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遺伝子組み替えの蚊“フレンドリー”は人類の助けとなるか

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Scarlett Buckley
Photo by Erik Karits

蚊は小さいが、年間100万人以上の命を奪う世界一危険な生き物だ。3000種もの蚊が存在するといわれ、中でもアノフェレス、キュレックス、アエデスの3種は人間に致命的な感染症をもたらす媒介蚊だ。科学者らは、蚊が媒介する深刻な病気から人々を守るための解決策を何年もかけて探してきた。(翻訳=井上美羽)

英国のバイオテクノロジー企業、オキシテックは2002年にオックスフォード大学の会員組織「オックスフォード・イノベーション・ソサエティ」の協力により設立された。同社が目指すのは、世界中の人々の命を守り、生活を向上させること。遺伝子組み替え技術を用いて昆虫を利活用し、人々の健康や世界の食料供給への脅威を減らすことができるという。

オキシテックの規制関連の責任者であるネイサン・ローズ氏は、「人の命を奪う病気を媒介する蚊は世界中に存在し、われわれはこうした媒介蚊の駆除に24時間体制で取り組んでいます。容易な仕事ではありませんが、世界で最も危険な動物である蚊に対し生物学的方法で対処することに注力しています」と語る。

世界の人の命を守る

オキシテックの最新プロジェクトは昨年4月、米フロリダ州フロリダキーズで始まった。外来種でありながら、米国民の命を脅かすネッタイシマ蚊の駆除を目指すというものだ。ネッタイシマ蚊はデング熱、ジカ熱、黄熱病、チクングニアなどの有害な病気を媒介し蔓延させる危険な侵略的外来種。住宅地の反発や複雑な規制といった壁が次々と立ちはだかったが、長年かけてこうした課題を一つずつクリアし、ブロジェクトの開始に漕ぎつけた。

「ネッタイシマ蚊は人の近くに生息し、人の血を吸うことを好み、他の種類の蚊よりもウイルスを伝播する可能性が高いのです。フロリダキーズでは近年、デング熱の感染例や旅行関連のジカ熱への感染例が見られます」とローズ氏は説明する。

オキシテックは自社技術を駆使し、致死遺伝子を持つ「フレンドリー」というオスの蚊を誕生させた。このオスの蚊が野生のメスの蚊と交尾すると、その遺伝子が子孫に受け継がれる。彼らの持つ致死遺伝子により、子どもは成虫になるまで生き残ることができず、結果として蚊の個体数を減らすことができるのだ。

この蚊は精密な遺伝子操作により生み出され、一見すると野生の蚊と変わらないが、2つの遺伝子が追加されている。この2つの遺伝子が「刺さない」「自己制御」「非永続型」という性質を作り出している。

オキシテックのグローバル広報部長メレディス・フェンソム氏は「私たちはこの方法を『自己制御』と呼んでいます。なぜなら、放たれた昆虫と昆虫が受け継いだ致死遺伝子は環境から消えてしまうからです。この方法は、デング熱やジカ熱などの病気を媒介する蚊だけでなく、トウモロコシ畑を荒らす蛾の毛虫など、あらゆる種類の害虫に適用することができます」と説明する。

オキシテックは、安全で環境的に持続可能なこの技術を米国で実証するために、米国環境保護庁(EPA)の認可を受ける必要があった。EPAが認可した後、フロリダ州もこのプロジェクトを承認した。フェンソム氏は、今回のフロリダキーズでのプロジェクトはオキシテックにとって大きな飛躍のきっかけになったと語っている。

同社とフロリダキーズの蚊の防除地区は協働し、フロリダキーズ全域で広く参加を呼びかけるキャンペーンと啓発イベントを実施したという。

「私たちはいかなるプロジェクトを実行する際も、開始前から地域社会と密接に関わり、住民の疑問に対して誠実に答えていきます。こうした地域とのコミュニケーションは私たちがプロジェクトを実行する期間中ももちろんその後も継続します」

オキシテックの昆虫の安全性と有効性は、この技術に関する100本以上の査読付き論文によって証明されており、同社のウェブサイトでも公開されている。これらの論文は、オキシテックが手掛けるすべての昆虫に使用されている遺伝子とタンパク質、その安全性に関するデータ、そして世界中のさまざまな地域における展開について詳細に説明している。

オキシテックは以前にもネッタイシマ蚊の個体数を制御した経験がある。2019年にブラジルで試験運用を実施しているのだ。このプロジェクトは、インダイアツーバ市のベクターコントロール当局と連携し、同市内の人口密度の高い4つの都市コミュニティで「フレンドリー」がその他の蚊を制御する菌株の効果を実証した(未処理地との相対比較)。この菌株を持つオスは、4つのコミュニティで平均91%の最大制御率を達成した。

「2020年にブラジル政府のバイオセーフティ当局と国家バイオ安全技術委員会(CTNBio)から正式にバイオセーフティ(遺伝子組換え生物が生態系・生物多様性に悪影響を及ぼさないようにする措置)の商業利用の認可を受けたので、サンパウロ州を皮切りに、自社のソリューションをお客様に直接届けられるようになりました。

私たちは今、世界で数十億人の脅威となっているマラリア原虫を媒介する蚊、ハマダラカの対処に取り組み、マラリアとの戦いに突入しています。最近のマラリア媒介蚊や寄生虫は、殺虫剤や抗マラリア薬に対する耐性を獲得しつつあります」(ローズ氏)

食料供給を安定させる

耐性といえば、同社は病気を媒介する昆虫への耐性だけでなく、農作物を壊滅させるような被害を世界規模でなくすことも構想している。同社の遺伝子組み替え技術は、世界で最も有害な害虫から農作物を守るために、標的を絞り、安全で持続可能なシステムとして設計された昆虫を繁殖させるというものだ。これは人間にも環境にも安全で、精密な害虫駆除技術といえる。これにより農家は、持続可能性と遺伝子組み換え生物による害虫駆除の効果を天秤にかけることなく、農作物に影響をもたらす害虫を効果的に駆除することができる。

世界中の農家が殺虫剤に依存するようになる一方で、昆虫の抵抗力や殺虫剤の非標的性は増し、さらに農作物への殺虫剤の使用を削減するよう求める消費者の圧力が高まり、多くの農家はより害の少ない解決策を模索している。

コナガやオリーブミバエなどの一般的な害虫に対応する「ファーム・フレンドリー・バージョン」の遺伝子組み換え昆虫は、害虫だけを標的にするよう設計されているため、有毒な化学物質を使用する必要がなく、土壌や花粉媒介者、生態系全体の健全性を維持することができる。

遺伝子組み換え技術と標的に対してのみ効果を発揮するターゲティング機能は、場合によっては恐ろしい結果をもたらす可能性もある。しかし、今のところ、オキシテックはこの技術を良い方向に使っており、世界の人口と食料供給の健全性を確保するための重要な役割を担う準備が整っているようだ。

「私たちが生きている間に、蚊が媒介する病気をなくすことができると信じています。また、農業の生産性や食料安全保障に対する需要が高まる中で、作物の害虫を効果的かつ持続的に防除できると考えている」とフェンソム氏は述べた。