菌糸体と廃棄物で循環型建材をつくるスタートアップ2社
菌糸体でつくられたパネル Image credit: Mogu srl
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建築・建設業界は、世界全体の廃棄物の約3分の1を、CO2排出量の約4割を排出しているといわれる。コンクリートとセメントだけでも世界の温室効果ガスの約8%を占めているにもかかわらず、それらの需要は過去20年間で3倍に上昇している。建築・建設業界は自然環境に大きな負荷を与えているだけではない。沿岸都市のなかには建物の重さによって沈下している地域もあるのだ。
人口増加が進み、民間と公共の建物のどちらの需要も増えるなか、どうすればコンクリートジャングルをより環境に配慮したものにできるだろうか。(翻訳・編集=小松はるか)
マッキンゼーの報告によると、建造環境において循環型の建設や保守を取り入れることで正味価格にして1100億ユーロ(約17兆円)の価値がもたらされ、2050年までにセメントとコンクリートからの総CO2排出量の約80%を脱炭素化できると見積もっている。麻(ヘンプ)を使ったコンクリートのような素材「ヘンプクリート」を使った住宅や、廃棄木材のアップサイクル、CO2を吸収するコンクリートの開発など、イノベーションを起こす事業を展開するスタートアップは膨大な可能性があることを示している。
今回紹介するバイオテクノロジー・スタートアップ、Mycocycle とMoguの2社は、菌糸体を使って産業廃棄物を安全で吸音できる素材に変えることで、コンクリートを使わない未来がすぐそこに来ている、あるいは足元にあるかもしれないことを示唆するような解決策を生み出している。
Image credit: Mogu srl
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Mycocycle (米国)
Image credit: Mycocycle
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Mycocyle(マイコサイクル)の創設者ジョアン・ロドリゲス氏は、数十年にわたって環境コンサルタントや、建材製造の分野でサステナビリティ・リーダーとして働いてきた経験から、建設事業で使われ、捨てられる化学物質がもたらすマイナスの影響を熟知している。
ロドリゲス氏は、パーマカルチャー・デザインのコースを受講したことで、アイデアが湧き、菌学者を採用して菌類がアスファルト材料を分解できることを証明することになった、と米サステナブル・ブランドに経緯を語った。2018年、彼女は自然からヒントを得たバイオテクノロジーを扱う会社をイリノイ州で設立した。それ以来、「人間が生み出した問題をキノコで一つずつ解決する」ことに取り組んでいる。
「バイオミミクリーとシステムデザインを実践する者として、私は常に自然からインスピレーションを得てきました。Mycocycleは菌類の自然な機能を最適化することによって、工業原料のサプライチェーンにおいて温室効果ガスを削減しながら、廃棄物を価値に変えることができるのです」
Mycocycleが調達したアスファルトシングル(屋根材)や繊維、ゴムなどの廃棄物をバイオプロセッサーMYCOntainerの内部に置くと、菌糸体は基板から建設廃棄物に広がっていく。2週間の培養後、生分解性で耐水・耐火性の完全に新しい資材ができる。廃棄物1トンにつき3トンのCO2排出量を削減できると同社は見積もっている。Mycocycleが特許出願中の菌糸体を使った製品であるMycoFILLやMycoFIBER、MyycoFOAMは、フローリングや天井、コンクリートから家具に至るまであらゆるものに使える。
ロドリゲス氏は、起業をしたこと以外に彼女にとって最大の挑戦となったのは、世に初めて出る技術を開発するというビジネスを、真に理解できる科学者を見つけることだった、と語る。しかし、数年間の厳密な研究ののち、Mycocycleはシードファンディングで370万ドル(約5億5000万円)以上の創業資金を呼び込み、バイオミミクリー・インスティチュートの2022年事業支援プログラム「Ray of Hope Accelerator」の参加企業にも選ばれ、80万ドル(約1億2000万円)以上の商業契約を結び、指数関数的成長を見込む。
同社は2024年6月、床材メーカー大手Tarkett(タルケット)社との提携を発表した。ロドリゲス氏は「提携を結んだのは、フローリング廃棄物の大規模処理を行い、Tarkettの廃棄物とMycocycleの処理過程から生まれる素材の再利用につながる、新たな製品の展開方法を探るためです。この提携により、Mycocycleはその処理方法を業界全体の材料にまで拡大することができるでしょう」と語る。
Mogu (イタリア)
Mogu
の吸音パネル Image credit: Mogu srl
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Mycocycleと同じく、廃棄物を価値に変え、実用的かつ環境に配慮した材料を開発するイタリアのMogu(モグ)社は循環型の床材、防音パネル、壁板を製造する専門企業だ。同社のForesta吸音パネル設計システムは、2022年ドイツ・デザイン・アワードのエコデザイン部門を受賞している。
Moguは、菌糸体を使った素材のけん引役でありMoguの持ち株会社SQIMの代表を務め、SQIM の共同創業者兼CMO(チーフ・菌糸体・オフィサー)であるマウリツィオ・モンタルティ氏が2015年にイタリアで設立し、人間と自然にとって安全な製品を供給している。
Moguのマーケティング・コミュニケーション部門でマネージャーを務めるパオラ・デンゴ氏は「全ての材料は、アレルギー化合物や揮発性有機化合物に関する厳しい検査を受けています」と話す。
同社の100%プラスチックフリーの生分解性素材は、麻くずや綿、リグニン、カキ殻など農業・食品産業から出る残渣(ざんさ)から作られている。デンゴ氏は「こうした残渣は、菌糸体が成長するために必要となる栄養価の高い成分を供給し、また通常は豊富にあるにもかかわらず十分に活用されていません。ですから、私たちが考える持続可能な素材の生産に最適なのです」と話す。
性能要件を満たすために、床材「FloorFlex」のような製品には非生物学的な素材が低いパーセンテージながら含まれており、それによって製品の分解を防ぐことはできないものの、遅らせることはできるようになっている。「私たちは、品質や性能に妥協することなく、非生物学的な原料への依存を減らすために、新たな製法を積極的に研究・開発しようとしています」と話した。
同社のパートナーは、デザインスタジオからファッションブランド、米ゲンスラーのような大手建築事務所まで幅広い。
デンゴ氏は「こうしたパートナーシップを結ぶことによって、当社は菌糸体を使った素材をさまざまな方法で活用し、多用途性や持続可能性を示すことができています。パートナーシップを通じて、私たちはさまざまな分野で環境に配慮した素材が、より広く採用されるよう促進することを目指しています」と語る。