
日本政府は6月10日、国連の「持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム」で発表する、SDGs(持続可能な開発目標)の進捗に関する「自発的国家レビュー」報告書を公開した。2021年の前回報告から4年、報告書は若者世代との意見交換などを重ねて作成され、国内におけるSDGsの一層の浸透を評価。一方で、長年の課題であるジェンダー平等の遅れを明確に認め、新たに「ビジネスと人権」を重要課題として手厚く記述するなど、企業のサステナビリティ経営にも直結するトピックが色濃く反映された内容となった。
最大の課題「ジェンダー平等の遅れ」
報告書は、政府がSDGsの達成状況を自ら検証し、まとめた。17年、21年に続いて3回目。今回の報告書が前回と比較して最も踏み込んだ点の一つが、SDGsの目標5「ジェンダー平等を達成し、すべての女性及び女児のエンパワーメントを行う」における進捗の遅れを明記したことだ。
報告書では、日本の進捗について「課題がある」と表現。特に、世界経済フォーラムが発表した「ジェンダー・ギャップ指数2024」で日本が146カ国中118位と依然として低水準にあることを引用し、「政治・経済分野における女性の参画の拡大が喫緊の課題」であると率直に認めた。これは、2021年報告書が同指数(当時は156カ国中120位)に触れつつも、その背景を「固定的な性別役割分担意識」などの要因分析にとどめていた点と比較すると、より強い危機感と課題認識が示された格好だ。

今回の報告書では、2023年6月に策定した「女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)」に基づき、プライム市場上場企業に対して「2030年までに女性役員比率を30%以上」とする目標を掲げ、さらに「男女間の賃金格差の開示義務化」といった具体的な制度的アプローチを整備した点も記載。抽象的な意識改革の呼びかけから、企業に具体的な行動を促す政策へと舵を切ったことが読み取れる。
企業の責務を問う「ビジネスと人権」
2025年報告書で新たに進展が見られたのが、「ビジネスと人権」に関する記述の拡充だ。前回の報告書では限定的な言及だったが、今回は目標8「働きがいも経済成長も」や目標12「つくる責任つかう責任」の文脈で、サプライチェーンにおける人権尊重の重要性が、国内の労働課題と連動する形で強調された。
特に、2020年に策定された「ビジネスと人権に関する行動計画」と、2022年に公表された「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」に言及。政府として人権デューデリジェンス(人権DD)の促進に向けた企業の取り組みを後押ししている点を明記した。欧州などで法制化が進む人権DDの潮流が国内政策としても本格的に推進される中で、サステナビリティ情報を開示する企業にとって、サプライチェーン全体での人権リスクの把握と対応が、もはや自主的な取り組みの域を超え、事業継続の必須要件となりつつあることを示唆している。
さらに、国内の長年の課題であった技能実習制度を廃止し、人材育成と人権保護をより重視した「育成就労制度」を新たに創設する方針にも言及。グローバルなサプライチェーンだけでなく、国内の外国人材の権利保護という足元の課題にも向き合う姿勢を示した。「誰一人取り残さない」というSDGsの理念を、国内外の垣根なく実践しようとする動きの表れと言える。
具体化する環境施策と「地方創生SDGs」
ジェンダーや人権といった社会面の課題認識が深まる一方、環境分野の取り組みも、より具体的なアクションとして報告された。2050年のカーボンニュートラル達成という国家目標に向け、CO2排出枠を企業間で取引する「排出量取引制度」の本格稼働や、生物多様性の損失を食い止め回復させる「ネイチャーポジティブ」の実現に向けた「30by30目標」(2030年までに陸と海の30%以上を保全する目標)への貢献などが明記されている。
また、今回の報告書では、SDGs達成に向けた地方の役割も強調された。「SDGs未来都市」として選定された自治体を中心に、地域資源を生かした独自の取り組みが全国で展開されていることを紹介。地方自治体、地域企業、NPO、住民といった多様なステークホルダーが連携する「地方創生SDGs」のモデルが、課題解決の原動力となっていることを示した。専門性や経験人材不足に悩む小規模自治体へのサポートとしては、「地方創生SDGs課題解決モデル都市」選定制度により、成功事例のさらなる普及を進めるとした。
「行動の10年」後半に向けた企業の役割
2021年報告書が新型コロナウイルス禍からの「より良い回復」を大きなテーマとしていたのに対し、今回の2025年報告書は、ポストコロナを踏まえ、より構造的で根深い社会課題へと焦点を移した。特に、ジェンダー平等の遅れや人権DDの必要性を明確に認めた点は、政府が具体的な施策によって課題と向き合う姿勢として、大きな前進と言える。
2030年に向けた「行動の10年」も後半に差し掛かる中、今回の報告書は、企業に対してもサステナビリティへの取り組みをより一層加速させることを求めている。それはもはやCSR活動の一環ではなく、事業戦略の根幹であり、リスク管理そのものだ。この国の羅針盤をどう読み解き、自社の航路に生かしていくか。全ての企業にその実行力が問われている。
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横田 伸治(よこた・しんじ)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 デスク・記者
東京都練馬区出身。毎日新聞社記者、認定NPO法人カタリバ職員を経て、現職。 関心領域は子どもの権利、若者の居場所づくり・社会参画、まちづくりなど。