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生物多様性から見た新型コロナ・パンデミック:本質を見極める

足立 直樹

世界のあり方を一変させてしまったコロナ・パンデミック。大変な思いをなさった方も多いと思います。命や健康へはもちろん、経済への影響も日増しに大きくなっています。日本では5月14日に39県で非常事態宣言が解除され次第に収束に向かっているように見えますが、まだ気を緩めるのは尚早です。

そもそもパンデミックの影響は世界的にまだかなり長引きそうですし、日常のライフスタイルやビジネス慣行も大きく変わらざるを得ないでしょう。私たちはこの先にパンデミックを無用に怖れなくてもいいような、サステナブルかつレジリエントな(回復力のある)社会を創っていく必要があるのです。そのためには、まずウイルスによるパンデミックの本質を見極める必要があります。今回はそこに焦点をあてて、私たちがこれから注意すべきことを考えたいと思います。

ウイルスの脅威はなくならない?

まず考えたいのは、新型コロナウイルスがなぜ中国の武漢に現れ、それがここまで急速に世界中に広まったのか、ということです。もちろん第一には、航空機の発達で多くの人が世界中を文字通り飛び回っていることがあります。今や世界のどこで発生した感染症であっても、それが世界中に広がるのは時間の問題です。人口密度が高い大都市では、海外と行き来する人が多いこともあり、コロナウイルスは瞬く間に広まってしまいました。大都市からはかなり離れた地方都市ですら、その少し後にはウイルスが広がってしまうのです。感染が広がる様子は、人間の動きの激しさをそのまま反映しているように見えます。

けれどより本質的に考えたいのは、そもそもなぜこのようなウイルスが突然発生したのかということです。現代医学は大いに進歩し、人間は感染症などあまり怖れなくてもよくなったのではなかったのでしょうか。

現実には、この何十年かの間にも次々に新しい感染症が発生しています。AIDS(後天性免疫不全症候群)、エボラ出血熱、SARS(重症急性呼吸器症候群)などのいわゆる新興感染症です。そしてこれらはいずれも、もともと野生生物の体内に存在していたウイルスが人間に感染することで感染症として知られるようになったもので、人獣共通感染症あるいは動物由来感染症とも呼ばれます。

ウイルスは生物に似ていますが、遺伝情報は持つものの自己複製能力がありません。宿主なしには増えることができないのです。ですから、宿主の身体を機能しないほどに弱らせてしまったり、ましてや殺してしまっては元も子もないのです。そうはならないよう、ウイルスはうまくバランスを取りながら元の宿主とは共存しているのです。

ところが、そのウイルスが人間に感染すると、人間とはまだ共存する調整ができていないので、人間は重篤な症状に陥ったり、最悪の場合には死亡してしまうのです。集団中の多くの人がこのウイルスに対して免疫を持つようになれば、ウイルスの爆発的な増殖は防げるようになります。しかし、それにはかなりの時間がかかりますし、その過程で多くの命が奪われてしまいます。今回イギリスは最初に集団免疫の獲得を目指しましたが、それでは犠牲が非常に多くなることが指摘され、すぐに社会封鎖(ロックダウン)に戦略を変更しました。今後このウイルスに有効なワクチンが開発されれば、私たちは感染することなく免疫を獲得できるようになります。けれどワクチンが必ず開発できるとの保証はありませんし、できたにしても、かなり長い時間を要するでしょう。

なぜ人間が感染したのか

今回の新型コロナウイルスは、もともとコウモリやセンザンコウに由来するものであるらしいと言われていますが、これまで長らく自然宿主にだけ感染していたウイルスが、なぜ人間にも感染したのでしょうか。

通常であれば人間がコウモリに濃厚接触することはありませんが、武漢を含めた中国南部では野生生物を食べる習慣があるため、人間が生きたコウモリに接する機会も多く、感染の原因になったのではないかと考えられています。今回も武漢華南海鮮卸売市場が発生源という報道もありました。本当の発生源であったかどうかはともかく、そこには多くの野生動物が持ち込まれ、その血液や体液と人間が接する機会が多くあったようです。私も何度かそうした生鮮市場を訪れたことがありますが、時に驚くような生きものも売っていますし、清潔とは言い難い状況もしばしば見かけます。

そうしたことから、中国政府は今年1月1日にはもうこの市場を閉鎖しています。それ以外の市場でも、現在、野生動物の取引は一時的に禁止されているようです。いくつかの環境保護団体は、野生動物保護の観点からも、これを機に野生動物の取引を今後一切禁止することを求めています。

もう一つのルートとして、森林などの生態系が開発され、今まであまり近づくことがなかった場所に人間が容易にアクセスできるようになり、その結果、これまでは森の中でひっそりと暮していた動物たちと人間が接するようになった。さらには、そうした野生生物の肉(ブッシュミートと呼ばれます)の消費量が増え、その結果ウイルスにも感染しやすくなるという場合があります。AIDSやエボラ出血熱は、まさにこうした例だと言われています。

いずれの場合も、人間による野生生物の過度の利用や自然破壊、つまりは生物多様性を損なう人間の行為が新興感染症の原因となっており、経済のグローバル化が感染の拡大を加速していると言えます。

生物多様性が失われることの意味

実は今年10月には生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)が中国で開催され、2030年に向けたこれから10年間の目標が策定される予定でした。しかし残念ながら今回のパンデミック拡大により、この会議も延期となってしまいました。

生物多様性は言葉としては聞いたことがあっても、何が問題なのか、特に企業が何にどう取り組んだらいいのか、日本ではあまり理解されていないように思います。絶滅に瀕した珍しい動植物を守る運動だと考える方も多いかもしれませんが、それは半分正解、半分間違いです。

もちろん絶滅危惧種の保全も大きな課題ではあるのですが、いま考えたいのは、そもそもなぜ生物種を絶滅させてはいけないかです。それは決して倫理的な理由や甘酸っぱいノスタルジーからではありません。この20年間、生態系が私たち人間に提供するさまざまな機能の研究が進みました。「生態系サービス」と総称されるさまざまな機能は、食料や木材の供給、二酸化炭素の吸収や水源の涵養など多岐に渡り、私たちの日々の生活、日々の経済活動のほとんどすべてが生態系サービスによって支えられていると言っても過言ではありません。その価値を金銭換算すると、世界のGDPの少なくとも2倍になることまで分かっています。ただし、この試算は生態系サービスのごく一部を測っているに過ぎません。実際には生態系サービスにはその何倍もの価値があり、それが私たちの生活や経済を支えているのです。

それだけ重要な機能であるにも関わらず、生態系やそれを構成する生物種が傷つけられ、その速度は年々加速しており、今や世界で100万種以上、既知の生物種のおよそ4分の1が絶滅の危機に直面している(※1)ことが明らかになっています。昨年5月のG7環境相会合では、この世界的な危機に立ち向かうために「生物多様性憲章」も採択されました。世界の経済リーダーもこの事実に気付き、そのことを深刻に捉えています。これから10年間が正念場であるとして、その間に生物多様性が喪失される流れを逆転しようと行動を開始しています。その矢先にコロナ禍が発生してしまいました。

例えばその行動計画の一つに、世界中で新たな森林破壊を2030年までにゼロにしようというものがあります。自社が直接的に関わることはもちろん、原材料の調達にあたってサプライチェーン上で起き得る森林破壊もゼロにするという、「森林破壊ゼロ」を宣言する企業が世界的に増えています。

森林破壊を行わず、できれば逆に森林面積を増やすことは、二酸化炭素の吸収を増やして気候変動を緩和するためにも役立ちます。生物多様性の保全と一石二鳥であるとして、急速に賛同する企業が増えています。

そして今回あらためて認識されるようになったのが、森林破壊、特に原生林をこれ以上破壊しないようにすることは、貴重な生物種を保全するだけでなく、野生生物種と人間の接点を減らし、野生動物を宿主とするウイルスが人間社会に出てこないようにするためにも役立つということです。

私たちが学ぶべきこと

今回のコロナ・パンデミックから学ぶべきことはたくさんあります。あまりにも野放図に経済活動が拡大し、生態系を破壊し、大量の人やモノが高速で世界中を移動する。そうしたことがこのウイルスの蔓延を加速し、パンデミックを引き起こしたことは明らかです。つまり今の経済活動のあり方そのものが、今回のパンデミックの根本の原因なのです。まずはこのことを私たちはしっかり認識しなくてはいけません。

それに加えて、問題を複雑化、深刻化させたのもやはり現在のグローバル経済のあり方です。なぜなら、サプライチェーンを世界中に長く伸ばすことで、私たちは地球の反対側から安いものをいつでも大量に入手することができるようになりました。しかしそのサプライチェーンのどこか一ヶ所で問題が起きると、今まで普通に使っていたものが、そして今一番必要なものが、入手できなくなってしまうのです。今回で言えば、マスクも、消毒液のボトルも、そして体温計用のボタン電池もそうでしょう。今後最悪のシナリオとしては、食料の供給も不足するかもしれません。平時であれば海外から輸入した方が安かったわけですが、いざサプライチェーンが機能しなくなると、私たちは食べるものすら失ってしまうのです。

またいくつかの必需品が不足したことは、ジャストインタイムに代表されるような、在庫を極限まで減らすサプライチェーンの管理方法にも原因があるでしょう。平時であればそれが最もコストを安く抑えるやり方であり、効率的な操業になるのでしょう。しかし「遊び」がまったくなければ、サプライチェーンのどこかで問題が起きると、その途端に生産は停止してしまいます。

驚くことに、こうした最適化は部品の在庫だけでなく、病院のベッド数や医療機器の数についても行われていました。普段よりも入院患者数が増え、人工呼吸器の必要な数が増えると、あっという間に病院は対処できなくなり、医療崩壊が起きてしまいます。

今回、欧州の中で比較的感染者数も死者も少なかったドイツ。ロックダウンによる封じ込め政策もうまく機能したようですが、そもそも他国に比べてベッド数に大きな余裕があったことが幸いしたと言われています。実はドイツの病院のベッド数は欧州各国に比べて非常に多いのです。OECDの統計(※2)によれば、人口千人あたりの病床数はドイツでは8.00床で、医療崩壊が深刻と言われるイタリアの3.18床よりはもちろん、OECD全体の平均4.65床よりも明らかに多いのです。

経済効率だけで考えれば、ドイツの病床数は「無駄に多い」と思われてしまいそうです(実際、OECDはそういう指摘をしていたとのことです)。しかし、そうした余裕が、今回多くの人の命を救ったのです。

こうしたことを見ると、サプライチェーンをあまりに長くしすぎること、調達先を1本に絞ってしまうこと、在庫を極限まで少なくすること、すなわち無駄をなくすために良いと言われていたことが、かえって私たちの首をしめたことがわかります。リスクをヘッジするためにはその無駄が必要なのです。

けれどこのような反省も、経済効率を優先する発想を続けていればすぐに忘れ去られてしまうでしょう。今回のコロナ危機が去った後もこの反省をしっかりと保持しなくては、きっとすぐにまた元の「効率が良い」システムが再現されるに違いありません。

コロナ後にどのような社会を創るか

しかし私たちは今回、自分や大切な人々の命のリスクを通じて十分に学んだはずです。命を支える医療サービス、食料や水、そうした一番大切なものはどんな時にでもアクセスできるようなるべく手元に置いておくことが重要だということに。そして、命や生活のリスクを感じることなく、家族や友だちと一緒に過ごすあたり前の日々は何よりもかけがえのないものであることを。

これこそ、私たちが目指すサステナブルな社会に欠かすことができない要素です。サステナビリティを優先することは、私たちの生活を安全で安心なものにするために、そしてそのような状態が実際に継続していくことを第一に考えるということです。もちろん、あなたの仕事や勤め先が継続していくためにもです。

いや、そんなことではグローバルな経済競争には勝てないと思うかもしれません。消費者は何より価格を気にすると言う方もいるでしょう。けれど、コロナ・パンデミックを経験した後、何を大切にするようになるかは私たちの考え次第です。目の前の商品が少し安いか高いかということより、どちらがよりサステナブルか、皆がそれを優先するようになれば、企業の姿勢も変わります。

企業経営の立場からも同じことが言えます。平時の経済効率だけを考えていたのでは、いざというときの社会や顧客からの要請にうまく応えられなくなるばかりか、最悪、自社の持続性すら危うくなってしまいます。しかし残念ながら、それだけでは経済効率を優先する競合に負けてしまうかもしれません。だからこそ社会の持続可能性を何よりも大切にするという考えを明確に打ち出し、そのことを社会にしっかり発信し、実践し、ステークホルダーから応援してもらう必要があるのです。このサイクルをしっかりと回していくということです。

もう一つ重要なのは、これで人間とウイルスの「戦い」が終わるわけではないということです。もちろん今回のパンデミックは何らかの形で収束するでしょう。しかし、それにはかなり長い時間もかかるでしょうし、その後にもまた別の感染症が発生する可能性はあります。そもそも、今回の新型コロナウイルスも、一旦終息した後、第2波、第3波がやってくるかもしれません。

人間以外の宿主があり、また人間よりはるかに早く進化するウイルスを完全に排除しようとしてもそれは無理な相談です。むしろ完全に排除しようとすることが別の問題を起こす可能性もあり、決して賢いやり方とは言えません。むしろ私たちは、ウイルスとどうしたら共存できるかを考えるべきなのです。うまく共存方法を見つけることができれば、また新しいウイルスや病原菌が発生し、新たなパンデミックになりかけても、スムーズな対処をして被害を最小にできるからです。

パンデミックでも困らないような暮らし方。そして、パンデミックを起こさないような経済。たとえば大都市から離れ、人口密度の低い郊外や地方で生活することは、いざという時だけでなく、ふだんから生活の質を高めてくれるでしょう。それで十分に機能する経済に移行するために、必要な手段や方法はもうほとんど揃っています。後は私たちがどれだけ本気で移行するかです。

とても皮肉なことに、今回のパンデミックによって、地球環境の破壊は一時的に歯止めがかかったようです。自分にとって何がもっとも大切なのか、あらためて考えた方も多いと思います。生命誕生から38億年、生物が陸上に繁茂するようになってから4億年、何度かの大量絶滅も経験しながら、生物は相互に依存した非常に複雑で、しかしレジリエントな生態系を発達させて来ました。それを「経済効率性」という一つの指標のみに最適化させることが、今回のパンデミックを引き起こしたのです。このパンデミックを機に、私たちも本気でサステナブルでレジリエントなしくみに移行しなくてはいけません。自然は私たちにそう教えてくれている、私にはそう思えてなりません。

※1「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES) (2019)
※2 OECD Health Data 2019

足立 直樹 SB-J サステナビリティ・プロデューサー
東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)理事・事務局長。CSR調達を中心に、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。

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