サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

生物多様性の危機――投資家が気候危機の次に注目する世界の潮流とは

  • Twitter
  • Facebook

足立 直樹

Sébastien Goldberg

こんにちは、サステナブルビジネス・プロデューサーの足立です。久しぶりの記事になりましたが、これから何回か集中して、私の専門分野である生物多様性の最近の動きについてご紹介したいと思います。というのも、生物多様性条約のCOP15を控え、日本でも徐々に生物多様性への関心が高まって来ているからです。そうした中で最近もっともよく受ける質問が、「TNFDはどうなるのか?」、「どう対応したらいいのか?」というものです。

TNFD!? TCFDの間違えではないのかと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、Climate(気候)ではなくNature(自然)です。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース:Task Force on Climate-Related Financial Disclosures)の生物多様性版とでも呼ぶべきTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)が既に動き出しているのです。

ご存知のようにTCFDは、気候変動がもたらすリスクと機会が事業、より端的には企業の財務にどのような影響を与えうるのか、またそれに対して準備ができているかどうかを開示する枠組みを検討するためのタスクフォースです。そして、このタスクフォースが2017年6月に出した最終報告書に従い、現在国内外の多くの企業が気候変動の影響を調べるべくシナリオ分析を行い、またその結果の開示を始めています。これによって投資家が企業評価を容易かつ正確にできるようになるだけでなく、企業にとっても気候変動の影響に備えるための良いきっかけとなっており、その意味で有意義なフレームワークが提供されたと言えるでしょう。

TCFDのこの成功に着目した国際機関や環境NGOなどによって創設されたのがTNFDで、金融当局を中心に進められたTCFDとは出自は異なります。しかし、2020年のスタート時点から投資家も大変な関心を寄せており、非公式ワーキンググループの段階から多くの金融機関や機関投資家が参加しています。

こうした流れを理解してか、あるいはTCFD対応で苦労をしたのでTNFDは早めに準備しておこうということなのか、理由は様々でしょうが、日本国内でも企業担当者のTNFDに対する関心は高まっており、それで冒頭のような質問が増えているということなのだと思います。具体的な対応方法については別の記事でご紹介したいと思いますが、今回ご紹介し、また強調したいと思うのは、これに限らず、投資家の注目が生物多様性に集まって来ているということです。

生物多様性とESG投資

TCFDと並んで、いやそれ以上に企業担当者が気にするのが、ESGに関わる情報開示を進めているCDPからのアンケートとその評価でしょう。そのCDPは、来年2022年からは生物多様性に関する質問を開始すると発表しています。これはフランスのBNPパリバアセットマネジメントとのパートナーシップも後押ししているようで、BNPパリバのような投資家が企業の生物多様性マネジメントに大きな関心を持っていることの反映と言えそうです。

生物多様性に注目する機関投資家や金融機関の集まりは現在どんどん増えていますが、もっとも注目すべきは昨年9月の国連生物多様性サミットに際して発足した生物多様性のための金融誓約(Finance for Biodiversity Pledge)でしょう。最初は26の金融機関でスタートしましたが、今ではすでに倍以上の56機関に増えています。ABNアムロ、Allianzフランス、アムンディ、AXAグループ、HSBCグローバルアセットマネジメント、LGIM、Robecoなど錚々たる顔ぶれです。ちなみに日本からの参加は、りそなアセットマネジメントのみです。

このイニシアティブでは、生態系のレジリエンスを維持するためにCOP15では今後10年で生物多様性喪失の流れを反転させる具体的な対策に合意するよう求めるだけでなく、金融機関として、ファイナンスを通じて生物多様性の保護や回復を図ることを誓約しています。

こうした動きは、一部の先進的な金融機関や投資家に止まりません。インデックス開発における世界的大手である米MSCIは昨年末、2021年のESGの注目テーマの一つとして生物多様性を挙げました。このことから、ESG投資全体において生物多様性に関心が高まりつつあることがわかります。

そしてそれにはきちんと理由があります。気候危機がその破壊的な影響によって人間社会の持続性を危うくしていることはご存知の通りですが、人間社会を支えているのが自然(生物多様性)であり、その自然がとてつもない勢いで喪失されていることに投資家も気付き、その影響に恐怖を感じ始めたのです。すなわち生物多様性の危機であり、これに対処しなくては社会も経済も持続可能ではないという理解が広がっているのです。

単に関心が高まっているということではなく、この危機に対処するために既に具体的な投資行動も始まっています。たとえばBNPパリバは今年2月、2008年以降にアマゾンの熱帯雨林を農地に転換して大豆や牛肉を生産した企業へはもちろん、そうした大豆や牛肉を調達した企業に対しても投融資を行わないという方針を発表しました。そして、今後は同じブラジルの低木を含む草原であるカンポ・セラードについても同様の方針の適用を行い、2020年1月以降に農地に開発された場所での大豆や牛肉の生産を止めるよう、投融資先にエンゲージメントを行うとしています。

さらには、今年は国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)や国連責任投資原則(PRI)を含めたいくつもの団体が、金融機関向けに生物多様性ガイダンスを発行し、影響を定量するためのツールも発表しています。

TNFDの完成を待たずに、機関投資家は企業による生物多様性への影響を現実の問題として取り組みをもう始めているのです。この流れは今年開催予定のCOP15を契機にさらに加速するものと思われますが、残念ながら日本国内では金融機関はもちろん、事業会社すらこの動きに対応できているところはごく少数に限られています。

企業は生物多様性にどう取り組むことが求められているのか。そして投資家はそれをどう評価しようとしているのか。これから何回かに分けてさらに詳しくご紹介したいと思います。

足立 直樹 (Sustainable Brands Japan サステナブルビジネス・プロデューサー)
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。

  • Twitter
  • Facebook