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無意識の思い込みに気づく メルカリが無料公開したバイアス研修の中身とその効果

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世界ではDE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)の実現が推進され、ジェンダーなどの差別につながる企業行動や発言は社会からの信用を大きく損ねかねない時代だ。例えば「女性は家庭で働くもの」「男性なら仕事ができて当たり前」といった社会通念に基づく役割分担は、雇用機会や社会保障へのアクセスを限定してしまう。また、それによって自己イメージや尊厳を低下させることは新たな社会問題につながる可能性もある。こうした現状から、無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に気づくための研修が行われ始めている。日本では、メルカリが研修資料ファシリテーターガイドを無料公開している。同社はどのように社内で研修を展開し、効果が生まれているのか。担当者に話を聞いた。(松尾沙織)

ゲイブ・ベッカーマン 
メルカリ Global Operations Team・無意識バイアスワークショップ担当
米国で生まれ育ち、16歳で初めて来日。京都や富山でも暮らし、現在は東京在住。タフツ大学卒業後、JETプログラムの国際交流員として働いたあと、双日で社内翻訳を経験。現在はメルカリで社内通訳者や無意識バイアスワークショップの担当者を務める。

笠円香
メルカリ 広報担当 
大学卒業後、2018年にメルカリの通訳翻訳チームに新卒入社。その後、人事で海外採用・D&I採用のブランディング・アウトリーチを担当し、2020年8月よりコーポレートPRチームに。PRでは新規事業立ち上げ、D&I、決算などに携わる。

ーー研修が生まれた背景について教えていただけますか。

笠さん:当社ではジェンダーについて課題意識を持って重点的に取り組んでいますが、研修はジェンダーというよりもダイバーシティ・インクルージョン(以下、D&I)への取り組みとして始めました。メルカリはどんな背景の人も活躍できる、多様な人材を生かす企業になることを目指しており、D&Iは中でも重要な経営課題の一つと捉えています。

さらに世界中に愛されるサービスを生むために、多様な人に受け入れられるものをつくる必要があり、多様な人材が参加して多様な視点が入る必要があります。そのためには、多様な社員の視点やアイデアを尊重していく必要もあると考えています。

ーー研修ではどんなことをしているのでしょうか。

ゲイブさん:自分のいる職場で対応できるよう感覚をつくっていくワークショップを実施しています。採用や登用、評価のときに職場でよくあるバイアスに左右されていないかをきちんと考えましょうという話をしています。

例えば、いろいろな職場を見てきたのですが、よくあるバイアスとして、男性と女性の名前が書いてある履歴書を見てどっちを採用しようか、次の面接に通そうかを考えているときに、男性の方が雇用しがいがあると判断するというものです。

特にこのバイアスに左右されていないかのセルフチェックが「自分の理解を深める方法でもあった」「意識変化につながった」とよく聞きますね。自分に落とし込んでから職場に落とし込むことをしないとあまり効果的ではないかもしれません。

あとは「what if(もし〜だったら)を想像すること」を研修に入れています。例えば、今話している相手が違うジェンダーだったら同じ反応をするか、同じ発言をするかなど、まずは考えてみることをやっています。

これらの研修はマネージャー以上を優先して行っているのですが、「自分のチームにもやって欲しい」と声がけがある際には10〜20人で実施するときもあります。研修後は「チームメンバーに共有してください」「自分がバイアスのある発言をしたときには指摘してほしいとお願いしてみてください」と伝えたりもします。

ーー研修を受けた社員の感想はいかがでしたか。

ゲイブさん:人間にバイアスがあると聞いて驚く人はそんなにいないんですね。人間だからフィルターをかけていろいろな処理をして行動しているので、なんとなく分かるという方も多いです。でも実際に人間の中にあるバイアスの種類やパターンはあまり知ることがないので、「議論できる用語を知ってよかった」とか「統計的に分類できてよかった」という声を聞いています。

この共通言語をつくることがすごく大切だと思っています。なんとなくD&Iが大切ですよねという意識だけで議論するとあまり効果的ではないと思うんですが、無意識のバイアスなどの知識が少しでもあると、このテーマについてかなり議論しやすくなるんですね。そういう共通言語づくりとか、今まで聞いてなんとなくモヤモヤしていることを話せる土台を提供できることが研修の効果だと思います。

ーー社内の理解を進める秘策はありますか。

ゲイブさん:「その価値観が自社のビジネスにどうフィットするか」の視点が必要だと思います。会社として最終的に何を達成したいのか、ビジネスとしてどう関連させるといいかを考えると説得しやすいのではないでしょうか。

笠さん:2018年にD&Iを推進する部活が始まったのをきっかけに、D&Iが会社の正式な活動となり、その後専門の部署が立ち上がりました。社内では理解を深めるセッションを定期的に行っていました。そういったことも含めて「会社のミッションを達成するためにD&Iは必須だ」という認識が経営陣の中で高まっていったことがあります。

ーー研修に関するデータをとられているそうですね。

ゲイブさん:無意識バイアス研修の効果をどう測定するか難しいところではありますが、「いい方向に向かっているか」「どれくらい働きやすい職場環境か」など社員の満足度のデータをとっています。

笠さん:今後は、サーベイシステムや人事管理システムツールを活用して、社内にどんな課題があるかを明確化して課題解決をしていきたいと考えています。

ーー研修資料を公開してどのような声がありましたか。

笠さん:ファシリテーターガイドというスクリプトを読めば誰でも実施できるようにしていて、これを使って社内で研修してみたという声をいただきました。また、報道関係者の方にも実施してみたらいいかもしれない、ファシリテーターをしてほしいという二ーズもありました。

いろいろなところで研修が使われていることは、弊社としても嬉しく思っております。社内だけでやっていては社会的に大きく変わるのは難しいと思うので、研修を公開することで社内だけでなく社外にもジェンダーバイアスの意識が広まってほしいという思いを持っています。

ーー今後はどのように展開されていく方針ですか。

ゲイブさん:公開しているものはシンプルで基本のきを説明するものですが、今後は実際にバイアスがかかった発言や会話を聞いたり、見かけたりしたときにどう対応していくかを具体的に話すセッションや、実際のスキルを深く話せる場をつくれたらと思っています。

笠さん:メルカリ自体も今まさにD&Iやジェンダーの課題に取り組んでいる最中ではありますが、D&Iは社会全体の課題だと思っているので、研修など社内で蓄積されてきたノウハウを積極的に社外へ公開することや、さまざまな人が活用できるものをつくることで社会に貢献していければいいなと思っています。

松尾沙織 (まつお・さおり)
2011年の震災をきっかけに当時の働き方や社会の持続可能性に疑問を持ったことから、現在はフリーランスのライターとしてさまざまなメディアで「SDGs」や「サステナビリティ」を紹介する記事を執筆。SDGsグループ「ACT SDGs」立ち上げる他、登壇、SDGs講座コーディネートも行う。また「パワーシフトアンバサダー」プロジェクトを立ち上げ、気候変動やエネルギーの問題やアクションを広める活動もしている。