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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)
対談:JETROアジア経済研究所 山田美和氏×PwC弁護士法人 北村導人

人権課題が問う、「経営トップの覚悟」

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国連で2011年に「『ビジネスと人権』に関する指導原則」(以下、「指導原則」)が採択されてから約10年が経過しました。この10年で、指導原則を軸に、人権尊重の取り組みが企業における重要な経営課題であるとの認識が世界中で広く共有されつつあります。国際社会ではサプライチェーンにおける人権課題に対応するための法整備などの制度設計も急ピッチで進んでいます。その中で、日本企業はどのように人権課題と向き合うべきなのでしょうか。

今回ゲストにお迎えしたのは、日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の山田美和氏。アジアの移民労働問題や人権課題に通暁され、日本政府発出の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の策定にも携わられている山田氏と、PwC弁護士法人代表パートナーの北村導人が、企業の人権尊重の取り組みの課題、および今後の対応について議論を交わしました。

タイで見つけた深刻な現実

北村:現在、日本企業はグローバルサプライチェーン上のさまざまな人権課題を直視する必要性に迫られています。その中でも東南アジアは日本企業のサプライチェーンのネットワークの要であり、日本企業が同地域における現地労働者の実態を知ることは、日本企業が取り組むべき重要な人権課題を認識することにつながります。

山田さんはタイでの研究を通し、企業活動と人権尊重の在り方に関して問題意識をもたれるようになったと伺いました。山田さんのタイでのご経験を振り返りつつ、日本企業が認識すべき課題についてお聞きできればと思います。

山田:2008年から2010年までタイのタマサート大学で客員研究員を務めました。研究テーマはメコン地域における「人の移動」、具体的には人の移動の最悪の形態である人身取引(人身売買)やその背後にある移民労働問題です。タイの外国人労働者のうち、圧倒的多数を占めるのはミャンマーからの労働者で、不法滞在者を含む多くのミャンマー人が現地の労働集約型産業で働いています。そんな彼ら・彼女らの労働実態を知るため、さまざまな労働現場に足を運んでヒアリング調査を行いました。

ある工場の寮で話をきいたときのことです。その工場で働く1人のミャンマー人女性が「この人が工場に時々来て、私たちに日本のお菓子をくれるんです」と1枚の名刺を見せてくれました。そこにあったのは、ある日本企業の品質管理者の名前。工場は日本企業の委託先だったのです。実はその工場はミャンマー人に適正な賃金を支払っておらず、労働者としての当然の権利に何の配慮もしていませんでした。日本企業の品質管理者の方はおそらく、ミャンマー人労働者のそんな状況を何もご存じなかったのでしょう。知っていれば、彼ら・彼女らにとって本当に必要なものがお菓子のお土産などではないと分かったはずです。

日本のサプライチェーンと海外における外国人の労働実態が、私の頭の中で初めてつながった瞬間でした。日本の消費者に提供されている「品質」の背景には、現地の労働搾取が存在しうる――いずれ、これは日本企業が抱える大きなリスクになるだろうと確信しました。

北村:山田さんの現地でのご経験に基づくお話は、多くの日本企業のみなさまにぜひ聞いていただきたいところです。たしかに、日本企業は、製品や商品の「品質」の管理は徹底していたのであろうと思います。しかし、その「品質」を支えていた現地工場や取引先・委託先における労働者の労働環境の実態には関知しない企業があり、その結果、現地労働者の人権への負の影響の犠牲の下に、日本企業や日本の消費者が利益を享受していたという現実があるということですね。日本企業や日本の消費者においても、このような現地での労働環境等の実態や人権への負の影響が実際に生じていたという現実を必ずしも直視してこなかったという課題があることを理解する必要があります。

この点で、「指導原則」により、企業が主体的に、自社グループのみならずバリューチェーン全体のステークホルダー(ライツホルダー)の人権尊重に責任をもって対応すべきである明確にしたことの重要性を感じます。すなわち、企業は人権尊重責任として、人権尊重のコミットメントの表明、人権への負の影響を特定し、防止、軽減または停止するための措置等を講じる人権デュー・ディリジェンスの実施、グリーバンスメカニズムなどの救済メカニズムの構築・運用等を継続的に遂行することにより、これまで必ずしも直視してこなかった人権課題に能動的に目を向けることになります。

企業がこのようなプロセスを実効的に運用すれば、サプライチェーン上の現地工場や委託先等の実態を知らなかった、その結果、現地労働者に対する人権への負の影響が生じていることは知らなかった、などということは確実に減少し、それらに対して適切な対応を採ることができると思います。

山田:おっしゃるとおりです。企業は自社のサプライチェーン・マッピング、すなわちどのような取引先とどのような繋がりがあるかを確認し、その繋がりにつらなる人々、まさに現地の労働者の人権課題を把握することが重要です。なかでも言語の違いや法的ステータスによって脆弱な立場におかれがちな外国人労働者や、声をあげることが難しい状況にいる人々がいます。現場によっては女性がそのような状況にあります。であればこそ、企業自らが直接現場においてステークホルダーである労働者と対話を行うことがいかに重要であるかがお分かり頂けると思います。

日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター 主任調査研究員 山田 美和氏

「人権リスク」と企業経営

北村:いま、企業には“サステナブル(持続可能な)”経営が求められています。そのためには、企業の経営方針について、バリューチェーンやサプライチェーン上のステークホルダー全体から、さらには広く一般社会からの支持や信頼が必要です。その支持や信頼を得る一つの重要な要素が「人権」の尊重であり、企業が自らの活動が関連する人権課題に向き合い、負の影響を受けるステークホルダー(ライツホルダー)の視点で、その課題に対して真摯に取り組むことが重要です。

しかし、人権対応を、企業にとっての「リスクマネジメント」つまり「問題が顕在化した場合に企業にとっての損失を回避・低減するための取り組み」という視点のみでとらえる企業がいまだに少なくないと感じます。

背景にあるのは「人権リスク」という言葉に対する認識のギャップです。「人権リスク」とは、「企業にとっての経営上のリスク」ではありません。「幅広いライツホルダーの人権が侵害されるリスク」のことです。私たちが企業のみなさまをお手伝いして人権対応に取り組む際には、まずこの点を理解していただくところから始めるのですが、簡単ではありません。企業におけるサステナビリティ担当者には納得していただけたとしても、トップマネジメントの方に同様の話をすると、どうしても「自社にとってのリスク」という視座から抜け出すことが難しいようです。人権リスクの正しい理解と適切な対応が進まないのは、先ほど伺ったお話のとおり、現場を見て知る、現地のステークホルダーと対話して考えるという山田さんのような観点が不足しているからだと感じます。

山田:「指導原則」が訴えているのは、企業活動が社会や人々に与える「負の影響(ネガティブインパクト)の最小化」であり、企業に求められているのはまさにこの観点です。

ただ、企業がリスクマネジメントを考えるのは当然ですが、こと人権に関しては、考えるリスクの順番がしばしば逆です。つまり「何らかのリスクがありそうなので人権に取り組む」のではなく、「人々に負の影響を及ぼすリスクが自社の事業活動にある。放置すれば問題が顕在化し、事態は悪化。レピュテーション(風評)リスクや、財務上・法律上のリスクになる」という順番なのです。

人権対応が腹落ちされにくいのは、そもそも「人権」という言葉の理解が日本人に浸透していないからかもしれません。人権は「見ず知らずの誰かの権利」ではなく、「私たち一人ひとりの権利」です。人権が守られる状況において、人は初めて安心して自らの能力を最大限に発揮でき、それが結果として企業の経営にもプラスに働きます。SDGsの17目標のうち、日本企業は「環境」関連の取り組みに力を入れてきましたが、「人権」もSDGsのベースとなる重要課題です。人権への負の影響は温室効果ガスとは異なり、相殺もできません。ご指摘のようにサステナブル経営の基盤でもありますから、パーパスやビジョン、ミッションなど、経営を方向付けるドライバーのど真ん中に位置付けていだきたいですね。

北村:企業は「人」で成り立ち、社会と結びつくことで初めて存続し得るものです。人が生まれながらに有する権利を尊重しない企業に、優秀な人材は集まらず、定着もしません。「ディーセント・ワーク」(働きがいのある人間らしい仕事)を実現できない企業は、ビジネスにおける信頼を失い、永続的な発展は困難になるのでしょう。「指導原則」の起草者であるジョン・ラギー氏は、2016年11月に実施された「第5回国連ビジネスと人権フォーラム」の基調講演で、次のようにも述べています。「人権の尊重、あらゆる人の尊厳の尊重が、(略)持続可能な開発の人に関わる部分のまさに核心にある。それだけにとどまらず、それはビジネスが主要な受益者となる社会的に持続可能なグローバル化を確保する鍵でもある」――。企業は、この原点にしっかりと立ち戻って、企業活動から影響を受ける「人」「社会」の視点を十分に意識した経営を行うことが必要です。

山田:北村さん、ラギー氏の言葉を引いてくださってありがとうございます。ラギー氏のその講演を当時ジュネーブで直接聞き深く感銘をうけたのを覚えています。企業の人権尊重の意義はまさにそこにあります。

PwC弁護士法人代表 北村導人

法規制対応だけでは本質を見失う

北村:人権尊重の取り組みを企業に求める法規制が、欧州を中心に広がりつつあります。具体的には、英国の「現代奴隷法」(2015年)、フランスの「企業注意義務法」(2017年)などが施行され、ドイツでも2023年1月から「サプライチェーン・デューディリジェンス法」の施行が予定されています。EUでは、2022年2月に「コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令案」(以下、「EU指令案」)が公表され、欧州議会の承認後、各国における企業における人権尊重の取り組みを義務付ける法制化の準備が進められます。

人権対応を「法的義務」とする国際的な潮流を、企業の人権尊重の取り組みへの影響という観点から、どのようにご覧になっていますか。

山田:国連でもかつて、多国籍企業の人権尊重「義務化」の是非をめぐる議論がされたことがあります。当時の論戦は結局、法的拘束力を伴う国際条約のような“ハードロー”で一律に企業を縛ることは避け、法的拘束力のない“ソフトロー”を導入することで決着しました。それがジョン・ラギー氏の取りまとめた「指導原則」です。要するに、法規制については各国政府に委ねられたわけです。

その後、欧州では人権デュー・ディリジェンス(DD)の実施などを企業に義務付ける法規制の導入が相次ぎ、人権意識の高い企業は国内法への対応も着々と進め、そうでない企業との間で取り組みのギャップが広がっている状況です。企業間での取り組みの差を埋めるため、各国での義務化を徹底すべきとの声も高まっています。しかし、義務として法令を遵守するだけでは、「人権」を本当に理解することにはなりません。法規制によってかえって本質が見失われる面があることを、私は危惧します。

北村:私も同様に考えています。企業からは「各国・各地域の法規制はどうなっているのか。どう対応すべきか」との質問をよく頂戴します。法規制の導入状況をウォッチし、その内容を理解して対応することはもちろん大切ですが、法規制の動向に振り回されたり、法規制の形式的遵守や小手先の対応に意識が向かったりすることは、人権尊重の取り組みの本質を見失うことになる可能性があります。人権尊重の取り組みは、法規制の動向や内容は把握しながらも、あくまでも「指導原則」を軸として進めることが重要であると考えています。

山田:そもそも、欧州やその域内各国で導入が進む法規制には問題もあります。EU(欧州連合)が公表したEU指令案は、人権対応を行うべき関係企業の範囲が限定されているように解釈できます。ドイツで施行予定のサプライチェーンDD法でも、サプライチェーンの中で人権DDの策定を求める企業の範囲に一定の線引きがなされています。

このような法規制に形式的に対応することは可能でしょう。しかし「指導原則」が求めているのは、人権に対する侵害の度合いが著しい人々の救済です。もちろんコンプライアンスも大切ですが、求められているのは「ライツホルダーの人権が侵害されるリスクへの対応」だということを忘れないでいただきたいですね。

「一部の部署の仕事」ではない

北村:企業が人権尊重の取り組みを進めるためには、適切なチームを組成して相応の予算を設けることが必要ですが、多くの日本企業の実態としてそのような体制を築けていないというのが実情です。JETROが実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」でも、「海外で人権に配慮したサプライチェーンを構築するための課題」として、「十分な人員・予算を確保できない」との回答が上位(23.3%)に挙がりました。

その原因はさまざまですが、主な原因の一つは経営トップのコミットメントが不十分であることにあると考えています。人権尊重の取り組みを、短期的な視野で収益を生まないリスクマネジメントと捉え、リスク管理部や人事部など特定の部署で、「コスト」を抑えながら対応すればよい、と考えている企業も散見されます。これは、企業の経営陣がなぜ人権尊重の取り組みをしなければならないのか、その取り組みを実現するためにどのような体制が必要なのかという点をしっかりと理解できていない、または正面から向き合っていないからであると思います。

企業経営の中核に人権の尊重があること、そして企業にはそれを実行していく責任があることを認識することが必要です。人権の尊重をおろそかにすれば、少なくとも中長期的には「人」「社会」からの信頼は損なわれ、企業経営は困難になります。これらについて経営者の理解と納得が不十分であり、したがって覚悟ができていない場合に体制が整わないのだと考えられます。リスクマネジメントの「コスト」ではなく、むしろ持続可能な経営を強化するための「投資」であると考えるべきです。

そして、人権尊重の取り組みに正面から向き合った場合には、その取り組みが既存の特定の部署のみだけでは対応できないことは自明になると思います。なぜならば、人権尊重の取り組みは、サプライチェーン全体に関わることであり、かつ企業活動の内容やビジネスモデル自体と関連するからです。企業によって関連部署は異なるものの、サステナビリティ推進室、リスク管理部、人事部、法務部などだけではなく、調達部、事業部、海外事業部などを含めた、横断的な対応チームが必要になるものと理解しています。

山田:おっしゃるとおり、人権尊重への取り組みは、「○○対応」などと矮小化してよい経営イシューではなく、コーポーレートガバナンスそのものであり、理想としてはビジネスモデルの中に取り込んでいくべき事柄でしょう。そうでなければ、いつまでたっても一部の部署の人だけの「○○対応」で終わってしまうおそれがあります。

アドバイザーの役割

山田:人権課題への取り組みに関しては今後、弁護士の方々が携わられる顧客へのサービスの範囲も変化していくのではないでしょうか。「黒か白か」といったリーガルチェックに加えて、人権課題への取り組みの理解を深めるために助言をしたり、ステークホルダーとのエンゲージメントを促したりするなど、長期的な視野に立って企業を適切に導く役割に期待しています。

北村:企業の人権尊重の取り組みに関するアドバイザーに、人権に関連する法規制や国際基準などの知見が求められるのは当然のことですが、「ビジネスと人権」に関しては、社会課題に対する幅広い視野と見識や国際感覚が必要になるほか、企業活動やサプライチェーンの理解と目的に沿った実務対応、ステークホルダーとのエンゲージメント支援、そしてグローバルベースでの対応も必要となります。私たちはこれらに対して、弁護士のみならずさまざまな知見のあるコンサルタントを含む多様なプロフェッショナルによる連携により多角的な支援をしています。ただ、何より意識したいのは、当事者はあくまでも「企業」自身であるということです。企業が外部アドバイザーに依存する体制を作るのではなく、企業自身が自走して、自ら人権尊重の取り組みを実行することができるようにすることを意識して、積極的な支援をしていきたいです。

本記事はPwC Japanグループのオウンドメディア『Value Navigator』からの転載です。
対談後編「人権DD、始めるなら「まず社内」から」は、 こちら からご覧ください。

山田美和(やまだ・みわ)
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 新領域研究センター 主任調査研究員
法律事務所での実務を経て、1998年にJETROアジア経済研究所に入所。開発援助としての法整備支援、アジア諸国の非司法型紛争解決制度、人の移動に関する法制度、ミャンマーの民主化過程など、制度と実態の相互関係を研究。2008〜2010年に在外研究としてタイのメコン地域における難民問題、人身取引問題、移民労働問題を調査。2014年より「ビジネスと人権」に関する政策提言研究プロジェクトを主宰。

北村導人(きたむら・みちと)
PwC弁護士法人 代表パートナー
弁護士、公認会計士。慶応義塾大学卒、米ニューヨーク大学ロースクールLL.M.。大手監査法人や大手法律事務所などを経て、2016年にPwC弁護士法人入所。2020年より代表。幅広い法分野を専門とするが、近時は、ESG/サステナビリティ関連法務、特に「ビジネスと人権」に関する企業の取り組み支援に注力している。

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