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2020年、生物多様性が気候変動と同じくらい重要になる理由

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足立 直樹

なぜ今、生物多様性なのか

生物多様性と聞くと、何を思い浮かべるでしょうか。アマゾンの熱帯雨林や色とりどりの熱帯魚が泳ぐサンゴ礁の海かもしれません。あるいは、絶滅が危惧される動物や植物やそれを保護しようとするNGOの活動、そしてそれを支援する企業の社会貢献活動かもしれません。確かにそれも多様な生物の世界とその現状を現していますが、重要なのはそれだけではありません。

生物多様性はSDGsの14番と15番の目標になっていることからも分かるように、社会を持続可能にするために必要な要素です。というより、私たちの生活のかなりの部分を生物多様性が支えており、生物多様性のない生活など考えられないほどです。

もっとも分かりやすい役割は食料や木材、きれいな水や空気を供給することでしょう。最近では二酸化炭素を吸収して気候変動を緩和する機能や、異常気象による風水害の影響を軽減するためにも重要な役割を果たすことが注目されています。吸収源として、また適応のソリューションとして、生物多様性や生態系を活用しようという動きが高まっているのです。

それにもかかわらず、私たちの日々の生活とそれを支える企業活動が生物多様性を破壊していることは、天に唾する行為と言うしかありません。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の生物多様性版とも言われるIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)が2019年5月に発表した報告書では、このままでは今後数十年で100万種以上の動植物が絶滅すると世界中の科学者たちが警告しています。

生物多様性のスーパー・イヤー

そうした中、今年2020年は、生物多様性のスーパー・イヤーとして期待されています。今年の10月には生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)が中国で開催され、10年前に名古屋で開催されたCOP10で採択された愛知目標が見直され、これから先10年間の新たな目標を定める年だからです。(ただし、コロナ・パンデミックのためにCOP15は来年5月に延期になりました。)

愛知目標の達成状況は現在各国がまとめているところですが、昨年のIPBESの報告書からも予想できるように、20の目標のほとんどが達成できそうにないという残念な状況です。未達のものが多いので、ほぼ同様の目標を継続すべきという意見もありますが、ポスト2020年生物多様性グローバル・フレームワークでは、今までとはアプローチを変えることで一層高い目標の達成を目指すことになりそうです。

近年ではこうした国際的な目標や戦略を策定する際に、NGOの発言力が非常に高まっています。生物多様性に関して影響力が大きいNGOの一つであるWWF(世界自然保護基金)は、これから10年の計画として「人と自然のためニュー・ディール(The New Deal for People and Nature)」を2019年に発表しました。

この計画では、気候変動と並んで生物多様性が大きな柱になっています。具体的な内容としては、2030年までに自然生息地の消失をゼロにする、人間活動による生物種の絶滅をゼロにする、そして生産と消費のフットプリントを半分にするという3つが目標です。いずれも非常に高い目標ですが、これを達成しなくては私たちの生活も、そしてそれを支える生態系も維持できないのです。逆にこれを達成することができれば、今後90億人に増える世界人口が必要とする食料や水を養い、気候をより安定したものにし、私たちは質の高い生活ができるとしています。つまりこの目標は決して生物の多様性を維持するためだけのものではないのです。だからこそ「人と自然のため」なのです。

企業に求められること

それでは、この目標を達成するために企業は何をしなくてはいけないのでしょうか?絶滅危惧種を守る活動に寄付をするとか、ボランティアで協力するということではまったく不十分なのはもう明らかでしょう。

生物種がいま大変な勢いで絶滅している理由ははっきりしています。生息地の消失、気候変動、環境の汚染、過度の利用、外来種、そして自然災害です。自然災害を除いた5つはすべて人間活動によるものであり、割合的にもほとんどの絶滅は人間が引き起こしているのです。この状況を変えるには、企業活動や私たちの日々のライフスタイルを変えるしかありません。

そうした中、最近特に注目されているのが、森林の破壊です。大規模な植林をする企業も増えていますが、それでも世界全体では3万8000平方キロメートル、すなわち日本の国土の10分の1に相当する森林が未だ毎年失われており、その大きな原因が企業活動なのです。

人口が増えたり人々の生活水準が上昇すると、より多くの原材料が必要となります。1キロの牛肉を作るためにはその11倍の穀物が必要だという話を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。その穀物を育てるために、新たに森林を伐り拓いて畑や牧場にする必要があるのです。もちろんそうした森林開発は今や多くの国で厳しく規制されていますが、それでも違法な開発は続いているのです。

ですので、最近では企業に対して、森林破壊によって作られた畑由来の原材料を使っていないかが問われるようになっています。そのために原材料の認証制度も作られ、森林を開発して作られた原材料ではないことを示せるようになっています。けれどもその認証制度を欺くような行為をする事業者もいるため、最近では人工衛星を利用して森林の状況をほぼリアルタイムで監視したり、畑までのトレーサビリティーを確保したりと、さまざまな努力をする企業もあるのです。そして、商品が作られるすべてのプロセスにおいて、間接的なことも含めて一切森林破壊に加担しない、「森林破壊ゼロ」のコミットをする企業も世界的に増えています。

森林破壊ゼロは生息地の消滅を防ぎ、したがって絶滅を減らすことや、消費と生産のフットプリントを減らすことにも貢献します。ですので、森林破壊ゼロは今やグローバル企業にとっては常識となりつつあるのです。

生物多様性は気候変動と同じ扱いになる

そんなことを言っても、それはWWFという環境NGOが作った目標ではないか、立派な目標だけれど、それが企業や国の目標に反映されることないだろうと思われる方もいらっしゃるかもしれません。ところが、あに図らんや、欧州委員会が今年5月に発表したEU生物多様性戦略や、現在議論中のポスト2020生物多様性グローバル・フレームワークも同様の方向を目指すものになっています。

EUの生物多様性戦略では、域内の陸地および海の30%を保護区に指定し、さらに域内で生物多様性を再生することも謳っています。そしてそれは単に生きもののためというより、気候変動への適応のためであったり、食料を安定的に確保するため、つまり人の生活を守るためです。

ポスト2020フレームワームはより広範なものになっていますが、持続不可能な消費パターンの排除や、生産とサプライチェーンにおける負荷を半減にすることなど、企業活動を大きく変化させるようなことも含まれることになりそうです。

EUの戦略にも含まれていますが、最近では疾病予防や感染症の拡大を防ぐという観点からも生物多様性を保全することが求められるようになってきています(参照:「生物多様性から見た新型コロナ・パンデミック:本質を見極める」)

より具体的に企業が何をしたら良いかとういことについては、業種ごとに異なりますので、今後何回かに分けて詳しくご紹介したいと思います。

しかし、今回一つだけ記憶しておいていただきたいことは、これから企業にとって生物多様性の保全は、気候危機と同じぐらいに重要な課題になるということです。もちろんそれは本来的にそうなのですが、重要なのはそういう理解が今や投資家を含めて世界中に急速に広がっており、そうした認識をもとに2030年までの10年間の目標や計画がいま策定中だということです。つまり、いま気候変動で起きていることが、間もなく生物多様性でも起きるのです。

日本企業は気候変動の取り組みで海外の先進企業からはだいぶ遅れをとってしまいましたが、生物多様性においてはゆめゆめその二の舞にならないよう、国際的な議論の動向をしっかりウオッチしていただきたいと思います。もちろんSBジャパンでも、常にそうした情報をお伝えしていきたいと思います。そしてもう一つ付け加えると、SB国際会議の今年のテーマである「Regeneration」も、生物多様性とは非常に大きく関わっているのです。そうしたこともあわせて解説していきますので、ご期待ください。

足立直樹
SBジャパンではサステナビリティ・プロデューサーを務めているが、もともとは生態学の研究者。大学院で博士号を取得した後、国立環境研究所とマレーシア森林研究所で熱帯林の研究を行う。その専門性を活かし、コンサルタントに転向した後も、サプライチェーンの管理や持続可能な調達について多くの企業を指導して来た。生物多様性に関して先進的な取り組みを行う企業が集まる一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)の創立メンバーであり、理事・事務局長も務めている。

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