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米政府の陰惨な人権弾圧を告発 映画『モーリタニアン 黒塗りの記録』が突きつけるもの

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テロとの戦い――。9.11以降、この言葉が世界にどれだけ広がったことだろう。大国の“正義”の陰で、陰惨極まりない人権弾圧が行われていた。キューバにある米軍基地内に設けられた「グアンタナモ収容所」で、2002年から14年にもわたって不当な拘禁を受けたモハメドゥ・ウルド・スラヒ氏の手記を映画化した『モーリタニアン 黒塗りの記録』は、国際社会にいまこの時も、混沌とした法秩序なき場所が存在することを突きつける。(廣末智子)

罪状もないままに拘禁、母との生き別れに

アフリカ北西部、モーリタニアに生まれたモハメドゥ(タハール・ラヒム)は、奨学金でドイツの大学に留学した一族の誇りだった。しかし同時多発テロの2カ月後、エンジニアとして家族とともに暮らしていた彼のもとにモーリタニア警察が現れ、同行を求める。「大丈夫。すぐに帰るよ」。映画は、彼が心配でたまらない母親にそう告げ、自ら運転して署へと向かうシーンから始まる。それは、母と息子の生き別れの瞬間だった。

アメリカにとって、モハメドゥが同時多発テロを首謀した一人であることは、最初から決まっていた。高学歴のアラブ人であり、かつてアフガニスタンでアルカイダから戦闘訓練を受けた過去があったことなど、CIAがそうであるとみなす要件が揃っていたためだ。モーリタニアからヨルダン、アフガニスタンの空軍基地を経て2002年8月にグアンタナモに移送されたモハメドゥは罪状もないまま拘禁、拷問を受け続け、6年を経て、ようやく一人の弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)と出会う。

「無罪かどうかは関係ない。拘禁の不当性を認めさせるだけ」とするナンシーを代理人に政府と法廷闘争を続ける中で、モハメドゥは真実を手記に綴り始める。そして当時、ラムズフェルド国防長官がひそかに承認した「特殊尋問計画」の対象者として、肉体的にも精神的にもおおよそ人間が人間に対して行ったことであるとは信じられないような拷問にあい、“自白”を強要されたことが明かされる。

再三の開示請求の末に政府が提示した機密資料のほとんどは黒塗りだった。2010年、連邦判事はモハメドゥを即座に釈放するよう判決を出したが、政府は上訴。依然、グアンタナモに収監中の2015年に発表された手記もまた、政府の検閲により2500カ所の黒塗りが残ったまま出版され、話題となった。

宗教は人を断絶させるだけでない

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映画のもう一人の主役は、テロの首謀者を死刑に処すべく検事として二人に対峙する米軍中佐のスチュアート・カウチ(ベネディクト・カンバーバッチ)だ。親友が9.11でハイジャックされた機のパイロットであり、その復讐心からも任務を引き受けたスチュアートだったが、正当な立件手続きを踏もうとすればするほど、「知らないところで陰謀が動いている」と感じ、ついには軍を離れる決意をする。

印象的だったのは、モハメドゥが独房の中でも許す限り、コーランを唱え、心の平安を祈り続ける一方、スチュアートもまた心の平安を願って教会に通い、その信仰が、彼に軍や政府の言いなりにならない勇気を与えたことだ。スチュアートも実在の人物でそのエピソードも実話である。両者ともが、それぞれの神を通して人としての生き方を模索している。宗教が人を断絶させているだけでないことに救われる思いがした。

グアンタナモは、米国がアルカイダ幹部やテロリストを収容するために設置。少なくとも15人の子どもを含む約780人が南西アジアや中東、アフリカから連行され、司法手続きなしに尋問や拷問を伴う長期拘禁を強いられた。実態が明らかになるにつれ国際社会の非難は強まり、オバマ政権は施設の閉鎖を掲げたが実現できず、トランプ政権は閉鎖を撤回。バイデン政権が再度閉鎖に向けた検証を行っているが、その施設は今もなおある。

国家の暴走を食い止めるには

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戦争など非常時において人は尋常でない精神状態に陥り、残虐行為に走る。非人道的行為は行う側にもまた深い傷を残す。歴史はその積み重ねだった。しかし今これだけ、SDGsやサステナビリティの理念が声高に叫ばれる一方で、世界各地に人権を蹂躙する問題が山積する。国家の暴走を食い止めるには、法の秩序がいかに重要かということは、裁判があったからこそ、生きることを諦めずにいられたモハメドゥの姿からも明白だ。

ある時突然、家族から引き離され、長い拘留生活が始まる。壮絶な拷問を受ける。こうした現実は中国・新疆ウイグル自治区の強制収容所を命からがら逃れてきた市民によっても多数、告発されている。それらは現在進行形であり、その証言は、いまこの時も世界各地の収容所などで、生きて帰れることはないと絶望している人たちの命をも背負っている。その訴えを無駄にすることがあってはならない。

『モーリタニアン 黒塗りの記録』 10月29日(金)、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

https://kuronuri-movie.com/
監督:ケヴィン・マクドナルド 
出演:ジョディ・フォスター ベネディクト・カンバ―バッチ タハール・ラヒム  シャイリーン・ウッドリー ザッカリー・リーヴァイ
原作:モハメドゥ・ウルド・スラヒ『グアンタナモ収容所 地獄からの手記』(河出書房新社刊)
原題:THE MAURITANIAN 字幕翻訳:櫻田美樹
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ  

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。