
アートを通じて障害のある人の活躍を支え、社会との接続や経済的な自立を目指すヘラルボニー。同社が主催する国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2025」の受賞作品が発表され、グランプリにはフランス人作家エヴリン・ポスティック氏の作品「La Reine Charlotte (シャーロット王妃)」が選ばれた。
各賞の受賞作品は、協賛企業の商品デザインなどを通じて社会に発信されるほか、最終審査進出作家61人による65作品はSMBCアース・ガーデン(東京・千代田区)で、6月14日まで展示される。アワードを通じてそれぞれの「異彩」を表現した作家たちの、世界を舞台にした今後の挑戦に注目が集まる。
異彩が集まるアート展
ヘラルボニーは、双子の兄弟である松田崇弥・文登両氏が2018年に設立。同社の原点は2人の兄であり、自閉症スペクトラム障害を持つ翔太氏の存在にある。ヘラルボニーという社名も、翔太氏が小学校時代にノートに記した言葉から生まれたものだ。「異彩を、放て。」をミッションに、主に知的障害などがある作家の作品制作と発表の機会、著作権管理などに共に取り組み 、作家たちの可能性を拡張する企業として注目を集めている。
独自の国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」は、「障害のある人が1人の作家として評価されるように」との思いを込めて、2024年1月31日の「異彩の日」に創設、今年で2回目を迎えた。応募作品数は昨年の1973点を超える2650点となり、また応募のあった国も28ヵ国から65ヵ国に増加し、世界への大きな広がりを見せた。

アワードの審査員で、ドイツ・ミュンヘンで展覧会のキュレーターを務めるクラウス・メッヘライン氏は、ポスティック氏の作品をグランプリに選んだ理由について「ポスティック氏の作品は、さまざまな形がつながり合いながら、また別のものに変化していく。人間や自然環境の結束のようなものを表しており、素晴らしい」と話した。同じく審査員で米国・カリフォルニア州の非営利団体「Creativity Explored」のアート・パートナーシップ担当ディレクターを務めるハリエット・サーモン氏は、受賞作品が古地図の上に描かれていることに触れ、「地図が強く前に出ている部分もあれば全体に溶け込んでいる部分もある。その違いを線で表現しているところに繊細さを感じた」と述べた。
グランプリ受賞に合わせて来日したポスティック氏は受賞の感想を聞かれ、「いまだに信じられないがとても嬉しい。勇気がもらえた。これからもフランスで制作活動を続けていきたい」と感動した様子を見せた。
「受賞して終わり」ではない、出口のあるアワードに
ヘラルボニーは、受賞をきっかけとした作家のキャリア形成を視野に入れる。グランプリを受賞したポスティック氏には、創作活動の資金として賞金300万円が贈られ、ヘラルボニーの契約作家として国内外での発信を支援するライセンス起用が提供される。他にも、東京建物、JR東日本、トヨタ自動車などの協賛企業賞を受賞した作品は、駅の装飾や防災グッズ、ラリーカーのデザインなどに活用され、それぞれ企業の商品を通して積極的に社会に発信されていく。
実際に、昨年度のグランプリ受賞者である浅野春香氏は受賞をきっかけに、海外での作品展示や個展の開催、国連での登壇など活動の幅を飛躍的に広げたという。

松田崇弥氏は、本アワードを「出口のあるアワード」と表現し、「受賞して終わりではなく、その人たちのキャリアも応援していけるようなものにしたい」と話す。そのために作家自身にとっての「幸せ」をヒアリングし、展示会や企業とのコラボなど多様な形で、その実現を応援。作家一人ひとりの人生に思いを巡らせるヘラルボニーの理念が詰まっている形だ。
また審査員の1人で、2025年4月よりヘラルボニーのCAO(Chief Art Officer)に就任した黒澤浩美氏は、アワードの美術的価値向上と発信にも意欲を見せる。「インターナショナル、アカデミックな視点からも必ず評価されるような作品を探し、世の中に接続していきたい」と話し、審査員を務めたクラウス氏やハリエット氏をはじめ、多くのリサーチャーや芸術専門家の目に作品を届けることにアワードの役割があるとも述べた。
作家それぞれの思いが報われる機会
5月29日、東京パレスホテルで華やかに行われた授賞式には、審査員や協賛企業とともに各賞の受賞者10人が登壇。ゲストや協賛企業関係者など約250人が集まり、終始笑顔の絶えない温かい雰囲気の中、受賞者それぞれの思いが語られた。

松田文登氏は授賞式の冒頭、「中学校の頃に仲間内で自閉症を『スぺ』と揶揄(やゆ)することが流行し、その言葉を当たり前のように使っていることがあった。僕たちは兄が大好きなのに、それをうまく表現できない自分もいた」と、兄・翔太さんと暮らした子どもの頃を振り返った。「だが、(障害のある)彼らだからこそのクリエイティビティは圧倒的に存在する。その光の存在を皆さんと一緒に見つけ、それが放たれる世界を作りたい」とアワードの意義を強調した。
審査員特別賞を受賞した南アフリカ共和国のムバヴァレロ・ネカヴァムベ氏はビデオメッセージの中で、自身の数多くの作品応募と挫折の経験を振り返り、受賞を通じて作品が認められることの誇らしさを語った。同氏の代理人として出席した駐日南アフリカ共和国臨時代理大使のアナリーズ・シュローダー氏は、「作品を通して南アフリカ共和国の文化遺産が認知されることはとても誇らしいことだ」とスピーチした。

日本から sangetsu 賞を受賞した内園明日美氏は、大好きなホッキョクギツネのぬいぐるみを手に登壇。個性を周囲に理解されず、絵を描いても家族から認めてもらえなかったという幼少時代を「灰褐色」と表現し、「ヘラルボニーから賞をいただいた瞬間、私の心はホッキョクギツネの毛が生え変わるように、灰褐色から白色になった」と受賞への感謝と意味を表現した。
登壇中も、終始客席に手を振って喜びを表現した JINS賞受賞の吉川真美氏。「夢に橋がかかったようです」と語った審査員特別賞受賞のわんちゃ氏。授賞式で語られた作家それぞれの思いと新たな挑戦は、世界へと広がっていく。そのスタート地点となるのが、東京での作品展示だ。
SMBCアース・ガーデンで6月14日まで開催されるアート展では65点の作品が展示されるほか、ヘラルボニースタッフが作品を紹介する鑑賞ツアー「アートクルーズ」、ブラインドコミュニケーター・石井健介氏やCOTENとコラボしたプログラムなど多くのイベントが楽しめる。展覧会会場とヘラルボニーの銀座常設店舗を両方訪れると応募できる、グランプリ作品「La Reine Charlotte」を起用したスペシャルアイテムのプレゼントなど、会場を巡りながら楽しめる企画も用意されている 。世界の「異彩」と夢が詰まった展示会場に、一度訪れてみてはどうだろうか。

HERALBONY Art Prize 2025 Exhibition Presented by 東京建物 | Brillia ・開催期間:2025年6月14日(土)まで ・開催時間:10:00 ~ 18:00 ・会場:三井住友銀行東館1階アース・ガーデン ・入場料:無料 |
山口 笑愛(やまぐち・えな)
サステナブル・ブランド ジャパン編集局 インターン
ミネルバ大学在籍中。ユースコミュニティ「nest」に参加したのがきっかけで、高校1年生からSBに関わる。今はファッションと教育を主軸に、商品制作、メディア、イベント企画を通して発信活動中。