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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

リジェネラティブな暮らしと地域づくりの鍵は土壌と微生物の豊かさ

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桐村氏、仁井田氏、舩木氏

生物多様性を復活させ、土壌の炭素吸収を高めるリジェネラティブな(環境再生型の)農業や土地の開発が注目されている。サステナブル・ブランド国際会議2022横浜では「発酵・微生物から見たリジェネラティブなライフスタイル・地域づくりとは」と題したセッションで、国内の各地域でリジェネラティブな農業や土地の再生に取り組む3人のリーダーが登壇した。鳥取県で「協生農法」などを通じて地球と人の健康のつながりを研究する医師の桐村里紗氏、310年続く福島の酒蔵でオーガニックな米作りと酒造りを手がける仁井田本家の仁井田穏彦氏、山梨県清里市で生態系を復活させた「萌木の村」を経営する舩木上次氏だ。それぞれの発表やディスカッションから、環境再生で実際の鍵を握るのは豊かな土壌をつくり出す微生物だということが見えてきた。(環境ライター 箕輪弥生)

ファシリテーター:
青木 茂樹・SB国際会議アカデミックプロデューサー
パネリスト:
桐村里紗・tenrai 代表、医師
仁井田穏彦・仁井田本家 十八代蔵元、杜氏
舩木上次・萌木の村 代表

「プラネタリーヘルス」の視点から土と微生物の重要性を知る

腸内環境を研究する医師をしていたという異色の経歴の持ち主、桐村里紗氏は、「人も地球という大きな循環システムの中に組み込まれている一体のシステムだ」と話す。これは「プラネタリーヘルス」という考え方であり、人の健康は地球の健康、つまり環境問題を含むさまざまな問題と深くつながっているという意味をもつ。

人と地球環境に大事なこととして桐村氏は「土であり微生物の回復が必要である」と強調する。桐村氏によると、人間の腸も地球の土に似た働きをし、さまざまな腸内細菌が分解して腸の土のようなものをつくるという。豊かな土で育てられた作物を摂取すると、人間の腸内環境もよくなることがわかってきている。つまり、私たちが毎日食べるものを正しく選択することで、人の健康を保ち、土壌の再生にもつながっていくわけだ。

最近の研究によると、人間と共存する常在細菌の数は100兆〜1000兆個もあることがわかってきているという。人は常在細菌の働きを合わせた超生命体であり、これからは個人を見た最適化というヘルスケアではなく、人と微生物を含むあらゆる生態系をとらえた最適化が大事になってくると桐村氏は訴える。

桐村氏は東京都から鳥取県に移住し、米子市で無農薬、無肥料、不耕起栽培の「協生農法」により、多様な種類の作物を栽培している。今まで環境を破壊する原因を作り出してきた工業的な農業に対して、土壌を豊かに、環境を再生するリジェネラティブな農業だ。桐村氏はこれを「生態系全体を最適化して生態系を拡張する農業」と表現する。

医師としての経験から腸内環境と地球環境の関わりをマクロに俯瞰する桐村氏の言葉からは、環境にも人の健康にもミクロな微生物の力が重要だということが伝わってきた。

発酵の主役の微生物が一番喜ぶ環境をつくる日本酒造り「仁井田本家」

桐村氏に次いで登壇したのが、福島県郡山市で310年間にわたり酒造りをしているという「仁井田本家」の18代目蔵元、そして杜氏を務める仁井田穏彦氏だ。

冬の半年間は酒造り、夏から秋は自社田で米作りを行う。2月はまさに日本酒造りの山場。その真っ最中に杜氏でもある仁井田氏はセッションに駆け付けた。

仁井田本家の日本酒は、農薬と化学肥料を一切使わない自然栽培の米を原料に、村の天然水、蔵付きの酵母で日本酒を醸す。仁井田氏は「当社は天然の微生物で酒を醸しているが、発酵の主役の微生物が一番喜ぶのが自然栽培のお米だ」と話す。

同社の日本酒は、パタゴニアなどが推進する「リジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)」の取得を目指している。

仁井田氏は認証への取り組みについて、「世界中の農家の数割が空気中の炭素を土中に閉じ込められるリジェネラティブ・オーガニック栽培を実践することで、カーボンニュートラルを実現できるという考え方に賛同した」と説明する。

しかし、リジェネラティブな農法で酒米作りをすることに何か課題はないのだろうか。これに対して仁井田氏は「一般的な慣行栽培と比べて収量が2分の1から3分の1になることもあるが、農薬や化学肥料の費用がいらないことや、酒米を磨きすぎなければ、最終的なコストはさほど変わらない」と、青木茂樹ファシリテーターの質問に答えた。

同社はさらに2019年末から、自社所有の山林から切り出した杉を使って酒桶作りを始めた。「お酒の醸造の主役は微生物だが、木に微生物が住みつくことで、ワイルドで多様性がある酒造りができる」。そうして生酛造りという江戸時代に主流だった、まさに微生物が主役の手法で酒造りをする。

「今年は自社山の木桶で、自社田のお米で、自社の蔵の天然菌で醸されているお酒がはじめて完成する」。仁井田氏はその微生物で醸された自然酒の完成が待ちきれない様子だ。

農薬や肥料を使わない庭づくりで八ヶ岳の自然が庭に蘇った「萌木の村」

最後に登壇したのが山梨県清里市で「萌木の村」を経営する舩木上次氏だ。

「萌木の村」は約3万3000平方メートルの広大な敷地に、ホテル、レストラン、クラフト雑貨やワークショップを楽しめる店など23ほどの店が点在し、野外バレエやコンサートなどさまざまイベントも楽しめる観光客にも地元の人にも人気の場所となっている。

特に注目されるのが、ランドスケープデザイナーの英国人ポール・スミザー氏が手掛けた村全体に広がるナチュラルガーデンだ。農薬や肥料を使わず、八ヶ岳周辺の700種以上の貴重な植物や樹木、低木、多年草など多様な固有種を配した自然と共生する庭には、昆虫や野鳥が集まる。

舩木氏は1971年の喫茶店開業から約50年かけて、この施設を開発してきた。以前は少しでも経済的によくなればいいという考えで事業を拡大してきたという。バラ園からイングリッシュガーデン、ハーブガーデンまで、化学肥料、農薬を使い30年間開発し、ある程度評価されたが、それは舩木氏曰く「素人の人たちが感じる見た目だけのきれいな庭だった」という。

それがポール・スミザー氏と出会い、「あなたのやっていることはでたらめだ。自然と共生しないと持続可能な社会にならない」という一言から、2012年に新たな庭づくりが始まった。

「微生物が戻ると植物が元気になる。そして虫や鳥が来て、いろいろな現象が起きた」。舩木氏は、頭ではなく五感を通じてその方向が正しいと感じられたと振り返る。

地域の人が地域の価値に気づくような共感を大事に

最後に、青木茂樹ファシリテーターからそれぞれがやっている活動を地域に広げていくには何か必要かという問いかけがあった。

桐村氏は「未来に向けての共感をどうつくっていけるか、どう共感へのストーリーをつくっていけるかがこれからの地域づくりの勝負になってくるかなと思う」と答えた。一方、舩木氏は「地域の人が、地域にある価値あるものに気づくような地域づくりをしないといけない」と指摘。仁井田氏は「自然の力だけでリジェネラティブな米作りができることをモデルケースとして地域の人に提案できれば、地域でそれがさらに広がっていくはず」と期待を込めて語った。

箕輪 弥生 (みのわ・やよい)

環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。
東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「地球のために今日から始めるエコシフト15」(文化出版局)「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む。JFEJ(日本環境ジャーナリストの会)会員。

http://gogreen.hippy.jp/