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カーボンクレジットには「人権」の視点が足りない――「気候正義の基準」を作る取り組み

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Tracey Osborne
Image: Christopher Fragapane/Amazon Frontlines

途上国の気候資金不足を補う方法の1つが、ボランタリー炭素市場だ。しかし皮肉なことに、自然を利用したカーボンプロジェクトには、人権に関わる問題をはらむものもある。カーボンクレジットの信頼性を担保するさまざまな取り組みが進む中、人権と地域社会への影響に焦点を当てた、気候正義のための認証基準が開発された。この基準の先行プロジェクトとして、エクアドルでは先住民の人々が主導する森林保全プロジェクトが進められている。(翻訳・編集=茂木澄花)

1948年の国連総会で世界人権宣言が採択されて以来、世界は人権の歩みを進めてきた。しかし、拡大する気候危機に直面する今、全人類を守るため、特に気候変動の影響を受けやすい新興国や途上国の人々を守るために、まだやらなければならないことは多い。

気候変動対策の資金不足と人権問題

新興国や途上国では、気候資金の需要が特に大きい。COP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)では、2035年までに先進国が途上国に対して年間3000億ドルを拠出するという合意がなされたが、気候変動による大惨事を防ぐために必要な数兆円規模にはまだほど遠い。

気候資金を補う方法の1つが、ボランタリー炭素市場だ。うまく活用すれば、緩和と適応に向けた取り組みに資金を供給できる。そうした取り組みの一角をなす「自然に根差した解決策」(NbS:Nature-based Solutions)は、2025年まで世界の気温を2度未満に維持するために必要な緩和策の約20%を担う。ボランタリー炭素市場は、世界各地の先住民や地域社会のコミュニティ開発、レジリエンス向上、生活の質向上を支援する活動に資金を供給することも可能だ。

残念ながら、自然を利用した一部のカーボンオフセットプロジェクトは、人権に関わる問題を起こしてきた。「自由意志による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」の権利を侵害し、土地利用を制限し、不法に土地を没収するという最悪の事例さえあった。

こうした課題に対し、これまで複数の機関が、カーボンクレジットを発行するプロジェクトの監督、信頼性、透明性を改善する対策を講じてきた。信頼に足る炭素削減・除去の成果を出しながら、地域コミュニティも支援していることを確認するためだ。ボランタリー炭素市場インテグリティ協議会(ICVCM)によるコアカーボン原則米国商品先物取引委員会(CFTC)によるカーボンクレジット上場の手引き、ホワイトハウスによる「Voluntary Carbon Markets Joint Policy Statement and Principles(ボランタリーカーボン市場に関する共同政策声明および原則)」などがある。とはいえ、こうした対策の多くで重視されるのは、環境面での信頼性、炭素削減・除去の成果算定の正確性、追加性と永続性の確保だ。これらも公正な未来への一歩ではあるが、他にもやらなければならないことがある。

「気候正義の基準」を作る取り組み

私は学際的なチームとともに「クライメート・ジャスティス・スタンダード(気候正義の基準)」を開発してきた。自然を利用した気候変動対策の社会的な信頼性を裏付けるための枠組みで、カーボンクレジットを生成するプロジェクトと、気候に関する「貢献モデル」の両方に対応している(貢献モデルとは、企業の炭素排出量に基づいてオフセットするのではなく、最大の影響が期待できる取り組みに投資すること)。この基準は、柔軟性を保ちながら、高品質なプロジェクトへの貢献を担保する。ここで言う高品質なプロジェクトとは、生物多様性を守り、気候変動を緩和するだけでなく、その土地に根付いた人々に社会経済的利益をもたらす取り組みのことだ。

こうした改革をすでに体現している将来有望な事例がある。「クライメート・ジャスティス・スタンダード」の先行プロジェクトとしてエクアドルで実施されている「Kawsay Ñampi(人生の道):命ある森の保護・保全プロジェクト」だ。主導するのは、エクアドルのアマゾンにあるサラヤク村に住むキチュア族の人々。この事例から、自然に根差した気候プロジェクトがいかに先住民や地域社会に力を与え、気候変動対策を進展させ、生物多様性を守り得るかが分かる。気候資金の需要が高まる中で、グローバルサウスに富を分配するための有望なモデルだ。

同プロジェクトでサラヤク村の人々は、地元住民を基盤に、森の警備と技術的なモニタリングを行うチームを雇用している。このチームは、環境に関する先祖伝来の知識と、しかるべきテクノロジーの両方を活用する。これにより、生物多様性と森の健康状態をモニタリングし、生態系への妨害や危機を検知し、域内への侵入を管理する。私は、サラヤク村の人々が自分たちの土地での石油開発や違法な伐採・搬出に立ち向かう姿を見てきた。彼らの土地はこうした脅威に今もさらされ続けている。

プロジェクトの収益は、森をパトロールし、炭素と生物多様性を継続的にモニタリングするための資金となり、サラヤク村の人々が長年担ってきた森の管理者としての役割を続けるための力となる。そこには、村の土地やその周辺から資源を採取する活動への抵抗も含まれる。また、開発と生活の質向上に向けた地域計画の資金にもなる。社会的な責任を果たしている企業や組織の中でも、特に土地に根付いた人々が主導する気候変動対策や、持続可能な開発目標(SDGs)との整合性を重視している企業や組織に対し、資金提供を呼び掛けている。

ただし、「Kawsay Ñampi」は、カーボンオフセットのためのプロジェクトではない。他のカーボンプロジェクトと同様に厳しい認証プロセスを経ているものの、クレジット購入者に対し、炭素削減やカーボンニュートラルをうたうことを認めていない。あえて他と違う対応を取るのには、カーボンプロジェクトが、あくまでバリューチェーン全体で求められる脱炭素の取り組みを補完する手段だという認識を広める意図がある。

同プロジェクトは、幅広い成果を認識する気候緩和の「貢献モデル」を採用している。幅広くSDGsを支援したいと考える企業は、このモデルを採用することで、社会的・環境的影響を複数持つプロジェクトを支援し、気候変動対策に貢献できる。

「Kawsay Ñampi」プロジェクトは、環境的な可能性と社会的な可能性の両方を重視することで、公正かつ自然に根差した気候変動対策の未来に向けた道筋を示す。

森林破壊の主な原因にアプローチし、幅広く気候緩和に取り組み、生物多様性を高める。そして何より人権を守る。そのためには、改革の進むボランタリー炭素市場を含め、使えるものは全て取り入れていかなければならない。「クライメート・ジャスティス・スタンダード」などの枠組みを活用することで、自然に根差した解決策と市場のメカニズムを通じて、気候変動と闘いながら効果的に人権を保護することができる。