
パーパスとは、企業やブランドが目指す企業理念を掲げ、社会における存在意義を示したものだ。そのパーパスを改めて意識し、原点に戻って考えることで、よりブランドを強化し、企業価値を進化させることが可能なのではないか――。本セッションではそうしたパーパスの力について、いま、勢いに乗って成長を加速する企業が登壇し、パーパスと事業との関係性、社員への浸透方法などについて議論を交わした。
Day1 ブレイクアウト ファシリテーター 足立直樹・SB国際会議サステナビリティ・プロデューサー パネリスト 伊藤孝・セールスフォース・ジャパン 取締役 副社長 アライアンス事業統括 兼 ビジネスオペレーション統括 (※希望により、記事に発言を反映していません) 西花慶・オムロン データソリューション事業本部 事業統轄室長 松田崇弥・ヘラルボニー 代表取締役 |
カーボンニュートラルの実現に向け、スキルを生かす

オムロンは「われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう」を「社憲」とする。同社データソリューション事業本部 事業統轄室長の西花慶氏は、この社憲を「事業を通じて社会価値を創出し、社会の発展に貢献することを使命とするオムロンの原動力となっている」と言い、同社が企業理念をベースに長期ビジョン「Shaping the Future 2030(SF2030)」を作成し、「カーボンニュートラルの実現」「デジタル化社会の実現」「健康寿命の延伸」の3つの課題に取り組んでいることを説明した。
その中で西花氏が力を入れるのが「カーボンニュートラルの実現」だ。自社の事業に関するGHGの削減に向けては、国内拠点の再エネの最大化を進めており、そうした知見を基に、同じようにカーボンニュートラルの実現に取り組む企業の進捗状況を診断するサービスを開始した。西花氏は「社会に貢献するべく、我々のスキルが生かせれば」と事業展開に意欲的だ。
また社員へのパーパスの浸透では、社内のグローバルアワード「The OMRON Global Awards(TOGA)」が役立っているという。TOGAは、全世界のグループ社員が企業理念を実現する活動内容を発表する場で、直近では約7000件の登録があった。これは社員1人が1つ以上応募したことになるという。TOGAでは相手を肯定する姿勢を大事にしており、「オムロンが企業理念に基づいて事業していることを、改めて社員みんなが自覚できるような機会」だと西花氏は強調した。
パーパスに思いを込め、社会を逆転させる

ヘラルボニーは、主に知的障害のある作家のアート作品を、知的財産権(IP)化してさまざまな形で展開する事業を行っている。ミッションに掲げているのが、「異彩を、放て。」だ。このミッションには、「普通ではないことは同時に可能性である」という意味が込められており、同社は、障害者のイメージを変えていくことに挑戦している。
同社代表取締役の松田崇弥氏は、「従来の福祉構造はすごく大切だが、それを逆転させて、彼ら(障害者)がいるから我々は事業として勝負できていることを、強く証明できたら面白いんじゃないか」と創業の思いを語った。
事業で大切にしているのは、「純粋にきれいだねとか、かっこいいよねっていうところで購買行動が起きて、当たり前に障害者が尊敬されていくこと」(松田氏)であり、障害者の平均年収が約20万円だと言われる中、この4年間で同社が契約している作家の著作権料は15倍にアップし、年収1000万円の作家も生まれているという。この3月には銀座に路面店を開店。また海外での展開に向けてLVMH(モエ ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の支援を受けており、松田氏は「小さく縮こまらずに、フランスを中心に世界で挑戦していきたい」と抱負を述べた。
パーパスが人を引きつける時代に

後半のディスカッションでは、ファシリテーターの足立直樹氏が、まず、松田氏に対して「大企業から御社に転職している人が多いと聞いた。引き付ける要因は何か?」と質問した。これに対し、松田氏は「当社は何より“作家ファースト”でやっている。社内のスラックでは、『作家の○○さんのお父さんが、○○さんに焼肉をおごってもらったそうです』といったような連絡が四六時中行き交っており、社員にとって、自分の働きが、誰の幸せにつながっているかを日々実感できることが大きいのかもしれない」と答えた。創業6年で正社員は約80人とまだ規模は小さいものの、離職率がかなり低いのを、松田氏は「誇りに思っている」という。
これを聞いた足立氏は「何のために働くのか、何のためにこの会社は存在するのか、それを具体的に表したパーパスが、人を引きつける時代になってきているのではないか」とコメントした。
社会的価値と経済的価値は一致するはず
一方、足立氏は西花氏に、「パーパスと、実際に行われている事業の進め方(企業利益)は合致しているのか?」と尋ねた。これに西花氏は「我々でもかなり頭を悩ますところだ」と前置きし、「パーパスで掲げた社会的価値を生み出し、社会的な責任を伴う品質保持などを踏まえて、利益を出すためそれを再投資する。この循環が繰り返しうまく回れば、社会的価値と経済的価値は完全に一致するはず。これに今取り組んでいる」と応じた。
具体的には、例えばヘルスケアの領域では、血圧計一つをとっても、単に血圧を測るだけではなく、そこからどのような病気のリスクが潜んでいるかといった情報を届ける仕組みを構築するなど、健康寿命の延伸という社会課題に向き合うことが、新たな事業を生み出すきっかけにもなっているという。
この話を受け、松田氏は、障害者が就業しているオムロンの「太陽の家」(大分県別府市)を訪れた際、出社時に表情をスキャンする技術を使ってその日の体調を察知し、アラートで知らせる仕組みを目にして驚いたことを話題に。「商業化はまだこれからだろうが、現場から新しい技術がどんどん生まれていることにすごいと感じた」と述べる松田氏に、西花氏も「太陽の家にはこだわりをもって働いている障害者が多い。働き方の面でも良い相互作用をもたらしている」と応じ、セッションは終始、和やかに対話が弾んだ。
最後、「パーパスで会社やブランドの価値を上げるためには、何が重要なのか?」という足立氏の問いに、松田氏は「熱量」と即答した。「同じ言葉だったとしても、伝え方や見せ方、熱量で、全く別の言葉に変わっていく。どんな熱量で伝わるかがとても重要」だという。西花氏も松田氏に同意し、「新規事業をやるに当たっては特に、熱量が極めて大事だ。カーボンニュートラルソリューションについても、CO2排出量を削減するだけでなく、それがどう事業価値に結びつくのかというところまで踏み込んでやっていきたい」と力強く語った。
松島 香織(まつしま・かおり)
2016年株式会社オルタナ在職中に、サステナブル・ブランド ジャパン ニュースサイトの立ち上げメンバーとして運営に参画。 2022年12月株式会社博展に入社し、2025年3月までデスク(記者、編集)を務めた。