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サステナブル・オフィサーズ 第53回

伊藤忠の強さを支える三方よし②「消費生活を支える基盤産業」としての認識、コロナ禍でさらに強く――小林文彦・伊藤忠商事副社長CAO

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Interviewee
小林文彦・伊藤忠商事代表取締役 副社長 執行役員 CAO
Interviewer
足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー

伊藤忠商事は昨年4月、初心に立ち返る意味からも企業理念を「三方よし」に改めた。同社は2020年度、連結純利益や時価総額、株価での史上初の“商社No. 1”を達成した。創業160余年。コロナ禍において、近江商人の教えは同社のなかでどのように息づき、活力の源になっているのか。2回目の今回は、コロナ禍で改めて発揮した伊藤忠商事の強みと、世界各地に張り巡らされた膨大な数のサプライチェーンに対する企業責任について小林文彦副社長に聞いた。

現場支援へ コロナ禍で17回社員の出勤体制を変更

足立:御社のこれからのビジネスの柱になってくるもので、代替エネルギー以外ではどの分野に注目されていますか。

小林:当社はもともと繊維や食料、住生活など、日常生活に密着した分野に非常に強い総合商社です。人材も資本も多くをその分野に投資しています。ですから、SDGsのなかでも、脱炭素や環境保全ということだけではなく、あらゆる分野において幅広く貢献していけると考えています。

例えば今、このコロナ禍で多くの人が苦しんでいますが、当社はそうしたなかでも人々が生活をつつがなく送れるよう、消費生活を支える基幹産業を担っています。例えどのようなことが起こったとしても、社会のなかで、当社がその役割を果たし、人々の生活を担保していきたいという強い思いがあります。

コロナ禍が始まった昨年、多くの社員が、例えばファミリーマートや、総合食品卸である日本アクセスの現場、住宅の現場、情報通信の現場など、あらゆる部門の現場に配属されていました。この社員たちの頑張りがあったからこそ、例え緊急事態宣言下であってもスーパーやコンビニでは何でも普通に物を買うことができたと言えます。外出の自粛やマスクの着用など大変なことはたくさんあるけれど、日常生活は普通に送れている。それができているのは、われわれのような、消費生活を支える基盤産業があるからであり、社員の一人ひとりがその産業を支える一員だと思っています。

足立:コロナ禍でクローズアップされた、いわゆるエッセンシャルワーカーですね。

小林:われわれの仕事は、現場に電話して「調子はどうですか?」と聞くだけで終わらせるということはとてもできない。したがって、できるだけ会社に来て現場を支えに行こうという精神性が強く、どこの商社よりも出社率は高かったと思います。ただもちろん、社員の安全が最優先ですから、どこの企業よりも早く全社に遮蔽板を設置し、消毒体制も万全にしました。また、世の中のコロナの感染状況に応じて2021年6月までに累計17回も出勤体制を変更しました。私たちはこのようなきめ細やかなやり方を通じ、本社内の感染状況を極小に抑えた上で人々の消費生活を守り抜いてきたという自負があります。

今、誰もが切望していることはコロナ禍からの脱出であり、その最大の有効策がワクチン接種です。当社では、職場内で社員をはじめ地域のエッセンシャルワーカーの方々へのワクチン接種がどこよりも早く開始できるよう、関係省庁と準備を進め、職場接種が本格的に始まる6月21日から接種を開始しました。社員のほかに東京・大阪本社ビルで勤務するグループ会社の社員、ビルの受付や警備、清掃、食堂業務の委託先社員など正規、非正規を問わず希望者約6000人、そして事業所内託児所の運営を委託するポピンズ(東京・渋谷)を通じて、コロナ禍でも在宅勤務が許されない同社の東京・大阪の保育士約1500人の方々へのワクチン接種も同時に進めています。接種会場の運営方法やマニュアル、スタッフの役割分担、接種状況などはすべて毎日ホームページで状況を開示し、希望する企業の関係者には見学もできるようにすることで、日本企業全体の職域接種を後押しし、ワクチン接種率のスピードアップに貢献したいと考えています。

労働生産性は10年間で3.5倍に

小林:私どもはよく働き方改革の先兵だと言っていただくこともあり、これからの働き方改革はどう進められるんですかと聞かれることがあります。はっきりしているのは、これから先、どのようなことがあってもわれわれの使命である、誰もが消費生活を不自由なく送れるための社会を実現させていく、ということです。若い社員たちが、この1年、各現場で頑張ってきたグループ社員の活動を自主的にまとめて製作した「感謝を贈る動画」も公開されていますので、ぜひご覧になっていただきたいです。

足立:御社は商社のなかでももっともお客さまに近い、生活者に近いところにあり、その生活を細かく支えているということですね。

小林:そうです。当社の成り立ちからしてそうですし、この1年を通じてますますその傾向がはっきりしました。当社は資源ビジネスもやっていますけれどもそこを原点とする会社ではありません。ビジネスの根幹に消費生活を支える基盤産業があるからこそ、他の商社との差別化も図れますし、景気に左右されることなく、常に高収益を上げることができる経営体質ができているということです。

足立:なるほど。それが安定的な収益にもつながっているというところが御社の特色であるのですね。

小林:はい。当社は、労働生産性を上げることを目指しています。なぜ労働生産性にこだわるのか。それは、どこの商社よりも人員数が少ないからです。3〜4割少ない。それでも今期は業界トップの純利益を上げることができました。これは、一人当たりの生産性が高いということです。そして、この一人当たりの生産性を高くするための施策を徹底的に行っていることが当社の特色です。社員一人ひとりのモチベーションを上げ、能力を高くし、そして全員が健康でなければいけません。こういうことを行った結果、生産性が上がり、岡藤正広がCEOに就任してからこの10年で労働生産性は3.5倍になりました。その一方で、私どもは株主さまにもちゃんと還元をしております。株価もこの10年で4倍以上になり、株式配当も約5倍になっています。従業員の給料は、年収ベースでいくと、この10年で30%ほど上がっています。ですから株主さまにも社員にもしっかり還元していると言えると思います。

足立:労働生産性を上げ、給料も上げるというのは社会にとっても必要なことです。日本の場合、一人当たりの労働生産性がずっと変わらないどころか相対的に見れば下がっているのが大問題になっています。先ほどの「三方よし」の観点から言っても、やはり自分に余裕がないと、なかなか特に「世間よし」とは言えないと思います。そう考えると、やはり労働生産性を上げていくのは企業にとっては非常に重要な課題で、御社のようにこの10年で3.5倍に上がったというのは素晴らしいことですね。

サプライチェーン全体への責任感高まる

足立:ところで、企業活動に関連してもう一ついま注目が集まっている課題がサプライチェーンだと思います。サプライチェーンは商社にとってもいちばん重要な部分ですが、サプライチェーン上の企業やすべての人を含めて豊かにしていかないと、本当の意味で「世間よし」ということにはならないと思います。その辺りはどのようにお考えでしょうか。

小林:私どものビジネスで、特に商社の持っているサプライチェーンというのは広大なものがありますが、その全体を見ていく必要が生じてきます。これは、それに応じたリスクが発生するから、というよりも、一企業としてサプライチェーン全体に対する責任が強く求められるようになっているからです。ですから、私どもが新規にお取引きするサプライヤーの方々に対しては、当社の人権や環境などに対する考え方であるサプライチェーン・サステナビリティ行動指針をお示ししています。私どもはこういうビジネスをやります、ということをご理解いただくものですね。

この取り組みは、2013年度に既存の4000社以上に通知して以来、すべての新規サプライヤーに続けています。そして毎年、300社強の影響力の大きい取引先については個別のモニターをおこない、問題が発生していないかということを常時監視しています。それから、これから投資していこうという案件についても、投資前に「ESGチェックリスト」や「投融資委員会」で問題がないかということを事前に確認しています。今後もこの体制を強化することはあれ、疎かにすることはできません。

足立:いちばん気をつけて見ておられるのは、やはり人権上の問題ですか。

小林:そうですね。今は新疆ウイグルの話もあるので、世界的に人権問題がクローズアップされていますし、人権が問題になるケースはやはり多いものですから、注意しています。ただ、人権といっても、労働に関する人権だけでなく、ジェンダーに関するものなどさまざまですので、それらを総合的に見ています。

足立:私は、サプライチェーン上の森林破壊などが生物多様性に及ぼす影響にどう対処するかが専門です。今、サプライチェーン上で間接的ではあっても森林破壊に一切加担しないということを宣言する企業が日本でも少しずつ、世界的にはすごい勢いで増えています。そこでぜひお聞きしたいのは、メーカーさんとお話していると必ずといっていいほど、「うちはメーカーで、原料は全部商社さんにお願いしている。商社さんに頑張ってもらわないと、なかなか上流の方のことは対処できないんですよ」と言われる。そのぐらい、商社に対する期待が大きいのを感じるんです。それに対してはどう思われるでしょうか。

小林:実は私、以前は木材の輸入にずっと関わっていまして、国によっては森林環境などの環境リスクが高い木材があることは認識しています。もっとも昔は森林を伐採し、それを加工して建材にし、輸出するということは現地の住民の生活の向上に役立つんだというような考えがまかり通っていました。しかし当社も今は、扱う木材についてはほぼ100%が認証材で、ご指摘されたような問題に対する最大限の配慮を行っております。

足立:そうですね。森林は今、認証材の普及が進んでいるのでわりと改善してきていると思います。一方で、森林を畑にし、そこで大豆栽培や牧畜をしたり、そういう木材や紙パルプ以外の商品への配慮が、日本企業はまだ足りないんじゃないかと最近は言われるようになっています。御社の取引先にもたくさんの日本のメーカーさんがいらっしゃると思いますが、そういうところはなかなか自分たちだけではできなくて、専門性の高い商社頼みのところがあります。そこの辺りも、御社にとって、これからの重要なステークホルダーであるというか、「三方よし」のなかの「世間」に当たるのではないかなと思いました。

小林:リスク商材は、パーム油やゴムなどいろいろありますが、カカオやコーヒー豆などやはり食料関係が多いですね。今、それを一つひとつ、サプライチェーン上でどういう問題が発生しうるのか、その何がリスクなのかということを検証しています。ゴムなどはブロックチェーンの活用でトレーサビリティがかなり確保できるようになってきていますので、伊藤忠のグループ会社で先鞭をつけたいと思っています。このように商品ごとにスピードは違いますが、順次対応を進めています。

足立:食料に関しては、今年9月に国連食料システムサミットがあり、今後、食料システムの変革をしないと、70億人から90億人へと増える世界の人口は支えられないということが言われていますね。ここは、伊藤忠商事のような商社がバリューチェーンを一気通貫でしっかりと良い方向へもっていくということが求められていると思いますし、そこはビジネスチャンスでもあります。日本を代表する商社である御社にそういう役割を担っていただくことを期待しています。

小林:ありがとうございます。当社は食料に関しては、川上から川下まで幅広くビジネスをやっておりますので、例えばアニマルウェルフェア(動物福祉)やGHG排出量削減の観点から代替肉の開発にも、日本ではまだまだこれからですが、アクセルを踏んでいかなくてはならないと考えています。

社員全員が折に触れ「伊藤忠兵衛記念館」へ 近江商人の原点に触れる

足立:最後になりますが、改めて御社のなかで創業者の「三方よし」の精神が、どのように今に引き継がれているかをお聞かせください。

小林:近江商人発祥の地である滋賀に、創業者の初代伊藤忠兵衛が明治時代に建て、2代目伊藤忠兵衛が生まれ育った旧邸を今に残した「伊藤忠兵衛記念館」(犬上郡豊郷町)があります。これだけ大きな会社になった今でも、そこへ多くの人をお連れするんですね。当社でいえば、新入社員もそうですし、海外の幹部候補生や、あと、課長や役員などに昇進したタイミングにも必ず行きます。とても質素なつくりの日本家屋なのですが、初代忠兵衛が生活していた頃の暮らしぶりや、八重夫人の活躍、また現在の総合商社の基礎を築いた二代目忠兵衛の業績がよく分かる。伊藤忠商事の教育の原点があるんです。ここに行くと、われわれ日本人は特に、創業者の過去の環境に対するシンパシーを感じますし、それが「三方よし」の精神性の理解を助けると感じます。社員はみなその思いを共有していると思います。

対談を終えて

足立直樹

記事のなかにもあるように、近江商人の精神を表す言葉としてあまりに有名な「三方よし」。実はこれは後世の研究者が作ったものであり、その元になったのが伊藤忠商事の創業者である伊藤忠兵衛が残した言葉でした。伊藤忠と「三方よし」はこのように直接的につながるものではあるとしても、なぜ今あえて再び「三方よし」を企業理念にしたのか、今回とても興味深くお話を聞きました。

なかでも印象的だったのは、かつて近江から他国へ行商し、信用を頼りに商売を続けた近江商人の姿勢を、伊藤忠が基本的な経営スタイルとして綿綿と受け継いできたということです。それはコロナ禍の行動にも現れていたと思います。日々の生活を支える物資の供給を滞らせないための頑張り、そして緊急事態宣言が解除されるや、原則出社して、現場で働き続ける社員やビジネスパートナーの方々と苦労を共有する。お客様はもちろん、社員やビジネスパートナーとの信用を守ったわけです。

また、財閥系商社が大規模な資源権益を中心としたビジネスで大きく稼ぐなか、一人ひとりの個人の生活を支える非資源分野に力を入れてきたことも、近江商人の商売のやり方と重なるものであり、そこでも信用が大きな力を発揮したに違いありません。だからこそ、消費生活関連の小さな商品の積み重ねで大きな利益を得ることができたのだと納得しました。

ところで商品の信用といえば、これまでは高い品質や優れた性能、そして適切な価格でした。それを実現するためにさまざまな出来事があったとしても、そうしたことはあまり省みられず、お客様に届いた商品がすべてだったのです。

しかしこの何年かの間に、日本の消費者も企業も、商品に使用されている原料はどこから来ているのか、サプライチェーンにおける温室効果ガスの排出量は、さらにはサプライヤー工場や畑で働く人の人権はどうなっているのかなど、商品を見ただけではわからないサプライチェーンに関わる部分を気にするようになって来ました。つまり、サプライチェーンも含めたサステナビリティやエシカルが新たな「品質」=信用の基盤となる時代になってきたのです。

そして多くの日本企業もそのような新しい「品質」が気になりつつも、サプライチェーンまでは目が届かない、手が回らない、そこは商社さんに助けてもらわなくては、という声を多くの企業からお聞きします。であれば、ここがこれからの商社の力の見せ所であり、信用を第一にする伊藤忠の面目躍如となることでしょう。日本中を信用でつないで商売を広げた近江商人の精神が、現代的な「三方よし」の精神に昇華し、信用を基にしたこれからのビジネスのあり方を、今度は世界中に広げてくれることを期待しています。

文:廣末智子 写真:高橋慎一

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小林文彦(こばやし・ふみひこ)
小林文彦(こばやし・ふみひこ)

伊藤忠商事 代表取締役 副社長執行役員 CAO
1980年4月伊藤忠商事入社。2010年4月執行役員総務部長、2011年4月執行役員人事・総務部長、2013年4月常務執行役員、2015年4月CAO、2015年6月代表取締役常務執行役員、2017年4月代表取締役専務執行役員、2018年4月 CAO・CIO、2021年4月より現職。「働き方改革」の施策を次々に担い、「働きがい」のある会社への先駆的な取り組みを強力に推進。2013年からの「朝型勤務」、2017年からの「がんとの両立支援施策」など。社員一人ひとりが能力を最大限発揮することで、労働生産性向上を実現。

足立 直樹
インタビュアー足立 直樹(あだち・なおき)

サステナブル・ブランド ジャパン サステナビリティ・プロデューサー
株式会社レスポンスアビリティ 代表取締役

東京大学理学部、同大学院で生態学を専攻、博士(理学)。国立環境研究所とマレーシア森林研究所(FRIM)で熱帯林の研究に従事した後、コンサルタントとして独立。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役、一般社団法人 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) 理事・事務局長。持続可能な調達など、社会と会社を持続可能にするサステナビリティ経営を指導。さらにはそれをブランディングに結びつける総合的なコンサルティングを数多くの企業に対して行っている。環境省をはじめとする省庁の検討委員等も多数歴任。