サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイトです。ページの先頭です。

サステナブル・ブランド ジャパン | Sustainable Brands Japan のサイト

ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Life Media, Inc.)

新型コロナウイルス感染症から学ぶ、これからの地域社会の在り方とは

  • Twitter
  • Facebook
右上から時計まわりに、林氏、成尾氏、濱本氏、永里氏

未だ衰えを見せない新型コロナウイルス感染症。昨年7月に熊本県を中心に九州や中部地方などを襲った「熊本豪雨(令和2年7月豪雨)」は、同県の球磨川流域に住む人々に甚大な被害を与えただけでなく、コロナ禍のため、同県在住者以外のボランティアは受け付けないという、二重、三重の困難の中、懸命の復興作業が行われた。そんな未曾有の状況下で、地元、熊本の企業であり、現在、コロナウイルスに対する国産ワクチンの開発を急ぐ製薬会社「KMバイオロジクス」と、一般財団法人「くまもとSDGs推進財団」がタッグを組み、被災地域の中でも取り残された、いわゆる災害弱者と言われる人たちに支援の手を差し伸べることができたという。その経験を通してこれからの地域社会の在り方を考えるセッションが、サステナブル・ブランド国際会議2021横浜で行われた。3人のパネリストもファシリテーターも全員が、熊本からの参加というローカル色に溢れたセッションの内容を紹介する。(廣末智子)

ファシリテーター:
濱本 伸司 フミダス 代表理事
パネリスト:
永里 敏秋 KMバイオロジクス 代表取締役社長
成尾 雅貴 くまもとSDGs推進財団 代表理事 
林 信吾 くまもとSDGs推進財団 専務理事 

「1日も早く安全な国産ワクチンを」 不活化ワクチン開発に全力

セッションは、キーパーソンであるKMバイオロジクス社長の永里敏秋氏が製薬会社の立場から、今回の新型コロナウイルス感染症を通じて得た現時点での学びについて発表するところからスタート。同社は戦後、熊本市にできた「一般財団法人化学及血清療法研究所」を前身とするヒトや動物用のワクチン製造に長い歴史を持つ医薬品会社であり、2018年7月に明治ホールディングス(東京・中央)の傘下となってからは同社の医薬品部門を担っている。こうした沿革を背景に、同氏は「なんといっても今の課題はこれに尽きる」として現在、開発に全力を挙げている新型コロナウイルスに対する不活化ワクチンの説明を行い、「3月から始める人での臨床実験を早く終え、国産の安全なワクチンを国民に1日も早く届けたい」と思いを語った。

同氏によると、不活化ワクチンとは、「ウイルスそのものの活性をなくして人間の身体に接種し、本物のウイルスに感染したとしてもそれをやっつけるための抗体をつくる仕組み」で、同社が日本のシェア1位を占めるインフルエンザワクチンをはじめ、小児用の混合ワクチンや日本脳炎ワクチンなど従来のワクチンすべてがそれに当たる。これに対して現在、接種が進められている米ファイザーやモデルナのワクチンは「mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン」と呼ばれ、新型コロナウイルスが細胞に結合し、感染する時の足がかりとなるスパイクタンパク質をつくるための遺伝情報を投与する新タイプのワクチンだ。

もっともこれら外国製のワクチンについても現時点で若干のアナフィラキシーなどはあるものの総じて安全性に問題はなく、専門家も高い有効性を認めていることから、同氏は「集団免疫をつくる上でもぜひともワクチンを打っていただきたい」と強調。同社においても不活化ワクチンの開発と同時に、当面は英アストラゼネカ製のウイルスベクターワクチンを充填する事業を並行して行う方針で、これについては今年の早い段階の提供を目指しているという。

「予期せぬ感染症」まだ起こる可能性も 怖いのは不安や差別のスパイラル

さらに同氏は、2000年代に入ってこうした新興感染症が頻繁に起こっていることを図で示し、個人的な考えとした上で、「交通手段の発達のほかに、地球温暖化と、人間が無理に開発を進めた結果、アマゾンやアフリカなどの自然を破壊し、そこから病原菌を運んできたことの二つが原因だ」と主張。「このままさらに温暖化が進めば、従来は熱帯地方でしか流行らなかったデング熱やマラリアなどが、日本や中国にも広がる可能性も考えられる。われわれはどんどん未知の感染症に脅かされる」と危惧。そうした「予期せぬ感染症」が発生した場合、今回の新型コロナウイルス感染症の例から見ても、「病気にかかったらどうしようという不安や、感染した人やその家族らを差別する、第2、第3の感染症が起こってくる」と指摘。「そうすると、感染の可能性があっても病院に行きたくないという心理が働き、この負のスパイラルによって感染がさらに拡大していくことが非常に怖い」と述べ、これをなくすために社を挙げて地域の子どもたちへの感染予防教育に力を入れていることを報告した。

熊本豪雨きっかけに地域のパートナーシップ強まる

話はここから熊本での地域貢献がテーマに。KMバイオロジクスは、熊本の地元企業7社と熊本県の出資する「熊本県企業グループ」に属しており、同氏いわく、「地域の社会課題解決に向けて企業の強みを生かすとともに、地域とのパートナーシップによってしっかりと活動していきたい」という強い思いがある。それを象徴する形になったのが熊本豪雨災害でのボランティア活動だ。

災害は昨年7月4日の未明に発生。翌日には県知事がコロナ禍のため県外からのボランティアを受け入れない方針を表明した。この時点で同氏は「会社を挙げて、私自身を含め約2000人いる社員でボランティアに行く」ことを決意したという。ただ問題は、広い球磨川流域のどこでどういう活動をすればいいのかということだった。そこで、力を発揮したのが「くまもとSDGs推進財団」とのパートナーシップだ。

同財団は2019年8月に設立された、熊本で初めてのコミュニティ財団である。その背景について、同財団代表理事の成尾雅貴氏は、熊本地震を契機に“共助”の重要性が認識される中、SDGsという共通目標ができたことで誰一人取り残さない持続可能な地域づくりのために生まれた協働組織であり、企業や団体、個人などから集まった寄付金を、ひとり親家庭や障がい者、高齢者の支援活動などを行うさまざまな非営利団体へ助成することによって、その資金調達やノウハウ提供に貢献する中間支援組織であると説明した。例えば何か地域に課題があった場合、その対策を直接行政に要望しても行政がそれを施策に結びつけるには一定の時間がかかる。だからこそ、「賛同する人々を集めて寄付を募りながら活動に移すことで短時間で地域の課題を解決できる」のがメリットであり、例えば夕食を食べられない子どもや一人暮らしの高齢者らのための食堂をつくるといった「市民にしかできない活動」と行政との間でさまざまな政策提言を行っていくことも「私たちコミュニティ財団にしかできないこと」だという。

その財団と、KMバイオロジクスの出会いは、豪雨前の昨年4月、同財団がコロナ禍で困窮しているひとり親家庭を支援する団体に対する資金集めに奔走していた時、同社から100万円の寄付を受けたのが最初だった。この時は計650万円の浄財が集まり、6月からの学校再開に向けて、子どもたちの文房具などに充てる資金を調達することができた。その直後に起こった豪雨災害。すでにつながりのあった同財団の采配で同社はいちばん人手の足りていない地域で効果的にボランティアを行うことができたのだ。

この豪雨災害時の、同財団とKMバイオロジクスとの関わりの経緯について説明に立った、同財団専務理事の林信吾氏は、まず同財団が、球磨川流域の被災地の中でもたどり着くのも難しい限界集落など、支援から取り残されている地域の人々を救うとともに、発達障害などで避難所に行けない人や、障害の有無にかかわらず、水害で濡れた畳の悪臭の中でブルーシートを張って暮らしている人々など、孤立者の支援に特に力を入れている団体との連携で復興に当たったことを報告。KMバイオロジクスの社員にも継続的にそうした地域に入ってもらい、永里社長自ら濡れた畳を運んだり、側溝の泥かきなどの地道な作業を通じて「社員の皆さんが達成感を持って動かれていたのが印象的だった」という。

もっとも財団は災害が起こった当日、7月4日の夕方の時点で基金を立ち上げることを決めていた。林氏によると、「いち早く基金を立ち上げることで、資金を見える化し、地域に発信できる。基金を使えばいろんなことができるねという動機づけになり、いろんなリスクがある中でも被災地域に入ろうという団体が増える」と考えたからだ。そこで5日には現地入りし、被災状況のレポートをすぐにまとめ、連携企業らにシェアした。それを見たKMバイオロジクスは8日の時点で1000万円の寄付を行うことを財団に表明。これが大きな力となって、実際に贈呈式が行われた7月22日より前の段階で第一次助成を行うことができた。これをきっかけに同財団だけで約1800万円の基金を集めることができ、9月の第2次、今年1月の第3次と計3回、さまざまな災害支援を行うのべ31団体に対して上限50万円の助成を行うことができた経緯がある。

健康な地域社会の先に幸福な地域社会がある
「企業で働く人も地域社会の一員」の意識が重要

ここで、ファシリテーターを務めた熊本で産学連携教育プログラムの開発や地域イノベーターの育成などに取り組む一般財団法人フミダスの代表理事、濱本伸司氏は、これまでの話から浮かび上がったキーワードの一つである「健康な社会づくり」をあらためて議題に。これについて、成尾氏は、WHOの「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいう」とする健康の定義を示しながら、「熊本には一企業の繁栄のために地域社会が犠牲になった、水俣病という大きな教訓がある。企業で働く人も地域の住民であり、家族と一緒に生活しているということを、私たち熊本人は水俣病を通じて身に染みて分かっている」と強調。さらに現在、同県が「県民の総幸福度の最大化」を目指していることに触れ、「つまり、一人ひとりの幸せの集合が地域全体の幸せにつながる。これはとりも直さず、SDGsでいう誰一人取り残さないということであり、健康な地域社会の先にあるのが、幸福な地域社会なのではないか」と述べ、「そうした社会を実現するため、ひとり親家庭や衣食住を失った被災者の方々の課題を一つひとつ解決していくために多くの企業や団体と連携し、力を結集していくことが必要で、そのための橋渡し役をやっていきたい」と決意を語った。

この「企業で働く人も地域の住民である」とする成尾氏の言葉に、永里社長も「私もよく社員には、会社で働いている時以外は地域の住民なわけだから、地域に対する恩返しの意味でも、草刈や清掃活動、それに地域の祭りなどにも積極的に参加しなさいと言っています。私自身、そういうことが好きですし、そうした活動に力を入れることこそが地域に根差した企業であり続ける上で大事なことだと思っているからです」と同調。さらに「くまもとSDGs推進財団にはこのコロナ禍で教えてもらうことがたくさんあった。財団を通じて、今、地域で起こっているいろいろなことに対する情報を知れば、やはりわれわれとして何かできることはないかと考えるわけで、地域との一体的な活動の重要性を感じる。企業が地域社会に貢献するには、もちろん寄付だけでは十分でなく、従業員にもその地域においてしっかりと活動できる人材として成長していってほしい」と話した。

一方、上場企業やグローバルに展開する企業に比べて、熊本の地元企業の中にはまだまだSDGsやサスティナビリティに対する認識が低いことも話題に上り、KMバイオロジクスと同財団が連携を強化することで、率先して活動していくことを確認。最後に濱本氏が、「これからの人生100年時代を考える上で、心と体の両面が健康でなければいけないこと、また多様な地域社会の課題を解決していくには、多様なパートナーシップが必要だということが今日のセッションを通じてよく理解できた」と締めくくった。

廣末智子(ひろすえ・ともこ)

地方紙の記者として21年間、地域の生活に根差した取材活動を行う。2011年に退職し、フリーに。サステナビリティを通して、さまざまな現場の当事者の思いを発信中。