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日本ならではの人的資本経営の目的と価値とは

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SB国際会議2023東京・丸の内

Day2  ブレイクアウト

これまでも「我が社は人が資本です」という日本企業は多かった。だが、この言葉を具体化し、それをどう施策のなかに落とし込んでいくか、となると、容易ではない。人的資本経営とは、従来の経営の延長線上と考えている企業が大半のなか、そうではなく、企業価値の向上に向け、経営戦略と連動した人材戦略を進めるにはどうすればいいのか。すでにこの分野での独自の取り組みを実装する2社と、外資系金融機関で投資家としての20年以上の経験をもつESG評価のスペシャリストが対話を深めた。(依光隆明)

ファシリテーター
田中信康・サステナブル・ブランド国際会議ESGプロデューサー
パネリスト
小野真吾・三井化学 グローバル人材部 部長
堀川拓郎・リクルート スタッフ統括本部 人事 人材・組織開発室 室長/ヒトラボ ラボ長
小野塚惠美・エミネントグループ 代表取締役社長CEO

ポートフォリオ変革の即戦力を積極採用

田中氏

セッションは田中信康氏の問題提起から始まった。「人的資本経営は本当に浸透しているのだろうか、答えは『まだまだ』。有価証券報告書への開示が義務化されることで多くの方が戦々恐々としているのでは」と述べ、小野真吾氏と堀川拓郎氏に取り組み内容を聞いた。

小野氏は事業統合を重ねた三井化学の歴史を説明した上で、まさに事業継続に不可欠な能力として、企業文化や人的資本の増強に力を入れていることを説明。2030年までに執行役員多様化人数を10人以上とすることや、管理職女性比率を15%にすることなど、個別の目標を定めてモニタリングするとともに、毎年、事業と連動する優先課題を実行力のある方策に落とし込んでいるという。

小野氏

具体的には2016年から、将来の経営者候補のパイプラインをつくる活動として、CEOや本部長クラスもコミットし、人材の一人ひとりについて、求められる期待水準への準備度合いや中長期的なキャリアの方向性などを評価しながら可視化する「キータレントマネジメント」制を導入。ポートフォリオ変革の即戦力となる、女性や外国籍を含む多様な人材を積極採用し、経営者候補として育成することで、会社の価値創造能力を強化する戦略を進める。

2018年からはグローバルで、従業員の会社に対する愛着を測るエンゲージメントスコアのモニタリングを開始。その結果、「自社の強みが権限委譲と自律性にあること」が分かり、さらなるエンゲージメントの向上に向け、他社に先駆けてテレワークや副業を解禁するなど、「経営陣と人事部門、そして現場が一体となって地道に改善をし続け、従業員の自由な発想を促している」ことが紹介された。

「人の見立て」に尋常ならぬ熱意

堀川氏

一方のリクルートも、創業以来、「人は内発的動機に基づいて仕事をする時が一番パフォーマンスが高い」という考えで事業運営を行ってきた。堀川氏によると、2021年4月に会社が再統合された時にも「価値の源泉は人であることを引き続き(経営の)ど真ん中に置くこと」を決めた。そして、今後の会社のあり様を再定義するなかで、公園と、「CO-ENCOUNTER」(出会う、創発するといった意味の造語)を引っ掛けた、「CO-EN」というコンセプトを掲げたという。

「CO-EN」には、「社員一人ひとりの好奇心を情熱に変え、新しい価値を生み出す場としての会社でありたい」という思いを込めている。約1万7000人の従業員のうち約1万3000人が中途入社で、退職率も12%と比較的高いが、同社では会社を出ることを“卒業”と呼んでいるそうで、堀川氏は「退職者の14%は独立されており、まさに一人ひとりの新しいチャレンジを育む舞台となっている」と胸を張って説明した。

チャレンジを支える仕組みには、各人が将来実現したい計画を踏まえて上司が部下の現状を評価し、結果を本人にフィードバックする「人材開発委員会」がある。そこでは、「一人一人の人の見立てを、縦のラインのマネージャーだけに完結させない。隣のグループのマネージャーや斜めのグループのマネージャー、場合によっては二階層上、三階層上まで含めて複眼的に議論する」のが特徴で、堀川氏は「人を見立てることに対してリクルートは尋常ではない熱意を注いでいる」と強調した。

組織の状態を可視化する「エンゲージメント・サーベイ」についても年2回行い、「会社と個人をつなぐ大切な存在としての職場の価値をどう上げていくのかということを人事施策を通じて実践している」という。

「報酬だけがインセンティブではない」は日本の価値

小野塚氏

2社の報告に続き、外資系金融機関で投資家として長年資産運用に携わった経験から発言した小野塚惠美氏は、初めに「日本と欧米では人的資本に注目する目的と背景が違う」と指摘。日本社会では「賃金格差や労働人口の減少、低生産性、革新不足といったところが大きな課題で、人的資本経営に期待されるのはあくまで企業の経済性の向上」であるのに対し、欧米社会では「富の格差や差別、過剰な労働流動性、世論といったものに押され、企業の社会的責任を追求する流れで、人的資本経営にフォーカスしている」ことから、「世界のベストプラクティスを持ってきて日本に当てはめるだけでは解決にならないのではないか」と提起した。

議論が深まるなかで、小野塚氏からは日本企業の報酬面のインセンティブについての質問も飛び出し、2社が「退職理由の一つに報酬はあるが、もっと大きな要因は働きがいや、自分の強みが生かせるか、わくわくするかということだ。そちらのファクターの方が大きくて、報酬を整えにいったところで出る人は出てしまう。報酬と働き方はセットであり、どちらか一方ではない」(堀川氏)、「われわれも金銭的な報酬では釣っていない。自主自律の自由度やボトムアップの緩やかなカルチャーをエンジョイできる方が大事だと考える社員が多い」(小野氏)と返す場面も。

回答を受け、小野塚氏は「外資金融だと特に金銭的なインセンティブが大きく、われわれ投資家も役員報酬やインセンティブについて話をするが、お二人の会社では、『そこだけではないんだよ』ということが言語化されている点がすごい」と評価。さらに「わくわくさせるだけで人が働いてくれるなんて、経営者からしたらこんな素晴らしいことはない。これは日本の価値だ」と続け、「インフレや円安を踏まえて対価を払うことは別の議論として当然だが」とした上で、「ここが日本の企業の強みなんだということを統合報告書やIRミーティングできちんと開示していくことが、日本の企業をより評価してもらえることにつながる。ぜひその文脈で発信し続けてほしい」と力を込めた。

日本企業において、もともと人は大事にされてきたが、時代の流れとともに、人事と事業が経営のアジェンダとしてひとつにつながり、大きなインパクトを生み出している。パネリストたちは「人的資本は経営戦略であり、人事課題ではない」ことを確認し、セッションを終えた。