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北九州市の地域資源の循環プロジェクト「KAMIKURU」とは(2)――「世界のグリーン革命発祥の地」目指す地域ぐるみの価値創出

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エプソン販売株式会社

エプソンの乾式オフィス製紙機「PaperLab(ペーパーラボ)」を中心とした「紙の循環から始める地域共創プロジェクト」KAMIKURU。北九州市を舞台としたプロジェクトの背景や成り立ちを聞いた前回のインタビューに続き、後編では環境負荷低減だけではないプロジェクトが創出する価値とは何か、八幡東田まちづくり連絡会の網岡健司会長と、障がい者就労サービス事業を手掛けるNPO法人「わくわーく」の小橋祐子理事長に聞いた。網岡氏は「『KAMIKURU』プロジェクトでのコミュニティ形成、人材育成を通じて、ずっと先に目指すのは北九州市、八幡東田地区を『世界のグリーン革命』発祥の地にすること」と思いを熱く語る。

価値観の転換ではなく、「サステナビリティの考え方の進化」

――前回のお話の中では、環境課題の解決と市民の生活や経済性の両立がひとつのポイントになるということでした。サステナビリティは環境、経済、社会の3つの側面から捉えられることもありますが、それらが密接に関連していると思います。「KAMIKURU」プロジェクトの場合は背景に、北九州市という地域性も大きな要素だと感じました。

網岡健司氏(以下、敬称略):SDGsの取り組みは多種多様ですが、「北九州、八幡東田地区ならでは」の特徴は、イノベーションによって価値を生み出すということだと思います。物の使い方、消費の仕方でSDGsに取り組むという方法ももちろんありますが、「KAMIKURU」プロジェクトのようにプロセスに変化を起こすことを通じ、地域の色んな方々と共創して変化を起こすということです。

それは八幡地区、東田地区の歴史とともにできた特徴です。前回触れたように、北九州は「日本の産業革命発祥の地」として、官営八幡製鉄所の施設が世界文化遺産の構成資産に認定されています。その歴史は産業革命が生み出した大量生産、大量消費、大量廃棄の社会システムによって引き起こされた様々な矛盾にどう対応するかという歴史でもありました。

前回お話した通り、60年代は公害に悩まされましたが、産学官民で協力し、青い空と海を取り戻し克服しました。80年代にはいわゆる「鉄冷え」が起こり、「重厚長大から軽薄短小へ」という産業構造転換の時代に潮流の中で、工場の多くが遊休化し、どのように新しいまちづくりを行うかという課題に向き合ってきました。八幡東田地区のまちづくりの歴史は、サステナビリティの歴史そのものなのです。

世界的にも産業革命以降に人類が起こした経済、環境、社会の課題を解決するためにSDGsが生まれてきたわけですが、我が国の産業革命発祥の地である本地区は、その矛盾、課題そして可能性を体現している土地であり、このような課題に真摯に取り組んでいくこと北九州の歴史的使命、ミッションではないかと私は考えています。

――大量生産、大量消費から循環型へ、考え方を転換したというわけではなく矛盾を解決する取り組みの延長線上にあるわけですね。

網岡:「転換」ではなく、「進化」だと捉えています。KAMIKURUというプロジェクトもその延長線上にあります。国連もSDGsのアジェンダで「トランスフォーメーション」という言葉を使っているように、SDGsのゴールを達成するには、「改善」の積み上げではなく、一気に変わるような、大きな社会の「イノベーション」が必要です。しかし、そのためにこそ、一人ひとりの身近な場所でのイノベーション、すなわち顔が見える関係を構築し、市民が現場で体感しながら変革を起こしていくことが重要ではないかと思っています。

自分の目の前で紙を再生し、活用されていることが見え、自分がどこに関わることができるかが見えるKAMIKURUは、そのような視点からも非常にものづくりの街である北九州市や東田らしい取り組みになっているのではないかと思います。

障がいの有無や世代超えて地域のコミュニティ形成

北九州市の「九州ヒューマンメディア創造センター」に設置されたPaperLabが「KAMIKURU」プロジェクトの中心となる

――「顔が見える」現場として、「KAMIKURU」プロジェクトではPaperLabの実際の操作は障がい者就労支援サービス「わくわーく」の利用者や、学生などが行っています。そこで生み出されている価値を実感されていますか。

小橋祐子氏(以下、敬称略):「わくわーく」の利用者は、もともと体調の波が大きく、安定して働くことが難しい特性を持たれていることもありがちです。でも、施設外就労でPaperLabを設置した「九州ヒューマンメディア創造センター」に行くことがモチベーションになっていて、休まずにPaperLabの運用ができるようにと自分自身で体調管理をするということにもつながっています。また、取り組みが始まってから利用者が地域の人、外部から来た人と出会う場面が増え、個人個人の経験値がぐんと上がっています。仕事に対しての理解を自ら深めようとしてくれていて、私たち職員だけでなく、ご家族の方もとても喜ばれています。利用者にとって「KAMIKURU」プロジェクトへの参画は非常にメリットがあると思っています。

市内各所で回収した紙は印刷状態や付箋などを丁寧に確認・仕分けし、再生可能な状態に。再生した紙は一旦ここでストックされ、再び市内各所へ分配される。紙の仕分け作業を担当するのは「わくわーく」利用者と同NPO職員
PaperLabは機器内の湿度を一定に保つため、内部に少量の水を貯えるタンクがある。水の交換補充など機器運用のオペレーションも「わくわーく」利用者が担当

――ディーセント・ワークの実現ということにもつながっていますね。「わくわーく」には周囲の学校などから実習生も来られていますが、KAMIKURUの活動についてはどういった反応でしょうか。

小橋:はい。将来、精神保健福祉士になる学生や、付近の看護専門学校の学生が当NPOに実習に来ますが、利用者の方が学生に「KAMIKURUの仕事に出かけることにやりがいがある」とお話したと聞きました。専門職や看護師を目指される方は、障がいのある当事者にどうアプローチするか、直接のコミュニケーションをどのように取るかを学びに来てくださいます。その中で、直接的なやり取りだけでなく、周囲の環境が整うと当事者が生きやすいんだ、色んな人との関わり合いが一人の人を支えることになるんだということの驚きはとても大きいようです。また実習でエプソンの社員から「KAMIKURU」プロジェクトについてお話いただいたこともありますが、真剣にメモを取りながら聞かれていました。これまでのフィードバックから、地域のつながり、色んな人との関わりが重要だということは実習に来られた方々に伝わっていると思っています。

――中学生や高校生といった若い世代の参画への思いはいかがでしょうか。

網岡:人生100年時代と言われる中で、今の若い世代の多くの皆さんは22世紀を見ることになります。私たち大人は2030年、2050年をターゲットにしていますが、その先のもっと未来の良いことも悪いことも、彼らは引き受けていかなければなりません。彼らが望む世界にどのように変えていくかを彼ら自身が考えて実行できる能力を身に付けたり、実践に挑戦したりすることを応援することが、私たちの世代のとても大きな役割ではないでしょうか。

だからこそ中学校や高校、大学生など若い世代がKAMIKURUに関わっていただけることには非常に意義があると思います。世界を見回してみると、世の中を大きく変えようとしているのは、グレタ・トゥーンベリさんなど若い世代です。彼らを見ていると「高校生なのにすごいよね」ではなく、「高校生だからこそ凄い」のではないかな、と率直に思います。私たちはすぐ限界を考えてしまうし、仮に部屋に象がいても「これはどうしようできない」と考えて知らないふりをしてしまいがちです。でも中学生や高校生は「そこに象がいる」のに見てみぬふりはしないですよね。それはすごく大事なことです。
※「部屋の中の象」:英語慣用句で誰もが認識していながら指摘しない事柄の例え。

「KAMIKURU」プロジェクトも、今後若い世代が中心となりつつあるので楽しみにしています。北九州市のSDGs推進室を通じてご紹介いただいた福岡教育大学附属小倉中学、福岡県立小倉高等学校、中間高等学校などに加えて、10月から地元の福岡県立八幡高等学校も参加しています。

小橋:中高生だけでなく、小学校で環境美化委員会に所属している生徒がKAMIKURUの取り組みを知り、「わくわーく」を訪ねてきたんです。実際にPaperLabを稼働している現場も訪れ、その後に校長先生にプレゼンしたということです。その小学校からは「子どもたちから提案があったからぜひ参画させてほしい」と打診がありました。子どもたちの意識が上がり、彼らが動くことで大人が変わり、世の中が変わっていくということを目の当たりにしています。

経済合理性あるシェアリングモデルを模索

――これまで環境、社会、経済の3要素のうち、社会的側面を中心にお聞きしました。「KAMIKURU」プロジェクトの経済的な持続可能性、経済合理性についての考え方はいかがでしょうか。

網岡:プロジェクト自体はあくまで実証実験であり、公的な補助金などは利用しておらず、エプソンのソリューション開発の枠組みの中で行っています。どういう経済性が確保できるかということも、ひとつの検討項目だと認識しています。

「KAMIKURU」プロジェクト全体の中で、経済的に一番課題となるのは、中心にあるPaperLabの導入コストです。自治体や企業が単独で購入することも考えられますが、例えばコインランドリーのように機械を共有する、シェアリングすることによって導入のハードルを下げられるのでないか、というのが基本的な考え方です。

さらにシェアすることによって、地域にどういう効果が生まれるのか、どれくらいの規模のコミュニティで、それぞれどのくらいを負担すればシェアによる経済合理性が出るかが、今回のプロジェクトの中である程度検証できるのではないかと思っています。

実は八幡東田地区では、特区制度を活用して製鉄所が電力を発電し、自営線で供給しているという珍しいエリアです。製鉄所構内の設備で電気と蒸気を同時につくり、電気は市街地に供給し、蒸気は工場に送るという、コージェネレーションシステム(コジェネ:2つのエネルギーを同時に生産し供給する仕組み)を活用した、エネルギーのシェアリングサービスです。このことによって経済性も向上しましたし、CO2排出量の削減など環境負荷低減にも貢献しています。このように、シェアリングサービスが社会実装された実績が東田には既にあることから、「KAMIKURU」プロジェクトにもそのような展開が期待されています。

今後、ハードとしてPaperLab自体のコスト低減などの開発も行われていくと思いますが、このようなシェアリングモデルが確立できれば、プロダクトやサービスがユーザーに受け入れられる可能性も高まってくるのではないか、と思います。

定量的な評価手法「SROI」を活用、目指すのは「グリーン革命」発祥の地

――環境、社会、経済の3側面で、創出した価値を測定するということが多くの分野でも課題になっています。「KAMIKURU」プロジェクトの場合はいかがでしょうか。

網岡:環境面で言えば、PaperLabが環境負荷をどれくらい低減しているか、また回収した紙の量や再生紙の量によって、環境への貢献の度合いは定量的にすでにある程度明らかにされています。また、経済面では先ほどのお話の通り、コストの課題はありますが、さらなる製品開発やシェアリングのシステムを構築することで可能性を広げていくことでしょう。

一方で、「わくわーく」や学校・教育機関が参画するプロセスの中で色んな価値が含まれていますが、社会的に生み出した価値、地域のつながりなどの定量的な評価は大きな課題です。そこで北九州市立大学大学院 国際環境工学研究科 松本 亨 研究室にご協力いただき、従来からあるROI(投資利益率)ではなく、そこに社会的インパクトを加味したSROI(社会的投資収益率)という手法で、社会的価値を定量的に測る試みに取り組んでいただいています。

「KAMIKURU」プロジェクトをひとつの測定対象として研究を進められているので、こういった評価手法が確立されるための要因としてもKAMIKURUは有効に働いていると考えています。今後、社会性について倫理的、定性的な評価だけでなく、定量的な評価が可能になれば、国内の行政や企業の取り組みにとっても大きなメリットになります。

小橋:NPO活動もどうすれば成功なのか、どこがゴールなのかということがわかりにくい部分がありますが、SROIといった手法を用いる「KAMIKURU」プロジェクトを通じて、市民活動やNPO活動の必要性、経済性と、経済性以外の価値を生み出していることを社会に伝えることができれば嬉しいですし、地域でそういった役割を持ちたいと思っています。

――最後に、「KAMIKURU」プロジェクトを通じて北九州、特に八幡東田地区の目指す姿とはどのようなものでしょうか。

網岡:プロジェクトで言えばPaperLabを中心にまわるような、地域のサーキュラーシステムのモデルを確立することがひとつの目標ですが、そのような結果もさることながら、そのプロセスが重要です。イメージ的には、PaperLabの周りで皆が井戸端会議をしながら、それぞれがそこで実現したいものを、楽しみながら一緒に創っている姿です。どのような持続可能な社会システムをつくるか、今自分たちが実現したいことは何かとそれぞれが考え、アクションを起こすことが必要ですが、「KAMIKURU」プロジェクトの最大の特徴、意義はそのプロセスが見えること、身近に感じることができることにあると思います。

その先に「八幡東田まちづくり連絡会」として目指す姿もあります。北九州市の幕末から明治にかけての産業遺産群がユネスコの世界遺産委員会で世界遺産に登録されたのは2015年。SDGsが採択された年と同じなのですが、私たちは、これは決して偶然ではないと信じています。

つまり、「日本の産業革命」発祥の地だからこそ、産業革命に伴う社会課題であるSDGsの達成に取り組み、今度は「世界のグリーン革命」発祥の地になることが、この地のミッションなのだと思います。

私たちのゴール、それは、今世紀中にもう一度、今度は「世界のグリーン革命の発祥の地」として北九州市が世界遺産に認定されること。「KAMIKURU」プロジェクトが、このゴールに向かって若い世代の皆さんが疾駆する、その魁(さきがけ)のプロジェクトになってくれることを心から期待しています。

エプソン販売株式会社

エプソンは、1942年の創業以来培ってきた「省・小・精の技術」をベースに、世界中でお客様の期待を超える商品・サービスをお届けするべく、創造と挑戦を重ねてきました。2016年には、エプソンが10年後にありたい姿と、向かうべき方向を示した長期ビジョン「Epson 25」を定め、2025年に向けてさまざまな活動を行ってきました。