
サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内では、「真に実効性のある人権デューデリジェンス」をテーマにセッションが行われた。欧州では企業持続可能性デューデリジェンス指令(CSDDD)の廃止が議論されているが、サプライチェーン上の人権尊重の重要性は揺らぐものではない。セッションには、人権デューデリジェンスに注力する国内企業とESGデューデリジェンスを支援する国際組織の代表者が登壇した。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 大久保明日奈・オウルズコンサルティンググループ プリンシパル パネリスト 相澤麻希子・花王 ESG部門 ESG戦略部 マネジャー ジョイス・チャウ・amfori Director APAC 津末浩治・イオン 責任者 リスクマネジメント担当 |
セッションの冒頭、ファシリテーターの大久保明日奈氏は「企業に対して人権尊重を求める潮流は年々加速している」と説明した。「表面的な取り組みにとどまることなく、いかに実効性を持たせ、本質的な人権尊重につなげられるのかが特に重要になっている。とりわけ難易度が高く、企業の悩みの種になりやすいのがサプライチェーン上の人権リスクへの対応だ」
経営トップを巻き込む

世界14カ国で事業を展開するイオンでは、サプライチェーンの人権尊重に網羅的に取り組む。その根底にあるのは同社の基本理念「お客様を原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する」だ。津末浩治氏は「人権に関する取り組みはイオンの基本理念の実現そのもの」と力を込めて語った。
人権デューデリジェンスの推進においては、経営層の巻き込みやステークホルダーとの協働に積極的に取り組んできた。「人権デューデリジェンスには経営トップが必ず関与し、意見を言う体制ができている。イオングループ傘下の300社においても同じだ」
社長が関与する体制を築き、さらに約1週間の講習を通じて実施される適切なアセスメント(人権リスクの特定・評価)が、人権デューデリジェンスを推進する重要なカギだと強調した。
丁寧な直接対話を重視

花王は人権・DE&Iステアリングコミッティ(運営委員会)を設置。部門横断で人権リスクを議論するワークショップを年1回実施し、重要な人権テーマや人権リスクをまとめている。
現在、重要な人権テーマに掲げるのは「ともに働く人々の労働環境」。とりわけ「原材料調達先の生産者や農家」「グループ会社を含むサプライチェーン上の外国人労働者」への取り組みで、パーム油のサプライチェーンに重点を置く。
相澤麻希子氏は「リスク調査などだけでは人権侵害を見つけることが難しい。ステークホルダーから声を上げてもらうことも重要」と話した。国内工場で働く外国人労働者にインタビューを行うなど、丁寧な直接対話による解決を目指していると説明した。並行して、これからは気候変動に伴う人権侵害、新技術による人権課題といった新たなリスクに対応していく考えを示した。
第三者による社会監査が必要

ベルギー・ブリュッセルに本拠を置くamfori(アムフォリ)は、人権を含むESGデューデリジェンスの実施を支援する国際組織だ。1977年の設立以来、持続可能な貿易を推進し、世界50カ国以上に拠点のある2400超の会員事業者が加盟する。日本市場でも事業を展開していく方針だ。
ジョイス・チャウ氏は、第三者による社会監査(ソーシャル・オーディット)によって、サプライチェーン上のリスクを特定し是正するための方法論「amfori BSCI(ビジネス・ソーシャル・コンプライアンス・イニシアティブ)行動規範」について説明した。そして社会監査の重要性について次のように述べた。
「日本ではいまだに社会的コンプライアンスに関して自社による申告・評価が一般的だ。それ自体が悪いわけではないが、一方向の視点になり、限界もある。だからこそ第三者による専門的な視点が必要になる」
実効性をどう生み出すか

大久保氏が「実効性を持たせるために工夫している点や課題はあるか」と尋ねると、登壇者らは以下のように答えた。
イオンの津末氏は「人権デューデリジェンスの実効性を高めるために第三者のオブザーバーを入れている。現場では、社内の監査担当者への教育や各エリアの法律に関する教育の機会を定期的につくっている。ただし課題もある。一番の課題は、評価基準がまだ明確になっていないことだ。それを明確にするために、まさに今、グループ全社で議論をしている」と説明した。
花王の相澤氏は「忘れてはいけないのは、人権侵害を受けている、あるいはその恐れのあるライツホルダーの視点だ」と言う。それを尊重するには「グリーバンス(苦情処理)メカニズムが非常に重要になる。早く声を上げてもらい、早く対応すること。とはいえ、1社だけではサプライチェーンやバリューチェーン全体が良くなるわけではなく、さまざまな企業などが取り組みを進めていくことも必要だ。ある意味、チェックボックスを埋める作業も欠かせないとは思うが、そこから得られた結果をどう生かすのか。その先がいま求められている」と話した。
amforiのチャウ氏は「共通の基準にもとづいた、第三者による社会監査が重要だ。セルフアセスメントと合わせて補完的に活用することで、リスクの特定や是正につながる」と社会監査の意義を強調した。「社会監査の目的は“間違い探し”ではなく改善を支援すること。また社会監査は継続的に行うべきものだ。監査員自身も研修を受け、学びがあればステークホルダーと共有する必要がある。それが社会監査を効果的かつ建設的に機能させる方法だ。不適合を理由にビジネス関係を断つのではなく、全ての組織に改善の機会があるべきだ。パートナーとの協働も重要で、自社だけで完璧ということはあり得ず、ウィンウィンの関係を築くことが大切」
大久保氏はセッションの要点を振り返った上で、「目の前のリスクに対していかに誠実に取り組んでいくか。この姿勢を持ち続けることが、真に実効性のある人権デューデリジェンスの実現につながるのではないか」と締めくくった。
小松 遥香(こまつ・はるか)
アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。