サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

深刻化する山火事にデジタル技術で挑む――リモートセンシング技術を活用した米パデュー大学の研究

  • Twitter
  • Facebook
Sustainable Brands
Image credit: Purdue University

米国で山火事が深刻な問題になる中、米インディアナ州のパデュー大学には、山火事対策の研究に尽力する研究者たちがいる。同大学のデジタル森林管理研究所(Institute for Digital Forestry)は、リモートセンシングによって樹木を1本ずつ詳細に調べ、ある地点での山火事の発生可能性とその規模の特定につながる研究を行う。また学際的な連携も呼びかけており、同大学内のさまざまな分野の研究者らがそれに応じて研究を発展させている。(翻訳・編集=茂木澄花)

気候変動によって、直視せざるを得なくなっている現実の1つが山火事だ。米国立省庁間火災センターによれば、2024年1月1日以降、米国内だけで2万3405件の山火事が起こり、281万7728エーカー(約114万ヘクタール)が焼けたという。7月9日時点で、米国全土で管理下にある活発な山火事は69件にのぼり、それによってすでに61万2376エーカー(約25万ヘクタール)以上が焼けている。

世界中の土地管理者や政府は、何十年にもわたり、あらゆる手段で山火事の増加と闘ってきた。ドローン人工衛星、人工知能(AI)ガスセンサーといったさまざまな技術のおかげで、早期検知の能力は向上している。

パデュー大学のデジタル森林管理研究所の研究者たちも、リモートセンシングによるさまざまな解決策を開発中だ。ある地点における山火事の発生可能性とその規模を特定する能力を高められる可能性があるという。

「私たちはデジタル技術を使って、樹木を1本ずつ、根から葉にいたるまで調べることができます」。同研究所長でリモートセンシング学科長のソンリン・フェイ氏はこう説明する。「重要かつ実用的な情報を提供できる規模で、山火事のリスクをマッピングしています」

フェイ氏のチームは、ある地域の森林の環境について重要な知見を得るため、「デジタルツイン」を作成している。デジタルツインとは、現実の空間の情報を取得し、コンピューター上で再現する3Dの技術だ。建物から包装まで、あらゆるものを最適化するために広く使われるようになってきている。このデジタルツインによって、火事の詳細なモデル化とシミュレーションが可能となり、一般向けの教育普及活動にも役立っている。

フェイ氏によれば、同チームが作成しているデジタルマップを使うと、物流の改善によって木材の品質と量が把握しやすくなり、持続可能な森林管理にもつながるという。

山火事と闘う、多様なイノベーション

同大ではこうした山火事の研究を深めるため、学際的な連携も進めている。土木工学科教授のアイマン・ハビブ氏が率いるチームは、航空機や、人が背負うバックパックにセンサーを搭載し、中高度から近距離までのセンシングを行う。これにより森林の画像やサーモグラフィ、LiDAR(光によって対象物までの距離やその形を計測する技術)による情報を得ることができる。

「森林の地表面のモデルを作成するため、データ分析の戦略開発を進めています。また、樹木の残骸の検出や、樹齢が若く背の低い樹木、低木、茎の柔らかい植物といった、低木層の把握にも取り組んでいます」とハビブ氏は述べる。

航空宇宙工学の教授であるジェームス・ガリソン氏のチームは、最近「スヌーピ(SigNals Of Opportunity: P-band Investigation)」と呼ばれる人工衛星を国際宇宙ステーションから打ち上げた。衛星通信を転用して、地球をリモートセンシングし、森林地帯の生物量と水分量を測定できることを実証する計画だ。

「理論上、スヌーピの観測によって、地表上の生物量と草木に含まれる水分量を測定できます」とガリソン氏は話す。「山火事リスクを予測するために、これらの変数が、土壌水分量とともに非常に重要です」

コンピューター科学の教授であるベドリッチ・ベネス氏は、コンピューターを活用して植生を研究するグループを率いる。主眼を置いているのは、森林の再生と、植物の機能レベルでのデジタルツインの作成だ。この研究グループは、樹木の体積を測定できる3Dのデジタルツインを使い、大規模森林火災を再現することを計画している。

「多くの場合、森林火災は樹木単位でシミュレーションしますが、それでは樹木内部の構造を捉えられません」と、ベネス氏は主張する。「私たちがやりたいのは、個々の枝や葉のレベルでのシミュレーションです」

森林と天然資源の教授であるマイケル・ジェンキンス氏と、土木工学の准教授であるジンハ・ジョン氏は、協働プロジェクトを進めている。テネシー州のグレートスモーキー山脈国立公園で、森林の燃焼性を図るプロジェクトだ。

「すでに開発されているデジタル森林管理技術を複数使いたいと考えています。特にLiDARによって、垂直方向と水平方向の燃料分布を調べ、それが炎の広がりをどの程度促進するのか、もしくは阻害するのかを見たいです」。ジェンキンス氏はこう話す。「地面を見て、生態学的な意味を考える必要があります。私たちが特に関心を持っているのは、南アパラチア山脈に生息する一部の常緑樹の低木です。そうした低木の高さや植生を解析することに興味があり、その種類を調べられる可能性もあります」。ジェンキンス氏の説明によれば、そうした低木が地表面の炎を大幅に増幅させる「ラダー(はしご)燃料」となる可能性があるという。

また、ともにコンピューター科学学部の准教授であるダニエル・アリアガ氏とアニキット・ベラ氏も協働しており、デジタル技術を応用して都市火災の分析を行う。

アリアガ氏とベラ氏は今回、衛星データを使い、米国の全ての州のうち人口10万人以上の330都市について、樹木と建物のデジタルインベントリ(目録)を完成させた。アリアガ氏によれば、取り組みたい課題の1つは「火災の発生と伝播の可能性を減らすために、変更あるいは実施すべき都市政策やルールは何か」ということだ。

都市における森林火災の研究は「消防署や消火栓をどこに設置すべきか」といった一見単純な疑問にも答えを示す可能性がある。

アリアガ氏のチームは、2018年にカリフォルニア州で発生した山火事「キャンプファイア」に端を発した調査も実施した。メンバーの研究者たちは、衛星データのアーカイブを使うことで、山火事前後の全ての樹木の記録を作成できることに気付いたのだ。

都市部の森林火災の研究は、山火事に比べて少ないとベラ氏は言う。「研究はされていますが、煙やガス、もしくは炎自体がどのように広がるのかといったところまでは調べられていません。都市部の環境における、より良い予測モデルを作ることができないだろうかと考えています」

* * * * * * * * * * * * * * *

デジタル森林管理研究所が目指すのは、都市部と地方の森林を観測し、モニタリングし、管理するデジタルプラットフォームと戦略を開発すること。そして、社会、経済、環境への利益を最大化することだ。

「『地球上の全ての木を観測する』というスローガンを掲げ、大きくて野心的な目標に向けて自分たちを鼓舞しています」とフェイ氏は言う。「自らが持っている資源の質と量を知っていれば、優れた管理者になれるのです」