なぜパタゴニアが「日本酒」を扱うのか――酒蔵と持続可能な物づくりを語る
SB国際会議2023東京・丸の内
仁井田本家の酒造りの様子(SB国際会議資料より)
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Day1 ランチセッション
昨年12月、サステナビリティを目指し先進的な取り組みを展開している世界的なアウトドアブランド「パタゴニア」は、水田の土壌や水、微生物を含む多様な生物など、自然環境の豊かさをもとに作り出された日本酒2銘柄の販売を開始した。そのうちのひとつが、300年以上の歴史を有する蔵元「仁井田本家」(福島県)の「しぜんしゅ-やまもり」だ。本セッションでは、異業種である二社がそれぞれの取り組みを語り合い、どのようにしてコラボレーションに至ったのかを紐解いた。両社に共通したのは、「手間のかかる物づくり」と「自然への畏敬」という企業としての姿勢だ。(とがみ淳志)
ファシリテーター
加藤順也・Avery Dennison Smartrac Japan マネージングディレクター
パネリスト
近藤勝宏・パタゴニア・インターナショナル・インク日本支社 プロビジョンズ ディレクター
仁井田真樹・仁井田本家 発酵食品部 取締役 女将
近藤氏
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パタゴニアの近藤勝宏氏は自社について、「故郷である地球を救うためにビジネスを営むというミッションステートメントが全ての根底にある」と説明し、「ビジネスを通じて地球を再生させていく必要がある」と続けた。同社は物づくりをする際に、すべての綿製品をオーガニックコットンに変更するなど、環境に与える影響を最小限度に抑えるよう努めている。
また近藤氏は、創業者イヴォン・シュイナードの『新しいジャケットは5年か10年に一度しか買わない人も、一日三度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ』という言葉を紹介。同社が食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」を立ち上げた理由を説明した。
また「パタゴニア プロビジョンズで日本の商品を作るとしたら、米に関係するものだと思っていた」とコラボレーションのきっかけを説明。その後は仁井田本家の自社田で、土壌や周辺環境を健全に再生していく『リジェネラティブ・オーガニック(再生有機農業)』を一緒に研究していく中で、生態系を活用した同蔵の持続可能な酒造りを目の当たりにした。
自然に忠実な酒造りを続けてきた仁井田本家
仁井田氏
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仁井田本家の仁井田真樹氏は、「私たちの酒の原料は全て自社米。酒造りは米を作ることから始まる」と説明した。米作りは無肥料・無農薬で行い、田んぼに戻すのは稲わらのみ。「土地の力と太陽と天然水だけで米を育てている」という。そうして作った米から酒にする醸造過程では、手間暇のかかる伝統的な生酛(きもと)造り※を用いている。仁井田氏は、「蔵付き酵母も活かした、自然に忠実な酒造りを続けてきた」と強調した。
さらに醸造に使用する木桶にもこだわり、所有する裏山からスギの木を調達して釘も接着剤も用いずに製作した。「酒作りの後は、しょうゆ蔵、みそ蔵、そして漬物屋で使われ、最後は土に戻る循環型の容器」だと、周辺の生態系に配慮した循環型の物づくりを実践してきたことに胸を張った。仁井田氏は自然への畏敬を込めて、「お酒は造るものではなく、『出来る』ものなのです」と力を込めた。
※蒸した米と水に麹(こうじ)、酵母、乳酸菌を加えた「酒母」を手作業で造る製法。酒母は日本酒の原型である醪(もろみ)のベースになる。
商品情報よりストーリーを伝えることが大事
加藤氏
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ファシリテーターの加藤順也氏は、『Avery Dennison SCWレポート 2022年』から「消費者が製品購買時に重要視する14の要素」を紹介。日本の消費者はコストをもっとも重要視するという結果が出ているという。加藤氏は、「コストが重要視される状況では、手間のかかる物づくりは、同時にそのストーリーを伝えることが大切ではないか」と投げかけた。
仁井田氏は、「全国各地にいる私たちのお酒のファンが、仁井田の酒造りについてほかの人に伝えてくださっていて、その輪はどんどん広がっている」。近藤氏は、「自社サイトでは、商品情報よりも、誕生の背景などストーリーを伝えることに注力している。ぜひ、ストーリーに共感して、よりよい地球を作っていく仲間になってもらいたい」と、それぞれ述べた。両者の発言を受けて加藤氏は、「購買は投票行動とも言われる。企業には伝える努力、消費者には知ろうとする努力、それぞれが求められる」と結んだ。