LIFULL 執行役員CCO/LIFULL HOME′S 事業本部副本部長CMO/LIFULL senior取締役
サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

「経営とサステナビリティの一体化」が強く意識されるようになり、社員を含むステークホルダーに自社のサステナビリティの考えをいかに伝えるかが課題となっている。そのような中、既成概念にとらわれず自分らしく生きる人を応援する「しなきゃ、なんてない。」のコンセプトが大きな反響を呼ぶなど、企業活動を通じた社会課題の解決に取り組む姿勢を広く発信するLIFULL。その推進役で、今年3月の「サステナブル・ブランド国際会議2025東京・丸の内」のセッションでもユニークな役割が際立っていたのが、執行役員CCO(チーフ・クリエイティブ・オフィサー)の川嵜鋼平氏だ。
経営におけるクリエイティブの役割、その力とは――。コーポレートメッセージである「あらゆるLIFEを、FULLに。」の実現へ奔走する川嵜氏に、サステナブル・ブランド国際会議サステナビリティ・プロデューサーの足立直樹氏が聞いた。
クリエイターとしての原体験
足立直樹 サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー(以下、足立):川嵜さんはもともとクリエイティブの専門家なので、今日はその視点からサステナビリティをどう推進するかをお聞きしたいと思います。以前はグローバルブランドのコミュニケーションを手掛けられていたそうですね。そこで築かれたご自身の価値観などについて、まずお聞かせください。
川嵜鋼平 LIFULL 執行役員CCO(以下、川嵜):前職はJ. Walter Thompson Japanで、シニアクリエイティブディレクターとしてネスレKitKatを担当していました。外資系の広告代理店は、長期的な視点でブランドをつくっていきます。その中で、ただ「商品を売る」のではなく、その価値を社会にきちんと「届ける」のがクリエイティブの力だと考えるようになりました。
例えば、2016年に東京大学と連携して「NO SALT RESTAURANT」という共同プロジェクトを行いました。電気味覚で塩味を錯覚させるフォークを開発して、無塩の料理でも塩味を感じる、おいしさと健康を両立した料理を高血圧患者に提供したのです。これが国内外から大変好評で、患者さんなどから「うちの近くでもやってほしい」といった声をたくさんいただきました。この時の体験から、「クリエイティビティは人の価値観や行動を変えられる」という実感が生まれました。これが原体験としてありますね。

足立:CMを見ても、海外ブランドは自らの価値観や思いをコミュニケーションに乗せていますね。印象的だったプロジェクトはありますか。
川嵜:自分が担当したわけではありませんが、LUXのグローバルキャンペーンは印象的でした。言葉を選ばずに言うと、日本のビューティーの広告は見た目を起点に作られているのですが、LUXでは内面的な美しさ、つまり自分らしい美しさを称賛するポジションを作ろうとしていますね。
足立:日本は見た目を重視するだけでなく、そもそも「タレント頼み」という面がありますね。
川嵜:これは表現側というより、メディアの構造の問題かもしれません。例えば日本のテレビ番組では、表層的な面白さや分かりやすさといった、消費させる方向に偏っていますし、人権問題やサステナビリティについて議論しましょう、といった場はほとんど無いですよね。メディアの商習慣として、リスクを回避する、議論を避ける方向に向かう。結果的に、消費しやすいコンテンツが評価されます。
足立:それに輪をかけて、いつの頃からか、「面白ければ良い」といった表層的な面ばかり追求されるようになりましたね。
川嵜:SNSが普及してから、よりスピード感があるもの、より消費されやすいものが評価される傾向が強まっていますね。「いいね」を押しやすい、再生回数が稼げる。そういった分かりやすさ、表層的な面白さが評価される。議論を生むものは、その逆です。こういう状況だからこそ、われわれの「しなきゃ、なんてない。」のような、企業が率先して表現の可能性を広げていく取り組みは、すごく重要だと考えています。
なぜLIFULLに?
足立: 2017年にLIFULLに入社されていますね。創業者の井上高志さん(現・代表取締役会長)から声を掛けられたのですか。
川嵜:そうですね。2017年4月に「ネクスト」から社名変更したのですが、そのプロジェクトに社外のクリエイティブディレクターとして関わっていて、L字のロゴマークも制作していたという経緯もあります。
足立:なるほど。しかしインハウスで活動されるのは、クリエイティブとしては仕事の可能性を狭めてしまうようにも思えますが…。
川嵜:それ以上に「世界平和」を掲げる井上がとても魅力的でしたし、会社としても「あらゆる人々の人生、暮らし(LIFE)を、安心と喜びで満たしていく(FULL)」という壮大なビジョンを掲げています。そういった「船」に乗って世の中をより良くしていくメンバーでいることが、クリエイターとしては今後必要な時代になると思っていました。
クリエイターも最初は自己表現です。自分が作りたいものを作る、利己的な仕事だと思います。その中で、作ったものに対するフィードバックがあるわけです。先ほどのNO SALT RESTAURANTみたいに、社会から必要とされることもあります。そういう声を聞く中で、どんどんと外に目が向いていくのです。もちろん、自己表現として作家性を突き詰めるデザイナーがいても良いし、社会課題に向き合うデザイナーがいても良い。私自身は、クリエイティブの力で人の価値観や行動を変えられるという原体験が何度もあったので、そこがすごく魅力的な仕事だな、と思います。

足立:情報の受け手の行動を、実際にどう変えていくか。そこが今、重要ですよね。
川嵜:そうですね。さまざまな社会課題がありますが、例えば空き家の問題も深刻です。「2033年には3軒に1軒が空き家になります」と数字を伝えて届く人もいますが、ファクトベースだと人の感情に届かないことがあると思います。そこでデザインや言葉に変換し、ストーリーとして伝えていくことで、自分ごと化しやすいメッセージになる。そこがクリエイティブの本質であり、クリエイティブの力だと思っています。
足立:一方で、社会課題の解決も重要だけれど、そもそもビジネスとして成り立たないといけない、ということもありますよね。
川嵜:弊社では「論語と算盤(そろばん)の両立」とよく言うのですが、社会課題の解決と利益の追求、これを両立するのが基本的な考え方ですので、KGI(重要目標達成指標)としても設定しています。私がLIFULL HOME′Sの営業やマーケティングも管掌(かんしょう)しているからかもしれませんが、全てクリエイティブの仕事だと捉えていて、両者にそれほど違いはないと思っています。つまり、課題を徹底的に調べて方向性を定め、小さな仮説・検証をして、大きく実行し、成果が出るまで並走して振り返りを行う。このプロセスはビジネス、クリエイティブ、マーケティング、営業、いずれであっても同じだと考えています。
足立:クリエイティブという「武器」を持って、それを使いながら経営しているといったイメージでしょうか。
川嵜:おっしゃる通りです。ビジネスとしての効果がより高まるために、クリエイティブを使っていると言えるかもしれません。
「しなきゃ、なんてない。」はいかに生まれたか
足立:「しなきゃ、なんてない。」は素晴らしいメッセージですね。「オバケなんてないさ」という童謡の替え歌を使ったCMには、子育てをする同性カップルや90歳で現役のフィットネスインストラクター、障がいの有無に関わらず共に舞台を創り上げる混成チームなど、多様な人たちが登場し、親しみやすさの中にも直球の思いが伝わってきます。この「しなきゃ、なんてない。」のメッセージは、どのように生まれたのでしょうか。
川嵜:経営陣や事業責任者らを交えて、半年ほどかけて、2018年にブランドパーパスを策定しました。そのパーパスを、対外的により伝わりやすいメッセージにしたのが「しなきゃ、なんてない。」です。「しなきゃ」は、ある種の既成概念。それが集積したのが社会課題だと私たちは定義していて、「しなきゃ」を超えて自分らしく生きる人を応援することが私たちの企業姿勢であり、そういうさまざまな人が自分らしく生きられる社会をつくる。それこそが、私たちが実現したい未来なのだ、と。根っこにあるのは、井上が1995年の創業当初に社会課題として解決したいと考えた、不動産情報の非対称性です。「しなきゃ、なんてない。」のメッセージを掲げてから、「CMを見て入社意向が高まりました」という声も非常に多いですよ。
足立:希望が持てる話ですね。
川嵜:また、ブランドパーパスを策定した時に、それが社員の行動につながっていくことが最も重要だと思いました。なので、パーパスの浸透に関しては、コーポレートメッセージの中にステートメントがあって、そこにパーパスの要素を盛り込みました。日々の活動の中で順守する行動規範をまとめたガイドラインもあるのですが、社員がそれに沿って行動することが結果的にブランドらしさを体現していく。そういう「つながり」も意識しました。

足立:ガイドラインは社員証の裏に書かれているのですね。確かに、これであれば社員の方は日々、それを意識しますね。どのような内容ですか。
川嵜:「社会課題を解決し、公明正大に利益を追求する」や「すべてのステークホルダーを重んじる」など10項目あります。社員の評価項目にもなっていますし、ガイドラインに照らし合わせて意思決定するシーンもあるので、社員は空で言えると思います。パーパスを社員に浸透させるには、行動につながるように工夫することが大事です。また、メッセージを継続して使い続けることも重要だと考えています。ブレずに、一貫したクリエイティブメッセージを貫いています。
足立:そのメッセージですが、言葉に落とし込む時に意識していることはありますか。
川嵜:自分とは異なる価値観や文化背景、立場などいろいろとあると思いますが、それらを否定せずにいったん受け止めて、多様な、相反する価値観があるということを理解した上で、メッセージを作る。そのことが重要だと考えています。「あらゆるLIFEをFULLにしていく」という意味で言うと、「しなきゃいけない」と「しなきゃ、なんてない」の両方の考え方、相反する価値観を認めて、あらゆる人が自分らしく生きることを応援する存在でありたい。多様な視点を受け入れる柔軟性を持つことが、われわれらしいメッセージの開発の仕方なのかなと思います。
もう一つ挙げるとすれば、ブランドらしい価値基準で意思決定をする、つまり強い「覚悟」でしょうか。実は「しなきゃ、なんてない。」というコミュニケーションに対して、批判的なご意見をいただくこともあります。例えば、男性同士のカップルにお子さんがいるCMのカットに関して、「不快だ」と。そういったご意見をいただくことも予測される中で、覚悟を持って意思決定していく。さまざまな声を覚悟した上で、自分たちらしさを貫き通すことが重要だと考えています。
次世代クリエイターに求められるものとは
足立:社内でもクリエイティブな人材の育成に努めていると聞いています。これからのクリエイターには、どのような資質が必要でしょうか。
川嵜:「問いを立てられる人」だと思います。「未来はこうあるべきだ」という物語を描いて、それをバックキャスティングで設計図に落として、可視化していく。バックキャスティングの考え方は企業にとって重要ですよね。例えば中期経営計画を策定する時など、デザイナーが傍らにいると、より良い物語を作ることができると思います。
もちろん、発想力、表現力、実行力、この3つは必要です。それらのスキルをベースとして備えた上で、経営により近い人材として「問いを立てる」スキルがあると、企業活動にとってデザインがより必要不可欠になると思います。
足立:「社会課題解決と言えばLIFULL」だと認識されるために、どのような戦略を考えていますか。
川嵜:社会課題をテーマ化して伝えていくだけではなく、事業そのもので社会課題を解決していく。これを追求し続けることだと思います。
足立:いろんな社会課題がある中で、これからどの課題の解決を目指すのでしょうか。より重要な課題なのか、あるいはドラスティックに変革できるものでしょうか。
川嵜:両面あると思います。企業活動ですので、当然ビジネスとして成立する必要があります。社会課題の重要性と企業としての持続性、その両にらみで投資していく考えです。
例えば「LIFULL HOME′S FRIENDLY DOOR」(外国籍や性的マイノリティーなど、「住宅弱者」と呼ばれる人たちをサポートする不動産情報サービス)という事業があります。この事業は、外国籍の社員が自身の体験から「この社会課題は解決しないといけない」と思い、社内の新規事業立案プログラムで提案して事業化されました。ビジネスとしてもきちんと伸びています。

足立:個人的なご意見をお聞きしたいと思います。今日いろんなお話を伺って、私もクリエイティブに対するイメージ、あるいはクリエイティブの定義が随分変わったように思います。川嵜さんにとって、クリエイティブの仕事って何だと思いますか。
川嵜:あえて言えば、「社会の当たり前を再定義する仕事」だと思います。伝え方、伝わり方もそうですし、今までの当たり前の価値観などを再定義して、人の意識、行動を変えていく。それがクリエイティブの仕事だと考えています。
足立:これからの時代、こうしたクリエイティブの力を活用することがどの企業でも重要になってくると思います。最後に企業経営者の方々にメッセージをお願いします。
川嵜:社会で自社がどうあるべきか、社会に対してどのような価値を提供できるか。ここをきちんと言語化して、ブランドらしさを世の中に伝えていくことは、企業の使命だと思います。それを実現する上で、クリエイティブの仕事は非常に重要なスキルではないでしょうか。企業がそういったケイパビリティを持っていれば、自社の持続的な成長にさらにつながる。私はそう信じています。
インタビューを終えて
足立直樹
今回のインタビューで強く印象に残ったのは、LIFULLという企業が「サステナブルなブランド」である以前に、実は“当たり前のビジネス”をしているということです。例えば、不動産業界には長らく情報の非対称性があり、消費者が不利益を被る構造がありました。LIFULLはそこに正面から向き合い、「それではおかしい」と是正する仕組みをつくったのです。これは派手なイノベーションではありません。お客さまのニーズに真摯(しんし)に応えただけですが、「本来、企業はそうあるべきだ」というビジネスの原点のようなものを感じました。
それを実現したのは、創業者の井上会長の強い意志でしょう。業界の「常識」をお客さまの目線で見直す、「世界平和」という理念を本気で掲げる、しっかり伝えるために川嵜さんをCCOに迎える。そうした全てに井上会長の本気度を感じ、感銘を受けました。
ところで、海外の高級ファッションブランドならいざ知らず、日本の一般企業でCCOを置いている例は極めて珍しいのではないでしょうか。ましてや全社のコミュニケーションを統括させるという意思決定には、伝えることの意味やその能力への深い理解、そしてクリエイティブへの信頼が感じられます。私自身、「伝える」ことの本質を改めて考えさせられました。
川嵜さんもおっしゃっていた通り、表層的なクリエイティブでは、社会は動きません。人の意識や行動を変え、社会に変化をもたらす力こそが、本当の意味でのクリエイティブでしょう。だからこそ、それは外注で作らせるのは難しい。社内で、経営と一体となってビジョンを共有し、言葉や映像に昇華していく。それがインハウスでのクリエイティブ体制の価値であり、LIFULLのような先進事例から学べる大きな教訓です。
「しなきゃ、なんてない。」というメッセージとともに放映された映像は、その象徴です。社会的にはハンディキャップを持つ方々が、それをものともせず、誇らしく嬉しそうな表情で生きる姿。なぜ、私たちの心はそこに反応するのでしょうか。それは、ようやく解放された方々に「良かったね」と思わず声をかけたくなる共感の気持ちであり、同時に、私たちが長く無意識のうちに持ち続けた「常識」が他者を抑圧してきたことにハッとしたからかもしれません。そして、こうした深いメッセージを、パワフルな映像とともに伝える広告が今の日本でどれほどあるでしょうか。
残念ながら、日本の広告は長らく、タレント依存と表層的な“ウケ狙い”が常態化し、社会に対するメッセージ性や想像力において著しく幼稚化してきたと言わざるをえません。これで喜ばれ、売れるだろうという、“顧客を見くびる姿勢”とも言えるでしょう。だからこそ、LIFULLのように、企業自らが責任と覚悟を持って「表現すること」を選び、継続している姿勢には、並々ならぬ価値があります。
サステナブルな社会をつくるということは、常識を疑い、見直し、手放していくことと言えるかもしれません。そのために、企業が果たすべき役割はますます大きくなっています。そしてLIFULLのような企業こそが、これからの時代に必要とされ、社会に選ばれていくのでしょう。「こういう会社が普通になる」未来が早く到来することを願うばかりです。
文:眞崎裕史 写真:原 啓之

LIFULL 執行役員CCO/LIFULL HOME′S 事業本部副本部長CMO/LIFULL senior取締役
2017年LIFULL入社。執行役員CCOとして、社会課題解決に取り組む企業グループのブランド・デザイン・コミュニケーションを統括。2023年よりLIFULL HOME′S事業本部副本部長CMO、2024年よりグループ会社であるLIFULL senior取締役兼務。クリエイティブ・マーケティング・セールス組織の戦略策定・育成・採用など、組織づくりも担う。LIFULLは、過去3年間のブランド活動全般を評価するJapan Branding Awards 2021にて、最高賞であるBest of the Bestを受賞。またOne Asia Creative Awardsにて、アジアで最も優れたインハウスクリエイティブ組織を評価するIn-house Agency of the Yearを2022年から2年連続で受賞。Cannes Lions金賞、One Show金賞、CLIO金賞、Spikes Asia グランプリ、ADFESTグランプリ、ACC TOKYO CREATIVITY AWARDSグランプリ、文化庁メディア芸術祭優秀賞をはじめ、国内外300以上のデザイン・広告賞を受賞。

サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。