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気候正義とはどういう意味か 環境正義・社会正義との関係は?――企業としての関わり方を考える

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Image credit: shutterstock

欧米で盛んに使われ、パリ協定の前文にも登場する「気候正義(Climate Justice)」という用語がある。日本ではNPOや活動家が使うことはあっても、一般市民にはあまり浸透していない。その一因として、「正義」という言葉の強いイメージが先行し、実際の意味が十分に理解されていないことが考えられる。「正義(Justice)」に関連する用語には他にも、「環境正義」「社会正義」「公正な移行」がある。本記事ではこれらの用語の意味と背景を確認した上で、企業がどのように捉えるべきかのヒントを探ってみよう。(茂木澄花)

「気候正義」という言葉から何をイメージするだろうか。COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)の会場周辺で声を張り上げる活動家の姿を思い浮かべる人も多いかもしれない。2015年に採択され、気温上昇の1.5度目標を掲げた「パリ協定」の前文には、次の一節がある。

noting the importance for some of the concept of "climate justice", when taking action to address climate change

(和訳)
気候変動対策の行動を起こす際には、一部の人にとって「気候正義」の概念が重要であることを認識する

「一部の人(some)」とは、気候活動家だけを指すわけではない。ここからは、「気候正義」と関連する用語の意味や背景を順に見ていこう。

「気候正義(Climate Justice)」とは

気候変動の要因である温室効果ガス(GHG)の排出や森林破壊は、これまでの先進国や一部の産業の活動によるところが大きい。しかし、気候変動の影響を大きく受けるのは、農業や漁業といった一次産業の比重が大きい途上国や経済弱者、そして未来の世代だ。端的に言えば、この不公平を正すべきだという考え方が「気候正義」だ。

国連開発計画(UNDP)の記事では、気候正義を次のように定義している。

Climate justice means putting equity and human rights at the core of decision-making and action on climate change.

(和訳)
気候正義とは、公平性と人権を、気候変動に関する意思決定と対策行動の中心に据えることを意味する。

日本語で「正義」というと「悪者と戦う正義の味方」といったイメージを持ちがちだが、ここで闘う相手は「不公平な現状」であって、特定の悪者ではない。「気候公正」と言ったほうが実際の意味合いに近いとも言える。

気候正義の概念自体は決して新しいものではなく、2000年には、COP6の開催に合わせて第1回「気候正義サミット」が開かれていた。その後、気候変動が人間の活動によるものであるという認識が広まり、その影響が深刻化する中で、次第に注目度が高まってきた。特に、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリ氏の呼びかけに応じた若者たちが「Climate justice now(今、気候正義を)」をいう掛け声で運動を展開したことで、世界的に認知度が高まった。

冒頭で取り上げたパリ協定の前文における「一部の人(some)」が誰を指すのかは明示されていない。しかし、気候変動の影響を最前線でまともに受けている人たちや将来世代が含まれていることは間違いないだろう。

関連用語:「環境正義(Environmental Justice)」

関連用語を通じて、気候正義の意味をもう少し追究してみよう。「環境正義」とは、人種・性別・所得・文化的背景に関わらず、全ての人が公平に、環境汚染や環境負荷による影響から守られるべきだという考え方だ。

現代の環境正義活動は、1980年代前半の米国で始まった。アフリカ系住民が多く暮らす地域に廃棄物処理施設が設置され、有害物質が漏れ出したことに対する抗議活動が広まった。企業や富裕層が社会的弱者に負担を押し付ける形で利益を得ることが、公正ではないと考えられたのだ。

「気候正義」は「環境正義」の概念の1つだと捉えることができる。GHGは排出された場所にとどまらず、地球全体に影響を及ぼす。そのため、国をまたいだ世界規模での不公平が起こりやすい。

関連用語:「社会正義(Social Justice)」

広い意味では「人間が社会生活を営む上で正しいとされる道理」を指すが、文脈によってさまざまな意味で用いられる。全米ソーシャルワーカー協会は、社会正義を「全ての人が平等な経済的、政治的、社会的権利および機会を与えられるべきだという考え方」と定義している。

社会正義という概念は、イギリス産業革命やフランス革命が起きた18世紀の欧州ではすでに誕生していた。現代においては、人権尊重など、公正な社会を目指す運動の基礎となる概念として扱われることが多い。

「環境正義」や「気候正義」は、環境保全や気候変動対策に「社会正義」の考え方を取り入れたものと捉えることができる。社会的な不公平を解消するために、当事者の声を取り入れながら環境保全やGHG排出削減を行い、不当に大きな影響を受けている人々を支援するべきだという考え方だ。

関連用語:「公正な移行(Just Transition)」

近年、国際会議などでよく使われる「公正な移行」という用語がある。国際労働機関(ILO)は「関係する全ての人々にとって可能な限り公正に、多くの人を巻き込む方法でグリーン経済に移行し、働きがいのある人間らしい仕事の機会を提供し、誰一人取り残さないこと」と定義している。

「公正な移行」という概念は、1980年代に米国で水質・大気汚染に対する新たな規制が施行される際、新規制によって仕事に影響を受ける労働者を保護する運動から始まった。現在、社会全体で脱炭素化が叫ばれ、高炭素社会から低炭素社会への移行が進められている。どの時代においても、急激な社会の変化は一部の労働者やコミュニティに打撃を与えかねない。

仕事がなくなるという問題だけではない。環境保全や気候変動対策といった目的だけを優先し、コミュニティへの影響を考えずに対策を強行すれば、人権問題が生じかねない。例えば、アフリカでは、政府が森林保全のために保護区を指定し、強制的に住民を移住させるといった事例があるが、これは「公正な移行」とは言えないだろう。

企業が「正義」の問題に向き合うべき理由

「気候正義」などの概念は、もはやNPOや活動家だけのものではなくなっており、企業も事業方針を立てる際に考慮に入れておくことが望まれる。

その理由としてまず挙げられるのは、訴訟リスクだ。直近では今年8月上旬、日本の15歳から29歳の若者16人が、JERAなど主要電力会社10社を提訴した。原告らは「気候変動対策を怠ることは将来世代の人権を侵害する行為だ」と訴えている。こうした「気候訴訟」は世界各地で起こっており、欧州では画期的な判決も出ている。

日本の若者世代も、「気候危機はいのちの問題」として民事訴訟に立ち上がった(「明日を生きるための『若者気候訴訟』」のサイトより)

また企業が「正義」の概念を取り入れることは、事業の意義を明確にし、将来にわたって通用する事業を築くことにもつながる。例えば、ユニリーバ傘下のアイスクリームブランド「ベン&ジェリーズ」は、社会課題に明確な立場を示す姿勢で知られている。

同ブランドのウェブサイトには「気候正義」のページがある。そこには、「2050年までに100%再生可能エネルギーに移行する」という目標とともに、「発展途上国の緩和と適応を支援する」と書かれている。自社の気候変動への影響を少なくするだけでなく、すでに気候変動による影響を受けているコミュニティの支援にも力を入れているということだ。米国内においても、牛乳を供給する酪農家の労働環境・生活向上プログラムに取り組んでおり、持続可能な原材料の調達にもつなげている。

一方、明示的に「気候正義」と標榜していなくても、気候正義に取り組んでいると言える事例は多くある。 UCCグループは、2040年までにカーボンニュートラルを達成することを目指してGHG排出を削減すると同時に、「責任ある調達原則」を定めている。そこでは主要な原則として、「人権の尊重」「ビジネスの誠実さと公正なビジネス慣行」「品質と安全性の向上」「より良い環境とコミュニティに向けた努力」の4つを掲げ、コーヒー生産国との取り組みに力を入れる。

例えばエチオピアでは、現金収入のために森林が伐採されているという問題に向き合う。JICAと協力して、森林を守りながらコーヒーを栽培するための技術支援を行い、収穫されたコーヒーを買い取っている。こうした取り組みは、森林伐採を減らして環境を守り、気候変動の影響を受けやすい人々の経済的な自立を促す、まさしく「公正な移行」を目的としている。

企業が取り組むためのヒント

近年、「正義」の視点を事業に取り入れたい企業に向けて、具体的な指針も出始めている。企業認証制度B Corpを運営するBラボは2021年、「ビジネスのための気候正義プレイブック」を公表した。今年4月には、英国の非営利団体フォーラム・フォー・ザ・フューチャーとBラボ 米国・カナダ支部が「気候正義を前進させるためのビジネスガイド」を発表。またサステナビリティ専門コンサルティング会社BSRは3月に「企業のための社会正義ガイド」を出している。

これらのガイドには、気候正義の主旨、用語の解説や当事者の声、実際の事例などが豊富に掲載されているため、参照することで多くのヒントが得られるだろう。

例えば「企業のための社会正義ガイド」には、「企業が社会正義のアプローチを現行の戦略策定と実行に組み込む方法」というセクションがある。方向性の設定から戦略の改良まで8つの段階が示され、各段階について解説している。

以下はその図表だ。

文脈を理解する→優先順位を付ける→戦略を設計し、位置づけを決める→ロードマップを作成する→ガバナンスを設計する→成果を測定し、報告する→経営陣を活性化する→巻き込む仕組みを作る(BSR「Social Justice Guide for Business」の「企業が社会正義のアプローチを現行の戦略策定と実行に組み込む方法」より)

企業が「正義」を謳うことは、大げさで現実的ではないと考える人が多いかもしれない。しかし、気候正義は「環境」と「社会」の課題を別個の問題ではなく密接につながった課題として捉え直すアプローチと言える。自社の気候変動対策の取り組みを「不公平な現実を無視していないかどうか」という視点で見直し、長期的なビジョンに組み込んでみてはどうだろうか。

茂木 澄花 (もぎ・すみか)

フリーランス翻訳者(英⇔日)、ライター。
ビジネスとサステナビリティ分野が専門で、ビジネス文書やウェブ記事、出版物などの翻訳やその周辺業務を手掛ける。