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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

自然と人の関係を再構築する 農業・建築から始まる「リジェネレーション」

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私たちの生活を根底で支える土や木の役割を再認識し、自然の循環を取り戻してビジネスを再生・変革しようという動きが今、世界各地で起きている。それらはまさにサステナブル・ブランド国際会議2022横浜がテーマに掲げるリジェネレーション(再生)を体現するものであり、地球や社会をより健全でレジリエントなものにしていく上で大きな力となる。そうした観点から同会議では、日本においてリジェネラティブな(環境再生型の)農業や建築を実践する企業による「自然の循環を取り戻し再生する」と題したセッションが行われた。日本のリジェネレーションの先進的な取り組みと考え方とはどのようなものかを紹介する。(岩﨑 唱)

ファシリテーター:
足立直樹・サステナブル・ブランド国際会議 サステナビリティ・プロデューサー
パネリスト:
鴨志田純・鴨志田農園 農園長
国田佳津彦・味の素 サステナビリティ推進部 シニアマネージャー
松崎裕之・竹中工務店 参与 木造木質建築統括

サーキュラーエコノミー型CSAで“地産・地消・地循”を

東京・三鷹市で野菜栽培を行う鴨志田純氏は、鴨志田農園の6代目。「どういう野菜をつくるか=どういう社会をつくるか」を理念として野菜をつくっている。前職は防災教育に力を入れる数学教師であり、今はコンポストの専門家という異色の農業人だ。

その活動は国内外に及び、ネパールが国策で推進している生ごみの堆肥化と有機農業の推進にも深く関わる。国内では企業から出る食品残さを培養土に加工するなど、堆肥をつくる技術者の養成や、地域の中で生ごみの堆肥化や有機農業の仕組みづくりを行う事業を次々と手掛け、2021年には循環経済をデザインするグローバル・アワードで「Agriculture-as-Commons Prize(コモンズとしての農業)」を受賞するなど高い評価を受けている。

そんな鴨志田氏が今最も力を入れている事業の一つとして紹介したのが「サーキュラーエコノミー型CSA」だ。CSAとはCommunity Supported Agricultureの頭文字で、カリフォルニアを発祥の地とする「地域で支え合う農業」をいう。具体的には特定の消費者が、生産者と前払い契約を結び、例えば年間の野菜代金を支払うと、月に1、2度の割合で野菜が届くといったシステムになっている。

このCSAを鴨志田農園では「農家が消費者に野菜を届けるという一方通行ではなく、双方向にしたい。Farm to Table(ファームトゥテーブル)ができるならTable to Farm(テーブルトゥファーム)もできるだろう」と考えた。その結果、各家庭で出た食品残さをコンポストに入れ、満杯になったら鴨志田農園へ→農園はそれを堆肥化し、その堆肥で野菜をつくる→できた野菜を消費者へ、という仕組みをつくり、昨年2月に実証実験を開始。これまでに35世帯が参加し、年間約4000リットルの助燃剤削減につながっているという。

「一農家が取り組む上でのソーシャルインパクトはとても高い。今年はこれを150世帯に伸ばしていこうと考えています。将来的にはこのモデルを社会全体に波及させ、地域でつくって地域で消費して地域で循環させていく“地産地消地循”の流れをつくっていきたい。将来的にはそれが地域に利益を生み出す、“地益”にもつながる」と力を込めた。

味の素が20年前から取り組む“バイオサイクル”とは

続いて登壇した味の素の国田佳津彦氏は、「資源循環型のサプライチェーン構築と地域農業への貢献」と題し、1909年に昆布だしに含まれるアミノ酸(うま味成分)を発見しそれを商品化した味の素が、これまで事業を通じた社会課題の解決に取り組んできた経緯を紹介した。

同社は現在、グループのビジョンの中で、2030年までに環境負荷を50%削減し、10億人の健康寿命を延伸するという2つのアウトカム(成果)を目標に掲げる。それについて国田氏は、「強靭且つ持続可能なフードシステムの構築に向け、2つのアウトカムは切っても切れない関係にある。なぜなら地球環境が限界を迎える今、その再生に向けた対策は喫緊の課題であるからだ」と強調。その核となるのが持続可能なサプライチェーンの構築であり、長年の生産地支援の取り組みの中で20年来提唱しているのが「アミノ酸製造における“バイオサイクル”」だという。

アミノ酸製造における“バイオサイクル”とは何か。同社の代表的商品である「味の素」はサトウキビを主原料とする。この精製の過程で発生する相当量の副生物(液体)に、植物の病気低減効果や根の伸長促進効果などがあることが確認されている。同社では約20年前から、これを有機物の肥料としてサトウキビ畑にまき、そこから収穫したサトウキビでまた味の素をつくる、というサイクルを繰り返してきた。これがバイオサイクルであり、化学肥料や農薬を削減し、且つ生産性の維持向上につなげる取り組みをいう。

そのバイオサイクルを起点に同社のサプライチェーン支援は拡大。今、タイの農業法人が上記の副生物を冷凍食品の原料となるキャベツ畑の肥料にしたり、病害虫被害が深刻なキャッサバ農家のために病害虫フリーの苗を育成するなど、タイを基軸に直接的なサプライチェーンにとどまらない、農業全体への支援が行われている。

国田氏は、「あくまで地域の社会課題に貢献したいと思ってやってきたことが、今の時代の“リジェネレーション”とか“循環”というキーワードに合ったということ。その土地土地の社会課題の解決につながることを考えるのは企業が生きていく上でいちばん大事なことだ」と述べ、企業の在り方そのものが事業の土台になっていることを強調した。

進化する木造建築 竹中工務店は「森林のグランドサイクル」推進

一方、建築の現場でも今、木造建築の良さを見直す動きが強まっている。竹中工務店では“まちづくりを通したサステナブル社会の実現”をグループのCSRビジョンに掲げ、2016年9月に“木のイノベーションで森とまちの未来をつくる”をミッションとする木造・木質建築推進本部が発足。2019年には10階建て、2020年に12階建て、2021年に14階建てと、高層木造建築のロードマップも描いて実現しており、2025年には17階建てを建設する予定という。

その木造・木質建築推進本部の長である松崎裕之氏は、同社の近年の木造建築に関する考え方を「ただ木造建築をつくり出すだけではなく、従来の森林サイクルをさらに拡げ、森林資源と地域社会の持続可能な好循環を“森林グランドサイクル”として活動の軸にしている」と話し、森林環境の再生や循環に配慮していることを強調した。

“森林グランドサイクル”とは、都市部での木造建築で木材利用を促進し、地域での産業創出として木質バイオマス発電や古民家再生・活用を推進、持続可能な森づくりとして植林活動を行い、木のイノベーションとして耐火集成材の技術開発を進める、という4つの要素を通じて「森林資源と地域経済の持続可能な好循環」を目指す取り組みをいう。

その実例として松崎氏は、中央大学多摩キャンパスに2021年3月に完成した木造木質建築である「FOREST GATEWAY CHUO」を挙げた。その建物は、地元の多摩産材を多く使っており、学生らも参加して伐採体験会を行うなど、そこには「森と建物・まちをつなげるストーリー」があることを紹介した。ほかにも奈良井宿(長野県)での古民家再生・活用プロジェクトなど、“木のある未来を見たいから”を合言葉とする「日本と地球、人とまち、デザインと技術を掛け合わせた活動」を全国各地で展開しているという。

古くは宮大工として伝統木造建築を手がけた歴史を持つ同社。鉄筋コンクリートが中心の時代を経て今また木造建築へと戻ろうとしていることについて、松崎氏は「簡単に言うと脱炭素社会の実現のため。木は伐って植えて使うことが大事で、使って燃やさない限りCO2を蓄えておくことができる」と説明。その背景には、日本の耐火建築の基準が世界でもいちばん厳しいにもかかわらず、それをカバーできるだけの技術開発が進んだことがある。「今では耐火木材を使って、鉄とコンクリートと同等かそれ以上の建物をつくることができる」と木造建築の進化を語った。

私たちが目指すべきリジェネレーションとは

最後に足立氏が3人に、「今後は何を目指そうとしているか」と質問を投げかけた。鴨志田氏は「地域の悩みの種となっているものは、技術があれば宝に変換することができる。大きな循環というよりは、無数の小さな循環を生んでいきたい。一つの川の流域を生活圏と捉えることで、何か面白いイノベーションがありそうな気がしている」、国田氏は「異常気象による地球規模の災害を防止するためにもカーボンニュートラルのその先の世界へ貢献していきたい。鍵は農業にある。グリーンエコシステムを確立させたい」、松崎氏は「街中の中高層ビルが木造になるのが当たり前の時代にしていきたい。木には人のストレスを軽減するなどさまざまな効果が科学的に実証されている。鉄やコンクリートと併せて使うハイブリッドの木造建築も含めて、使えるところから木を使い、“森林のグランドサイクル”を回していきたい」と述べた。

これに対し、足立氏は「今日は皆さんのお話を聞きながらリジェネレーションとは何だろうと繰り返し考えてみた。私たちが目指すリジェネレーションとは、ただ単に自然を元通りにするだけではなく、自然と人間の関係を再構築していくことが本当の意味でのリジェネレーションではないかと確信できた」と述べ、セッションを終えた。

岩﨑 唱 (いわさき・となお)

コピーライター、准木材コーディネーター
東京都豊島区生まれ、日本大学理工学部電気工学科卒。いくつかの広告代理店、広告制作会社で自動車、IT関連機器、通信事業者などの広告企画制作に携わり、1995年に独立しフリーランスに。「緑の雇用」事業の広告PRに携わったことを契機に森林、林業に関心を抱き、2011年から21018年まで森林整備のNPO活動にも参画。森林を健全にし、林業・木材業を持続産業化するには、木材のサプライチェーン(川上から川下まで)のコーディネイトが重要と考えている。