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米国で上場企業の気候リスク開示義務が決定、スコープ3のGHGは除外――企業に求められる新たな対応

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Tom Idle
Image credit: PIXABAY

米国証券取引委員会(SEC)は今年3月、企業に気候関連情報の開示を義務付ける規則を採択した。当初案に対する反発を受け、最終規則ではスコープ3の排出量開示義務を外すなど譲歩した形だ。新規則に対する賛否は分かれている。とはいえ、世界的に気候関連情報を開示する流れが広がっているのは確実なため、今回は規制の対象とならない企業や内容についても、開示準備を進めることは重要だ。(翻訳・編集=茂木澄花)

注:オリジナル記事公開後の2024年4月4日、SECは同規則の施行を一時停止すると発表した。規則の見直しを求める訴訟が相次いでおり、司法判断を待つため。

ついにSECが、企業による気候リスク開示の義務化を採択した。この規則案は、長らく「節目となる決断」として注目されてきた。

今回の最終規則では、すべての上場企業に対して、事業が抱える気候変動リスクと、そうしたリスクを管理するために行っている取り組みを、年次報告書で説明することを義務付ける。重要な気候関連目標とガバナンスの過程についても開示の対象だ。

SECの委員長を務めるゲイリー・ゲンスラー氏は、今回のSECの最終決定によって、投資家に「一貫性があって比較可能で、意思決定に有用な情報」が提供されると語る。しかし、当初提案された内容は過去最大級の反発を受け、最終決定は当初案から縮小された形となった。最も大きな変更点は、企業にとって算出が難しいスコープ3の温室効果ガス(GHG)排出量を開示する義務が一切課せられないという点だ。

また、企業が同規則の遵守のために体制を整備できる準備期間も延長された。大企業が大部分の開示を行う義務が発生するまでにはまだ2年近くあり、GHG排出情報に関する開示体制を整備できる期間は3年、保証取得までの猶予は6年ある。

対象企業に求められる対応

さて、これらのことは、企業にとって何を意味するのだろうか。この規則には多くの複雑な構成要素がある。対象となる企業の経営陣には、内容を読み込んで理解し、情報開示を始めるために準備することが求められる。

開示が求められる情報の多くは、大企業にとってなじみのあるものかもしれないが(スコープ1とスコープ2におけるGHGの個別開示など)、一部目新しいものもあるだろう。例えば、異常気象が収益にどのような影響を与えるかを把握し、ハリケーン、海面上昇、洪水等から設備や資産を守るために行っている投資の詳細を開示する必要がある、といったことだ。また、企業に悪影響が及ぶとすれば、どういった損失が想定されるのかも説明しなければならない。さらに、取締役会や経営陣の構成を示し、気候関連リスクの管理をいかに監督できるのかを説明する必要もある。

デロイトによれば、「フォーチュン500」に入っている企業の97%が、最新の年次報告書で気候変動に言及している。つまり、企業は自社と気候危機の関係を、より意識するようになっている。しかし、現行の開示は概して、規制拡大や社会的信用の低下などのリスク要因に焦点を当てたものだ。新たなSEC規則ではより幅広い開示が求められるため、多くの企業は開示担当部署とスキルに投資する必要があるだろう。

新たな開示規則に対し賛否が分かれるも、世界的な開示の潮流は変わらない

言うまでもなく、新しい開示義務は投資家にとって朗報だ。米国の宗教系機関投資家協会ICCR(Interfaith Center on Corporate Responsibility)は、SECの規則を歓迎する声明を発表した。ICCRの加盟団体数は約300で、その運用総額は4兆ドル以上にのぼる。ICCRのCEO、ジョシュ・ジンナー氏は「(SECは)財務報告における気候関連情報の標準化を実現するために、2年以上にわたって持続的に取り組んできた」とたたえた。

一方、企業のカーボンフットプリントの大部分を占めるスコープ3の排出対策を開始するきっかけが失われたことを嘆く声もある。

サプライチェーン排出量の開示が今回の規則に組み込まれていれば、データの入手可能性が高まり、スコープ3への取り組みの重要性が浮き彫りになったはずだ。企業のGHG開示を支援するコンサルティング会社、エコアクト・ノースアメリカのCEOを務めるウィリアム・タイセン氏は語る。「スコープ3の排出量は、企業が環境に与える影響を把握するうえで必要不可欠な側面だ。スコープ3の(データの)整合性には懸念もあるが、(今回の規則に盛り込まれていれば)GHG会計の改善が促進されたことだろう」

スコープ3の開示義務が見送られたことについて、スコープ3との連携の専門家であるオリバー・ハリー氏は「理想ではないが、政治的に圧力のかかった現在の状況を考えれば、意外なことではない」と言う。しかし、企業がスコープ3への取り組みを始める方法は数多くある。同氏は「この数週間で、ビジネスと調達のリーダーたちが大きく動き始めている。入札とサプライヤー選定の評価基準に、カーボンプライシングを加えるための方法論を共同で開発する動きだ。これにより、サプライヤーが脱炭素化することで競争優位を確立できるという、大きなインセンティブが生まれるだろう」と話す。

米実業界は、最終規則に含まれる多くの新しい項目に対応するとともに、それに伴って発生し得る法的な課題にも備えなければならない。多くのESG方針と同じく、今回のSECの決定には、米国中が政治的にかなり手を焼いている。今回の決定はビジネスを妨げる革新主義的な政治行為の一例でしかない、と主張する人もいるためだ。

しかし、世界の他の地域の政策的進展を考慮すれば、今回の新規則は決して大きな意味を持つものではない、と言う評論家も多い。

海外(あるいはカリフォルニア州)で事業活動を行う米国企業であれば、気候とESGに関する開示スキームについて、すでによく知っていることだろう。任意・必須ともに、直近2年間で多くの開示スキームが制定されている。特に広く知られているのは、IFRSサステナビリティ開示基準EUの企業サステナビリティ報告指令(CSRD)と関連する欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)だ。SECの最終規則は、GHGプロトコル気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などによる、既存の開示枠組みの内容を基にしている部分が多い。とはいえ、今回のSECの規則が扱うのは、幅広いESG課題の中でも気候関連の開示のみだ。

「今回の規則に、ほとんど意味はない。いずれにせよ開示の流れは来ているからだ」。ESGコンサルティング会社エボラ・グローバルの創業者エド・ガビタス氏はこう話す。「SECの規則がどうであれ、企業はサステナビリティ報告に関する行動計画を立てるのに二の足を踏んでいてはならない。世界、特にEUとアジアでは義務化が広がっている状況だ。気候関連の開示を期待する投資家も増えている。今回の米国の規則によって、新たに開示を始める際のハードルは上がるだろう」

米国では、気候リスク開示の強化に向けて準備をすべきときが来ている。新たな開示規則に対しては賛否が分かれているが、世界的に開示の流れが広がっているのは確かだ。企業には、開示体制を整備するための多面的な戦略が求められている。