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脱炭素特集

パタゴニアが味噌や日本酒を売るのはなぜか、農業が脱炭素・ネイチャーポジティブの切り札になる?

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パタゴニアの日本酒を醸す寺田本家では無農薬無肥料で酒米を栽培する(提供:寺田本家)

アウトドア企業のパタゴニアが、異業種である食品事業に力を入れている。2016年から始めた食品事業では、輸入品だけでなく日本酒、味噌(みそ)といった日本の伝統的な発酵食品の販売も始めた。その原材料である米や大豆の栽培はリジェネラティブ・オーガニック農法を目指し、作物を栽培しながら土壌や生物多様性を回復させることを狙う。「地球を救うためにビジネスを営む」を企業理念とするパタゴニアにとって、気候や生物多様性の危機を回避するためにはエネルギーと共に問題の主因ともなっている農業を変革することが重要だと考えたからだ。農業が脱炭素やネイチャーポジティブのためにどこまで解決策になりうるのか。チャレンジとも言える食品事業の意義と取り組みについて、日本での同事業の立ち上げから関わるパタゴニア プロビジョンズの近藤勝宏ディレクターに話を聞いた。(環境ライター 箕輪弥生)

食が環境問題の解決策になる

新たにラインナップに加わったオーガニック味噌(Taro Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.)

「新しいジャケットは5年か10年に1度しか買わない人も、1日3度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ」

新たにパタゴニア プロビジョンズから発売されるオーガニック味噌のパッケージには、同社の創業者であるイヴォン・シュナード氏の言葉が記されている。

なぜ、パタゴニアが食品事業を進めているのか、その答えがここには明確に表されている。
化学肥料や農薬を利用する大規模な慣行農業は土壌を傷め、世界における二酸化炭素の25%を排出している。しかし、適正に管理されたオーガニック農法に移行すれば、より多くの炭素を土壌に固定し、生物多様性を回復させることができると同社は考える。

同社の近藤勝宏ディレクターは、「今は食自体が気候変動などの大きな原因となってしまっているが、その作り方、選び方を変えていくことで問題ではなく、解決策になる」と強調する。

「パタゴニアはこれまでも環境負荷の高いファッション業界の中で、透明性をもった責任ある方法でウエアづくりをして、ビジネスが成り立つことを示してきた。そこで学んだことを食品ビジネスでも実践していきたい」(近藤氏)

パタゴニアが推進する「リジェネラティブ・オーガニック農法」とは

「リジェネラティブ・オーガニック認証」をめざす仁井田本家の水田は里山の象徴(提供:仁井田本家)

では、生態系や自然を回復し、気候変動を回避するための農業とはどのようなものなのだろうか。

同社はそれを、有機栽培を実践した上で、さらに土壌の健康を高めることを強化した農法「リジェネラティブ・オーガニック」(以下RO農法)に求める。

畑作の場合では、作物の種類を周期的に変えることで、特定の栄養素の欠乏を避け、病気や害虫の増殖を防ぐ「輪作」や、土壌の水分保持や土壌有機物の蓄積を増やすために有効な「不耕起」、主作物を栽培する時期の合間にクローバー、ヒマワリなどの緑肥作物を育てる「カバークロップ」などの管理方法を推奨する。

同社は有機農業の研究教育を進めてきたNGOや環境を重視する企業と共に、2017年にRO認証制度を策定した。それは「土壌の健康」、「動物福祉」、「社会的公平性」の3本柱で構成され、それぞれに具体的な管理方法を定義している。今回のコメや大豆の栽培ではこのうちの一つ「土壌の健康」の管理方法を指針にした。

近藤ディレクターは、「ROの管理は土壌や生態系の多様性や健全性を復活・再生することにつながるため、ネイチャーポジティブにも大きく寄与するのではないか」と期待する。

日本人の自然観にネイチャーポジティブのヒントが

寺田本家(左)と仁井田本家(右)が醸造するプロビジョンズオリジナル自然酒(Taro Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.)

2021年から販売を始めた日本酒は、パタゴニアの企業理念に共感する2つの蔵元「寺田本家」(千葉県香取郡神崎町)と「仁井田本家」(福島県郡山市)に醸造を委託した。

どちらの酒蔵も、農薬や肥料を使わないで栽培した酒米を使い、蔵付きの酵母で酒造りをする。仁井田本家では酒米を栽培する水田のRO認証も目指している。

日本はコメを主食としているため、農地面積の半分以上を水田が占めている。地形や自然環境を巧みに利用し、自然の働きを生かしながら管理されている日本の水田は、土壌や生物多様性の豊かさなどにも寄与してきた。

近藤氏は「日本人がもっている自然観や農業との向き合い方に、ネイチャーポジティブに関する多くのヒントが隠されている」と指摘する。

「ソーラーシェアリング × RO農法」の畑から生まれた味噌が伝えるイノベーション

匝瑳市のソーラーシェアリングの下でRO農法で育つ有機大豆((C)2024Patagonia, Inc.)

一方、新たに販売される味噌は、ソーラーシェアリングの畑から生まれた。パタゴニアが持つ千葉県匝瑳(そうさ)市の2カ所のソーラーシェアリングの下で栽培された有機大豆を原材料として使っている。

大豆は、同地で有機農業に取り組む若手農家グループ「Three little birds(スリー・リトル・バーズ)合同会社」と連携し、不耕起栽培や輪作を行うRO農法で栽培する。

同時に輪作で作られた大麦は同地でソーラーシェアリングを推進する「市民エネルギーちば」によりビールに加工される。さらに、畑の上のソーラーパネルで発電された電気は、パタゴニアの直営店やオフィスなどで使われている。

近藤氏によると、RO農法での3年目の大豆の収量は、慣行栽培を含む全国の平均反収と比較しても、同等かそれ以上の実績を得ることができたという。

ここはもともと耕作放棄地が広がり、土地履歴や土壌の質の荒れた決して恵まれていたとは言えない土地だったが、土壌の健康を高めるRO農法の実践を進める中で、雑草管理の工夫も功を奏して2023年は大豆の反収が平均以上で収穫でき、畑の上で発電した電気も利用されている。これは食が気候変動や生物多様性の問題の解決策として機能したひとつの事例と言えるのではないだろうか。

味噌はパタゴニア直営店ほか自然食品店などで3月14日から販売している。近藤氏は消費者に対し「毎日の食の選択が自分自身の健康にも、地球の未来にもつながることを考えて選択をしてほしい」と語った。

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箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。

http://gogreen.hippy.jp/