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脱炭素社会を目指す投融資は「トランジション」主軸へ――日本の輸出戦略に転換か

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Photo by Alain Duchateau

経産省はこのほど、「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」の中間取りまとめを発表した。「トランジション(移行)」「グリーン」「イノベーション」に注力するファイナンス(TGIF)を打ち出し、特に脱炭素への移行段階にある活動への投融資「トランジション・ファイナンス」を推進する姿勢を強く示す。EUタクソノミーを意識したと見られる内容で、「日本の石炭火力への投融資が世界的に批判を浴びる中、環境後進国の汚名返上とともに、新たな輸出戦略へ転換する兆しにも見える」とSBJ Lab統合思考プラクティショナー(Sinc所長・首席研究員)の川村雅彦氏は解説する。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局=沖本 啓一)

「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」とは

グリーン投資の促進に加え、低炭素や脱炭素への移行(トランジション)を進める企業やGHG(温室効果ガス)大幅削減の技術イノベーションに取り組む企業への投融資を促進するため、ファイナンスの役割の重要性が高まっている。こうした観点からの議論に向けて、経産省は今年2月、「環境イノベーション・ファイナンス研究会」を設置した。

研究会の主要な論点は、「気候変動対策へのアプローチ」「資金供給の考え方」「企業による情報開示」「国際発信」の4つ。今後、日本の国策の中でひとつの柱となっていく可能性が高い議論だ。2020年はパリ協定の実行の開始年。9月16日に発表された同研究会の「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」の中間取りまとめでは、国際的にも「TGIF」を積極的に発信・提唱する姿勢を打ち出した。

・SDGsやパリ協定の実現のためには、グリーンか、それ以外の二項対立的な考え方ではなく、トランジション(T)、グリーン(G)、革新イノベーション(I)を同時に推進し、これらの事業に対してファイナンス(F)していくことが重要。

・このためには、政府の気候変動対策へのコミットメント、企業の積極的な情報開示、資金の出し手によるエンゲージメントの3つの基盤を整備していく。
クライメート・イノベーション・ファイナンスの基本的な考え方――クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020中間取りまとめ(7頁)より

中間取りまとめでは「TGIF」をバランスよく推進することが重要としているが、特に強調するのは、炭素排出に関して効率の悪い「ブラウンエコノミー」から、再生可能エネルギーなどのカーボン・ニュートラルやカーボン・リサイクルといった「グリーンエコノミー」へ移行する途中の段階にある「トランジション段階」の産業・企業への投資の必要性・重要性だ。「全ての産業が、一足飛びには進まない」とする同研究会のトランジション・ファイナンスへの考え方は【参考】として次のように述べている。

グリーン・ファイナンスの分野において、EUタクソノミーのみが「判断基準」として浸透してしまうことは、CO2多排出産業の低炭素化への「移行」(トランジション)への資金供給が弱くなり、我が国産業及び地球温暖化対策にとっても大きな課題。

【参考】トランジション・ファイナンスの考え方について(2020年3月)――クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020中間取りまとめ(13頁)より

EUタクソノミーは「ブラウンエコノミー」と「グリーンエコノミー」の二元論的な発想からスタートしたが、昨年12月のEU内部での政治的合意で「トランジション」の概念が導入され、今年6月には正式な法律として官報に掲載された。移行段階にある産業や企業の実際的な定義や基準値(閾値)などは、今後、「政令」で具体化される見込みだ。「ブラウンエコノミー」についても定義される予定で、「どこからが移行段階か」もこれから明確になるだろう。石炭火力発電は当初からグリーンではないとして、EUタクソノミー自体に含まれていない。

(資料)経済産業省「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020 中間取りまとめ」(3頁)2020年9月16日
2050年までの「気候中立経済」への移行をめざすEUタクソノミー【統合思考経営10】図表22:2020年7月13日 (資料)欧州委員会やTEGの「EUタクソノミー」関連資料を基に川村雅彦氏作成

ちなみに、EUタクソノミーでの「トランジション活動」の位置付けは、今は(ニア)ゼロ排出ではなくむしろ大量排出・炭素密度の高い業種が対象だが、「2050 年のゼロ排出に向けた過渡的な段階にある」活動とされる。そこで、タクソノミー適合の判定基準は、ゼロ排出に向かって段階的に下がっていくように設定される(逓減閾値)。さらに、以下の3要件を満たす必要がある。

・常に同業種内で最高パフォーマンスのGHG排出レベルにあること
・経済寿命において、「カーボン・ロックイン」(炭素封印)とならいこと
・低炭素化代替手段の開発と展開を妨げないこと

「EUタクソノミー規則」における環境貢献活動の3種(気候変動緩和の場合)【統合思考経営9】図表20:2020年7月9日(資料)欧州委員会やTEGの「EUタクソノミー」関連資料を基に川村雅彦氏作成 

このようなEUタクソノミーの状況を同研究会が理解していないとは考えにくい。「EUタクソノミーのみが判断基準として浸透すると、移行段階への資金供給が弱くなる」と記載したのは、同研究会の趣旨にある「国際発信」のために日本発の独自色として「トランジションの推進」を強調したい狙いもあるようだ。

「これまで国をあげて進めてきた石炭火力輸出という戦略に陰りが見え始めたため、日本の国際競争力戦略を転換する、とも読み取れる」――。そう話すのはSBJ Lab統合思考プラクティショナー(Sinc所長・首席研究員)の川村雅彦氏。

「トランジション・ファイナンス」は新たな輸出戦略か

EUタクソノミーはサステナブル・ファイナンスを促進するための枠組み(分類法)であり、業種別に「グリーン」認定の基準値を設定している。「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」は、明示的ではないもののEUタクソノミーを強く意識した内容だ。しかし、両者には基本的な違いがある。

EUタクソノミーはバック・キャスティングのために「将来の目指す姿」を掲げ、世界に先駆けて「2050年まで」という目標年を前提に基準値を設定している。一方で、「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」が示すTGIFは、「現在の姿」からフォアキャスティングで少しずつ前進しようというもの。

「いずれも背景には、パリ協定を成功させようとする欧州グリーンディール政策による市場の変化がある」と川村氏は分析する。EUタクソノミーはグリーンディールの中核をなす取り組みで、欧州を中心に生き残りをかけたタクソノミー適合型の長期戦略に転換する企業が相次いでいる。同研究会が今回発表した「手段主導型」とも言える考え方は、脱炭素社会へ向かう世界の潮流に対応して輸出戦略を転換し、国際競争力を強化するための新戦略とも見て取れるという。

グリーンディール政策の中で市場に大きな影響を与えることになると見られるのが、CO2の排出量に応じて輸入品に課税する「国境炭素税」(国境炭素調整措置)。現在は検討段階だが、2023年に導入する計画で進んでいるようだ。

欧州で事実上の「関税」とも言える「国境炭素税」が実現した場合、日本の輸出製品は直接的に大きな影響を受けることはないと言われる。だがロシアや中国などの、製造過程を含めCO2排出量の多い製品が欧州から締め出されると、新しい市場を求めてそれらがアジアへ向かう可能性が指摘されている。

Image Credit: Kallanish Energy

日本はこれまで石炭火力発電プラントのアジアへの輸出に注力してきた。しかし、石炭火力発電に対する国際的な批判が年々強まる中、日本の金融機関も新規投融資を行わない方針を表明しており、今後、新規の石炭火力発電プロジェクトは皆無と言っていい。このような状況でEUが「国境炭素税」を導入し、アジアで中露との市場競争が激化すれば結果は明らかだろう。そこで今回の「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」だ。

「トランジション・ファイナンスの対象は、主にGHG多量排出産業部門。つまり現段階では、技術的・経済的に脱炭素が困難な産業部門となっている」と川村氏は解説する。「石炭火力路線に限界が見えて、新たな輸出戦略が必要になった。『移行段階』の産業への投融資を促進し、最先端技術を導入するだけでなく、政策・制度構築をパッケージにすることで、単に装置を売る石炭火力よりも総合的な国際競争力のある、新たな輸出戦略として発信する、とも受け取ることができる」という。

日本は「脱炭素経済」に向かうのか――

「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略2020」には「カーボン・ニュートラル」「脱炭素社会」という言葉が頻出するが、現段階ではそれらを明確に第一の目標として掲げているわけではなく、トランジションの定義も実務もまだ確立されていない。グローバルの動きをウォッチしながら今後の方針を決めていくことが明記されている。10月のTCFDサミットでは世界に公表予定だが、来年のCOP26を当面の区切りに据えて議論をすすめながら、時間をかけて戦略を練り上げていく構えのようだ。

グリーンエコノミーへの移行段階に注力するということは、「ある意味では延命のようにも見えてしまうが、日本にとってもアジアにとっても必要な時間とも言える。今は産みの苦しみで、文字通り『過渡期』かも知れない」と川村氏は話す。

中長期で見れば、「クライメート・イノベーション・ファイナンス戦略」は、TGIFとして3つの重要分野(トランジション・ファイナンス、グリーン・ファイナンス、イノベーション・ファイナンス)が同時に推進される。結果として日本の「脱炭素経済」に向けた動きが加速することを期待したい。

(注1)グリーン・タクソノミーの要件
本記事では気候変動対策という環境面についてのファイナンスを取り上げたが、EUタクソノミーは環境6分野(気候変動の緩和、気候変動への適応、水資源、サーキュラー・エコノミー、公害防止、生物多様性) を主軸とするサステナブル・ファイナンスをめざしている。それゆえ、社会面も考慮してタクソノミー適合性を判断する。

具体的には以下の4要件だが、これは厳密な意味での「グリーン・タクソノミー」の定義と言うことができる。

〔タクソノミー規則 第3条:環境的に持続可能な経済活動の4要件〕
■6つの環境目的の一つ以上に実質的に貢献すること(第5条)
■6つの環境目的のいずれにも著しい害を及ぼさないこと:DNSH原則(第12条)
■ミニマム・セーフガード(人権・労働など社会側面を含む)に準拠すること(第13条)
■技術的スクリーニング基準(原則、指標、閾値)に準拠すること(第14条)

(注2)欧州の鉄鋼業、石炭を使わない製鉄技術の実用化へ
製鉄世界最大手のアルセロール・ミタル(ルクセンブルグ)は、還元剤である石炭(コークス)を使わない製鉄技術の実用化を本格化させる。9月29日、日本経済新聞が伝えた。石炭の代わりに天然ガスや水素を使う技術に最大約5兆円を投じる。一般的な製鉄法である「高炉」に代わり、天然ガスで鉄鉱石(酸化鉄)を還元する「直接還元鉄(DRI)」を採用。CO2回収技術と組み合わせて、2030年にCO2排出量の3割削減をめざす。ティッセン・クルップ(ドイツ)やSSAB(スウェーデン)も追従する。欧州のグリーンディ―ルやタクソノミーを背景にしたESG金融の圧力に押された形だ。

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沖本 啓一(おきもと・けいいち)

Sustainable Brands Japan 編集局。フリーランスで活動後、持続可能性というテーマに出会い地に足を着ける。好きな食べ物は鯖の味噌煮。