投資家や社会は企業の「サステナブル・ブランド」をどう評価するのか――人権対応や政策提言が日本企業の課題
SB国際会議2024東京・丸の内
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Day2 ブレイクアウト
企業が投資家や社会から「サステナブル・ブランド」だと評価されるためには、何をどう取り組み、発信したらいいのだろうか。本セッションでは、弁護士、気候変動シンクタンク、投資家の視点から、人権対応の必要性や科学的根拠に基づいた政策提言(ロビー活動)が重要であることなどが議論された。さらに脱炭素社会などへのジャストトランジション(公正な移行)によって、社会から取り残される人々への配慮や、リテラシーの在り方など、包括的なサステナビリティへの視座を示す内容となった。(松島香織)
ファシリテーター
水口 剛・高崎経済大学 学長
パネリスト
井浦広樹・りそなアセットマネジメント 株式運用部 チーフ・ファンド・マネジャー
長嶋モニカ・インフルエンスマップ 日本代表事務所 日本カントリーマネジャー
渡邉純子・西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士
企業には「ビジネスと人権」の観点が重要になる――西村あさひ法律事務所
渡邉氏
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弁護士の渡邉純子氏は、国際人権法・国際労働法、欧州のサステナビリティに関する規制やアジア各国法を踏まえたグローバルな観点から、企業のサステナビリティへの取り組みを支援している。渡邉氏は、まず企業が「サステナブル・ブランド」だと呼ばれるためには、サプライチェーンにおける人権デューデリジェンスが不可欠であるとした。
そして人権に関し具体的に企業で考えなくてはいけないこととして、渡邉氏は「リスクベースに立ち戻ること」と「社内連携」を挙げた。「国際人権法や国際労働法に人権の定義・解釈が書かれている。何が差別に当たるのかという判断は、法分野の中に答えがある」と説明し、法務部門と連携することでサステナビリティ担当者が人権について本質的に理解することが「人権デューデリジェンスの出発点」だと話した。
また渡邉氏は、人権への取り組みについて、日本企業は「海外の規制に対応できない状況で、非常に危ういところにある」と警鐘を鳴らす。日本企業は人権対応として、サプライヤー向けのアンケートを実施することが多いという。だが、渡邉氏は「(依頼する側、答える側とも人権とは何かを理解せず)イメージだけで人権を語って、アンケートを取っても意味はない。さらにステークホルダーと対話したり、国際基準に則った通報システム(グリーバンスメカニズム)を設置したり、環境との接合まで含める必要がある」と力を込める。
渡邉氏は、「海外の人権・環境デューデリジェンス規制は、速いスピードで進んでいる。これまでは現地マターとして終わらせがちだった現場のリスクも、180度評価が変わった。日本企業の皆さまに乗り遅れない間に対応していただきたい」と、海外の動向を共有し危機意識を高めるよう促した。
気候変動に関する企業の責任ある政策関与とは――インフルエンスマップ
長嶋氏
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インフルエンスマップ(InfluenceMap)は、2015年に英国で設立された気候変動シンクタンクだ。企業の気候変動に関する政策関与(ロビー活動)の調査や、金融機関を対象にした気候変動に関するリスク分析を行い、無料で公開している。日本のカントリーマネジャーを務める長嶋モニカ氏は、まず、「皆さんは日々サステナビリティに取り組んでいる中で、政府に要望を伝えていますか? 所属している業界団体の気候変動に関する立場が、自社や1.5度目標と整合していますか?」と会場に問いかけた。
そして「実はこのような質問は、最近、投資家が投資先企業にしている」と続けた。また長嶋氏は、国連の「非国家主体のネットゼロ宣言に関するハイレベル専門家グループ」の提言書や、英国の移行計画タスクフォース(TPT)が発表したTPT情報開示フレームワークなどを紹介。いずれも企業に対し、ロビー活動に関する情報開示をするよう明記しているという。
インフルエンスマップがグローバル企業を分析し、2023年9月に公表した「気候政策エンゲージメントのリーダー企業」には、ソニーグループやリコーなど日本企業6社が入った。選定されるには、「ネガティブなロビーをしている団体に所属しないこと」「1.5度と整合したアドボカシーを行うこと」などをクリアする必要がある。
講演資料より。オレンジ色が日本企業。縦軸は対話の積極性を表し、右側に行くほど1.5度目標に整合している
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長嶋氏はグラフを示し、「日本企業6社を見るとかなり下の方にある。これはやはり欧州やアメリカの企業に比べて、ロビー活動に対して積極的でないということ」と説明。その理由を「ロビー活動を、企業の取り組みとして、気候変動対策に使えるのだという認識が広まっていないからではないか」とした。
次に長嶋氏は、2月14日に第1回分が発行された「クライメート・トランジション利付国庫債券」(GX経済移行債)について、「資金使途にLNG(液化天然ガス、火力発電の主原料となる)やアンモニア混焼といったものが含まれておらず、比較的クリーンなものになっている」と評価。一方で、『クライメート・トランジション・ボンド・フレームワーク』には、石油ガス・石炭などがまだ含まれているという。このフレームワークは、国際資本市場協会(ICMA)の「グリーンボンド原則2021」などと整合していると、セカンド・パーティ・オピニオンでは評価している。
長嶋氏は「どのような分析結果のもとでこういう結果が出ているのか。もう少しクラリティ(透明性)が必要だ」と鋭く指摘した。
インパクトファンドによる課題解決を実現――りそなアセットマネジメント
井浦氏
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ファンドマネジャーの井浦広樹氏は、セッションが行われた2月22日当日に、日経平均株価が1989年末につけた最高値を約34年ぶりに更新し、高値をつけたことに触れた。そして「これからの日本、これからの世界がどうなっていくのかといったときに、『サステナブル』は外すことのできないワード」と強調した。
株の投資に直接関わる井浦氏は、金融機関は利益を出すことが当然であるとしつつ「金融は、新しいイノベーションを起こして、社会をより良く形成するために必要だからこそ生まれたプロセス。そういう機能があり、利益を社会に還元することによって世の中が発展してきたという側面がある」と話した。
持続可能性を求める時代の変容に合わせ、井浦氏は、2018年にSDGsファンド「ニホンノミライ」や2021年にグローバルインパクト投資ファンド(気候変動)などを立ち上げてきた。「気候変動問題は、地球上に生きている全ての人間にとって回避することのできない共通課題であり、欠かすことのできない視点だ」と話す。今後は「インパクトファンドによる課題解決を実現するために、GHG排出量の緩和と、甚大な自然災害などへの『適用』という2つの観点から対処していく」という。
気候変動と人権の接点「ジャストトランジション」をいかに進めるか
水口氏
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ESG投資などを専門とするファシリテーターの水口 剛氏は、気候変動と人権の接点となるのは「ジャストトランジション(公正な移行)」であると言う。そして「例えば、ネットゼロに移行していく間に雇用が失われる場合があるが、それぞれの立場からどのように考えるか」と登壇者に投げかけた。
渡邉氏は、「人的資本政策でリスキリングなどが言われているが、新しいビジネスチェンジに人々がついていけるように、企業はスキルアップの機会を提供しなければいけない。問題を個別に見るのではなく、俯瞰(ふかん)的に見る必要がある」と答えた。長嶋氏も「1.5度が実現できなければ、それこそ大きな人権侵害になってしまう。気候変動対策は人権対策であり、渡邉さんが言われるとおり個別に見ていくだけでは駄目」だと同意した。
こうした包括的な気候変動への企業の取り組みを、統合して評価するのは難しいのではないかと水口氏が続けると、井浦氏は同意し、「まさに投資家が見ているのは、現在でなく、この先どうなっていくのかという変化の部分。まずは考え方やアクションについて公表することが重要だ」と述べた。
最後に水口氏は、本質的な人権の理解やその技術が1.5度に整合するのかどうかなどを判断するために、「相当な専門知識やリテラシーがないと分からないようなことも多くなった。ただ、人権やロビー活動を放置していると、それはサステナブル・ブランドに対するリスクになる」とまとめた。そして「SB国際会議に限らず、こうしたイベントに参加する価値とは、そこで得た知見や感じたことを何らかの形で皆さまの業務や生活に生かしていくこと。それが社会全体に波及して、少しでもよりサステナブルな社会になるよう願っている」と締め括った。