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20代、30代の成長に必要な学び 社会人が“グリーンイノベーター”になるには 

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脱炭素社会の実現に向け、2030年までに経済と環境の好循環を生む1000人のイノベーターを世界規模で育成するーー。一般社団法人グリーン・イノベーションが2021年10月に開講した育成プログラム「グリーン・イノベーター・アカデミー」には、国内を中心に130人の大学生と社会人が参加する。企業においても人的資本への投資やイノベーションの重要度が高まるなか、ここではどうイノベーターを育成しようとしているのか。共同代表の菅原聡さんと坂野晶さんに、社会人向けプログラムの内容を通して、20代、30代の社会人が人として成長し、イノベーターとして未来を切り開いていくために必要なことを聞いた。(小松遥香)

将来、一緒に働ける人材を育てる

――さまざまな経験をされてきたおふたりですが、今回のプログラムにご自身の経験を反映させていますか?また、工夫していることはありますか?

菅原:沢山あります。例えば、質問の仕方です。検索すればわかるような質問、「こういう時にはどうするべきですか」といった正解を聞く質問はしないように、と伝えています。

イノベーターであれば、自分はこう考えるんだけれどもどうしたらいいか、と聞くとか、いったん、自分の論を持った上で質問しましょうと。

坂野:今回のアカデミーを通して期待していることは、ここで育った方たちが一緒に働ける人材になることです。やはり現場でこそ活躍して欲しいです。

私がいろんな地域で仕組みづくりをするべきだと思っても、私の分身が1700人できるわけでも、全国1700自治体に行けるわけでもありません。そうなると、それを加速するために、いろんな人がイノベーターとして取り組める人材育成がまさに必要になってくる。

自分ひとりがそこに行って仕組みをつくろうとしてもなかなか上手くはいかないことも分かっているからこそ、そういうコミュニティがあったらいいんじゃないかと思います。それができることでやはり加速度が上がると思っています。

そうなるために知っておいてもらいたい、こう考えておかないといけないんじゃないか、といった、まさに自分が欲しかった学びを入れています。

でも、私たちが一方的に教える側ということではないと思っています。私自身も毎回、非常に学ぶことが多いです。

――グリーン・イノベーター・アカデミーならではのものはありますか?

菅原:カーボンニュートラルやSDGsなどの潮流を、グローバルの視点、日本というナショナルの視点、そしてローカルの視点で学べるように設計していることです。

そして、現場に行くこと。オンラインプログラムでの座学だけではなく、フィールドワークをあわせて実施しています。

11月には全員が福島に行きました。その後も、自由参加でさまざまな地域に行く体験プログラムを準備しています。例えば、愛媛県今治市で「今治.夢スポーツ」会長の岡田武史さんと2泊3日寝食を共にしながらリーダーシップを学ぶプログラム、JT副会長の岩井睦雄さんと内省を深めるプログラム、コモンズ投資会長の渋澤健さんと国内最大のメガソーラーや風力発電所のファーム、核融合エネルギー研究センターがある青森県六ヶ所村でこれからの資本主義と未来について考え、対話するプログラムなどを準備しています。

――福島ではどこに行きましたか?また、なぜいま福島に行ったのでしょうか?

菅原:福島では第一原子力発電所、双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館、浪江町の請戸小学校の周辺、富岡町や楢葉町などに行き、帰還された農家の方の話も聞いたりしました。

10年前にそこで何があったのか、自分の目で見てほしいと考えました。10年経ってどこまで復興したのか、していないのか。この現実を踏まえてどんな未来を描くべきなのかということを考えることが目的です。

原子力は、みなさんわかっているようで実はわかっていなかったりします。現地の一次情報を含めて正しく理解する。ただし一次情報を理解するだけだと不十分なので、ちゃんと情報としてインプットをするためにも、事前に講義を受けて動画も見てもらいました。

そして他のエネルギーについても知ってもらい、日本のエネルギーの安定供給はどうなのか、安全保障はどうなのか、海外は今どうなっているのか、というところも含めて理解した上で問題をみる。今後、世界が原子力をどうしようとしているのか。それを改めて、事実を把握しながら見つめ直そうということです。

答えのないことがほとんど モヤモヤが大切

――参加された方々の反応はどうでしたか?

菅原:一番多かった反応は、「社会はそんなに簡単なものじゃない」「物事は複眼的に見なくてはいけない」ということを感じていることです。

坂野:あとは、学びとしてモヤモヤさせるってすごく大事だと思っています。先ほど答えを求めるなという話がありましたが、答えのないことがほとんどです。まさにこの分野は答えがないなかで、何がよりいいんだろうかと考え、それを積み重ねていくーー。福島でのフィールドワークを通して、そのことを実感値として持ってもらえたと思います。

――学生と社会人とでプログラムが分かれていますが、社会人はどのようなことを学ばれるのでしょうか?

菅原:社会人のプログラムでは、組織の中から企業や社会を変革するリーダーシップを開発し、共創型イノベーターの育成を目指しています。

まずは大局を学び、地域まで見た後、未来を予測します。例えば、マッキンゼーのサステナビリティ研究チームの方に食と農の未来予測について話していただいたり、世界銀行の方に今後どのような世界になるかという予測を示してもらったり、イノベーターを講師としてお招きすることもあります。例えば、再エネ事業を8カ国で行う自然電力代表の磯野謙さんからアントレプレナーシップ(起業家精神)を学ぶといったものです。

その後は、異なる業種の方たちで新規事業立ち上げのグループワークをします。新規事業を立ち上げることは、もちろん今回の参加者同士で行って欲しいのですが、4カ月間でできるものだとは思っていません。

プログラムで何が重要かというと「人材育成」です。一人ひとりにコーチが付いて、人間的に成長するよう支援しています。

イノベーターに必要な、人としての「成長」

――人間的な成長とはどういうものでしょうか?

菅原:成長には、水平的な成長(知識やスキルの成長)と垂直的な成長(人間の器・人間性の成長)の2つがあります。経営者やイノベーターには、高次な知的成長、垂直的な成長が必要だといわれており、それを成長の定義としてプログラムを進めています。

自分の視点を客観視できるか、相手のことを客観視できるか、相手の成長も客観視した上でお互いにとっていい方法で状況を変化させられるようにコミュニケーションができるかどうかなどです。

さまざまな課題は、新しいテクノロジーを導入したからといって解決する話ではありません。やはりそこでは人の器(意識構造)が重要になってきます。

――坂野さんは成長についてどう考えますか?

坂野:「他人(ひと)のせいにしない」ことが、地域に入って取り組んできた経験からも重要だと思います。でも、難しい、ものすごく難しいことです。

ひとのせいにしないというのも、いろいろな意味があります。ひとのせいにするということは、制度や仕組み、いろんなものによって起こります。

ただ、それはちゃんと構造分解すると、自分でもアプローチできるところまで落ちてくる。仕事でも、個人のことであっても、いろいろなことにおいても、そう考えられることが大事だと思っています。

――人としての成長はどう測るのでしょうか?

菅原:人間の器の成長については、成人発達心理学の権威で、ハーバード大学のロバート・キーガン教授が成長(成人の発達段階 ※人間の知性は成人以降においても向上し、高齢になるまで発達が続くという発達理論に基づく)を5段階に分けています。

まずは、まわりの人からの言語化した状態での自分の成長の段階を客観視し、自分の成長課題をどう変えられるかをコーチをつけてサポートしていきます。

社会人の参加者からは、ご自身と上司の方から事前にアンケートをとっています。上司の方には、「この方はどんな人ですか」「強みはなんですか」「成長課題はなんですか」ということを尋ねています。ご自身にも同じ質問をしています。

そうして明文化して、それをこちらが見た上でフィードバックをして、「この6カ月のプログラムの中で、あなたはどこを伸ばしたいと思っていますか」「そのためにこのプログラムをどう使いますか」というのを初めにすり合わせるんです。

アカデミーが始まってから2カ月経った後に、2カ月経ってどうか、成長できているかできていないか、この後の4カ月間を有効に使えるか、ということを話し合い、こういう風に自分はしようということを改めてすり合わせながら進めていきます。

――コーチを務めるのはどのような方々ですか?

菅原:コーチは、運営メンバーの中にエグゼクティブ(上級管理職)の研修を本業にしている人がいます。その人にコーチをしてもらいながら、コーチを養成し、養成された者が1on1(ワン・オン・ワン)でコーチを務めます。自ら起業している社長、グローバル・シェイパーズのメンバーやアルムナイ(卒業生)などです。

――社会人の参加者の方々が目指すゴールはどこでしょうか?

菅原:イノベーターとして“グリーンイノベーション”を起こしていくことです。グリーン・イノベーター・アカデミーはその始まりです。

関係性をつくるネットワーキングもそうです。大企業の事業開発部門の方々はゼロイチ(ゼロからイチを生み出すこと)をしたことがないという方が多いので、その擬似体験をしたり。それに、オープンイノベーションを起こすといったときに、違う会社や違う方と協業しないといけません。言語も違うし、作法も違う、ものすごいフラストレーションがあるなかで、何かをつくっていかないといけないという経験はあったほうがいいと思うんです。

日本のなかでも本当にグリーンイノベーションを行っていかないといけない分野の企業の方たちが集まっているので、その方たちが経験を共にし、さらに横でつながっていることは重要だと思います。

ある企業の参加者の方は、「自分がこのコミュニティの中でしっかり価値のある人間だと思ってもらって、これが終わった後にもちゃんと協働できるような関係性を築いていきたい」と話されていたりします。

――仕事をしながらアカデミーに参加するのはハードそうですね。

菅原・坂野:ハードですね(笑)。

菅原:イノベーションを起こすリーダーの育成において大事なのは、適度なストレスとサポートをすることです。「楽しいね」というだけでは・・・

月に2回以上のペースで週末に行っているプログラムは、毎回、登壇者ごとに30分間の事前動画があります。それを講義の前に見て質問を提出してもらいます。学生は10時から16時、社会人は9時から13時まで講義があるので、終わる頃に皆さんの顔を見ると本当にぐったりされています。

情報量や要望は結構ハードなものです。でもそうしたことも含め、イノベーターには求められる「素養」というものがあると思っています。

例えば、国際的なルールは所与のものではありません。誰かが交渉してつくってきているものです。そのルールづくりに、われわれも入っていかなくてはいけません。

COP26でこんな話がされましたといった時に、「こう決まったんだ!」じゃなくて、あれはもう各国が交渉しながらつくっているものじゃないですか。

そこに情報をとりに行くという認識ではなく、日本だったり、自分たちの企業の意思だったりもいれて国際交渉をして戦っていく場所だというマインドセットがイノベーターには求められます。それがあるか、ということをプログラムの中で講師の方が問うわけです。

2050年をどう描くか

――今回、参加されている学生の方々には応募の際に、「2050年をどんな未来にしたいか」「現状とそこに到達するまでの差は何か」「そこに行き着くために、今何をしているか」という話を動画に収めて送ってもらったそうですね。おふたりは、2050年がどんな未来になっていたらいいと思われますか?

菅原:その中間目標の2030年に1000人のイノベーターなんです。これがまさに2050年に起きていてほしいことの前段です。

多くのイノベーターが、自分はこんな風により良く未来を変えるんだって言って変えていっている。そして、変えようとした時に、「あっ、それ自分ならこんなふうに手伝えるよ」とか「いいね、じゃあ自分はこんなふうにやるよ」っていうような、エコシステムが広がっている状態が2050年に起きてほしい変化の状態です。

坂野:本当に目指さなくてはいけないものはもう分かっています。脱炭素しかり、社会の変革として転換していかなくてはいけないものは客観的といっていいレベルで決まっていることです。

それが達成されたときに、産業構造だけではなくて、われわれはじゃあその中でどう幸せに暮らすのかという話がすごく大事だと思います。

2050年という未来を想像しようといった時に、そこで思い描く暮らしや、社会の在り方は本当に人それぞれ違っています。それに、制約として規定されることや、逆に制約があるからこそ、いろいろとイノベイティブにつくれることがあると思います。

それが仮に制約として訪れたとしても、「私たちが暮らしている社会はちゃんと自発的に自分たちでつくっている」という状態をどれだけ生み出せるのかが、ある種、人間の賢さというか自発性というか、自分で考える力に対しての挑戦なんだろうなと思います。ですから、「何をつくっていくのか」という話だと思います。

――気候変動をはじめ地球規模の大きな課題を悲観的に受け止めるという方もいます。おふたりは課題をどう捉えていますか?

菅原:楽観は意志だと思うんです。課題はあるんです。これまでも、今もあるし、これからもずっとある。そこを超えるものって意志であるし、仲間であると思うんです。一人で抱えたら辛いじゃないですか。辛くても「辛いね」って仲の良い友だち30人で言ったら、ちょっと楽になるじゃないですか。どうしようもなくても、30人友達がいて「どうしようもないね」って言うと笑えてきます。

坂野:あまりネガティブにはならないです。問題に感情移入をすることは、共感して自分ごと化するという意味ではすごく大事ですが、それをちゃんと自分に引き戻さないと前進できないと思います。

問題が確かにあって解決せねばならないという課題感はもちろん大事だけれども、じゃあそれだけで原動力になるかというと意外とならない。だから私も結局は自分が楽しいことしかやらないんです。

それに、今回のプロジェクトは一緒にやって楽しい人達だけでチームを結成しています。

菅原:お互いに陽気なメンバーを選んで、学生のインターンメンバーもすごい熱意があって優秀です。本当にありがたいことですが、仕事が楽しいですね。

――おふたりはミレニアル世代で30代です。30代は、20代とはまた異なるステージで、異なる課題に直面したり、人によっては体力的な変化もあります。どんな風にご自身の現在とこれからについて考えていますか?

菅原:私たち自身にとっても、今回はチャレンジです。グリーンイノベーションをどうすれば起こせるのか、環境をより良くしていきながら、経済的にもより良くしていくにはどうすればいいのか。

より良くするって、正解は一つじゃないです。シナリオはいくつあってもいいです。より良いと信じる方向を、違うセクターと協働しながら目指してくことが大事だと思っています。

私自身については、これまで挑戦をして壁にぶち当たって、困ってまた違う挑戦をして、困って・・・。今回は良い意味で諦めてやっているところがあります。

NPOを立ち上げ、民間企業で働き、ひょんなことから政府機関で広報の仕事にも携わらせていただいています。気づいたことは、すべてのセクターでものすごく熱量を持った優秀な人たちが頑張っているということです。でも、実は全然知り合いじゃない。

じゃあ自分の強みは何だろうか、と振り返った時に「つなぐ」ことができるだろうと。僕は「つなぐ」っていうところばっかり強みなんですけど、坂野は構造化したり組織化したりというのがすごく得意です。ですので、一緒にやらせてもらうことで、エコシステムをつくっていきたいと思っています。

坂野:これからの時代は、いろんな意味で「つくる人」が増えないといけないと思います。役割を与えられてこなすという職種がおそらくなくなるという話と同じで、働き方やキャリア自体も結局つくる力が求められる時代です。

いま参加してくれている130人、特に100人の学生は、このプログラムが終わってすぐ活躍する場は必ずしもないわけです。もちろん社会人30人にとっては、会社に戻って何ができるかっていうのがチャレンジです。

すでに自分たちでつくり始めようとしている学生、すでにアクティブに動いている学生もいますが、われわれとしては、最終的に同じように地域でものごとをつくれる人材が育ってほしいと思っているわけですから、そこを機会として接続していく仕掛けをこれからどんどんつくっていきたいです。

真に持続可能であるためには「リジェネラティブ(再生的)」でなければならないといわれる。これからは自然、人の心、地域、文化などが「再生する」社会や経済をつくっていくことが必要だ。

「リジェネレーション(再生)」について、『自然資本の経済』『ドローダウン』で知られるポール・ホーケン氏がわかりやすく説明している。

「気候危機は科学の問題ではなく、人間の問題です。世界を変える根本的な力は、テクノロジーにあるのではないのです。私たち自身や、すべての人、すべての生命に対し、畏敬の念、尊敬の念、そして思いやりを持つということなのです。それこそがリジェネレーションなのです」

「リジェネレーションには2つの意味があります。地球上の生命を再生させること。そして、地球温暖化を逆転させるために、新しい世代の人々が力を合わせることです」

世界的に格差・分断が広がるなかで、気候変動や生物多様性の損失など地球規模の課題を解決し、目指す未来をつくるために、あらゆる人が協力し合うことが求められる。

一般社団法人グリーン・イノベーションが取り組んでいることは、まさにそういう仕掛けであり仕組みづくりだ。新しい世代の菅原さんや坂野さんたちが、さまざまなセクター・世代を巻き込みながら、より明るい未来をつくろうとする取り組みに期待が高まる。

(写真:原啓之)

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小松 遥香 (Haruka Komatsu)

アメリカ、スペインで紛争解決・開発学を学ぶ。一般企業で働いた後、出版社に入社。2016年から「持続可能性とビジネス」をテーマに取材するなか、自らも実践しようと、2018年7月から1年間、出身地・高知の食材をつかった週末食堂「こうち食堂 日日是好日」を東京・西日暮里で開く。前Sustainable Brands Japan 編集局デスク。