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広告制作にも脱炭素の波 カンヌライオンズではCO2排出量の開示が推奨事項に

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Tom Idle
Photo by Brands&People on Unsplash

広告の制作や展開の過程で発生するCO2排出量の測定・削減が求められ始めている。米国の広告業界誌『アドウィーク』は、スーパーボウルの開催期間中に展開された広告のCO2排出量を概算した。広告業界でもようやくサステナビリティを理解しようとする機運が高まってきている。

企業や広告代理店は、自社のパーパスを知ってもらうことと、企業としての責任や気候変動に取り組むことの適切なバランスを見極めなければならない。そして、自社が単独で世界の課題を解決しているかのように誇張しないことも必要だ。

フランスでは、化石燃料を生産する企業の広告はすべて禁止されている。航空会社など、高炭素産業に関連する企業はいまや、タバコの警告表示のように気候危機に加担することを示さなければならなくなった。自動車メーカーも同じだ。自動車に乗るよりもウォーキングやサイクリングの方が環境に良いという免責情報を伝えなければならなくなっている。消費財を扱う企業はグリーンな商品だと広告で謳う場合、その主張を裏付ける証拠を示さなければならず、さもなければ高額の罰金を科せられる。

こうした中、広告業界は広告の制作・撮影・展開という一連の過程で生じる環境・社会への影響に対処し、取り組みを本格化し始めている。一方で、デジタル広告はサプライチェーンが複雑で、広告取引の量も膨大なため、CO2の排出量が非常に多く、実際に取り組むのは簡単なことではない。

メディアや広告の脱炭素化を支援するソフトウェアの開発企業「スコープ3」のブライアン・オケリーCEOが言うように、「広告が環境問題を生み出しているというのは一見すると想像しづらいかもしれない。しかし、広告はインターネットを使い、世界経済に資金を投資し、経済を動かしている」。

今年に入り、米デジタルメディア企業のヴォックスメディア(Vox Media)やヤフーなどいくつかのプラットフォームは、スコープ3のテクノロジーを使い、広告主が自社広告に関連する温室効果ガスの排出量を追跡・記録するための支援に乗り出した。

一方で、ニューヨークに本拠を置く広告代理店「アセンブリー(Assembly)」は「クリーン・メディア・ラボ(Clean Media Lab)」を立ち上げると発表した。クライアントが広告関連のCO2排出量を監査できるツールで、オムニチャネルの広告キャンペーンから生まれるCO2排出量を追跡する。

世界の大手広告代理店にも動きがある。電通やWPP、ハヴァス、メタなどが連携し、広告業界をネットゼロに導くために「Ad Net Zero」を立ち上げている。これは、5つのアクションプランに則って広告の開発、制作、展開に関連する排出量を減らそうとするものだ。

カンヌライオンズ、CO2排出量などの情報開示を推奨

最近では、世界最高峰の広告祭「カンヌラインズ」が作品の応募条件を変更した。今年から、応募者には作品に伴うCO2排出量やサステナビリティ関連のインパクトについての情報の提出が推奨される。今回が初めての試みのため審査基準には含まれない。

応募者は提出の際に、「Ad Net Zero」が掲げる5つのアクションプランを参照すること、どのようにして広告運用から生じるCO2排出量に対処し、制作過程でのCO2排出量の抑制に取り組み、消費者の行動を変えるために広告の力を活用しているかを示すことが求められている。さらに、業界のDE&I(多様性・公正性・包摂性)の進捗を測定するために、制作チームの構成など制作過程でDE&Iがどのように考慮されたかについて詳細に回答することも推奨されている。

カンヌライオンズの応募条件の変更は広く歓迎されている。中には、同組織が変化を巻き起こす主体「チェンジ・エージェント」となるような立場を反映した行動だと言う人もいる。

マーケティング活動家・専門家のトーマス・コルスター氏は米サステナブル・ブランドの取材に対し、業界の進歩を嬉しく受け止めている一方で、広告業界はまだサステナビリティに足場を見つけようとしている最中だと語る。「もしこうした取り組みがもっと早く行われていたとしたら、この業界の成熟度から考えるとさすがに早すぎただろう」――。

しかし現段階では、サステナビリティ関連の質問への回答は義務ではなく、審査に影響することもない。主催者は回答結果を用いて、ベンチマークを確立したい考えだ。カンヌライオンズのサイモン・クックCEOは「急に条件を持ち出すのは不公平になる」とし、カンヌライオンズ自体も現状をこれから把握する段階で見通しもつかないため、今年は単純に足がかりをつかむのが目的だと説明している。

審査では作品をどう評価・比較できるのか

大きな疑問も残る。審査員はどうやって回答に基づき、作品を評価、比較できるのかということだ。ほかのセクターのCO2削減の過程と同様に、明確に定義された基準がなければ、異なるプロジェクトや広告代理店を比較するのは困難だ。作品が「良い」とは実際に何を指すのか把握することが非常に難しくなる。

もちろん、スコープ3やAd Net Zeroのような取り組みは助けになるだろう。スコープ3のオケリーCEOが提案する、メディア・広告業界のためのCO2排出量の世界基準をつくるという計画には相当なけん引力がある。複雑なサプライチェーンに不可欠なCO2排出量の詳細な追跡・算定・報告は、広告産業の地球温暖化への加担を抑制するだろう。

しかし、コルスター氏のような人たちは、クリエイティブ業界がサステナビリティに取り組むということはCO2排出量の削減だけに留まるものではないと考えている。真にサステナビリティに取り組むクリエイティブ企業というのは、自社の進捗について話すより、他の人たちがサステナビリティに真剣に取り組むように手助けする企業のことだ。コルスター氏は「外で良い企業だとアピールする企業・ブランドよりも、世界の目標を達成するためにあらゆる人の助けになる企業・ブランドを圧倒的に信じている。良い企業だとアピールするだけの企業・ブランドは、長期的に人々の心を魅了することはないだろう」と語る。

広告賞のシーズンが近づく中、良い企業であることをアピールする「美徳シグナリング」は実際の取り組みの進捗をかき消すことになるのは間違いないだろう。特に、クリエイティブ業界のDE&Iに関してはそうだろう。

もし広告業界がこの時代が抱える大きな課題解決の一助になろうとするならば、インクルージョンから気候変動にいたるまでのあらゆる課題において、パフォーマンスを測定、追跡、比較し、報告する方法を見つけることが非常に重要だ。今後の展開に注目してほしい。