第9回「攻め」の人権対応が持つ可能性(前編)
第7回 AIの進化が人権を脅かす? 便利さの裏に潜むリスク
第6回 気候変動は人権にも悪影響? 知っておくべき「環境と人権」の関係

written by

矢守亜夕美(やもり・あゆみ)

株式会社オウルズコンサルティンググループ プリンシパル

A.T. カーニー(戦略コンサルティング)、Google、スタートアップ等を経て現職。東京大学法学部(公法コース)卒。現職では「ビジネスと人権」チームのリーダーを務め、多くの企業の人権・サステナビリティ対応を支援。 著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』(共著: 日経BP 社)がある他、経済産業省「ビジネスと人権」セミナー講師(2021年)、東京都人権プラザ主催「サステナビリティと人権」セミナー講師(2022年)等、登壇実績多数。 労働・人権分野の国際規格「SA8000」基礎監査人コース修了。

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