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ブランドが社会とつながる、持続可能な未来へ  「サステナブル・ブランド ジャパン」 提携メディア:SB.com(Sustainable Brands, PBC)

地域と企業の連携で実現する持続可能なまちづくりのあり方とは

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急激に変化する社会の潮流の中、地域のあり方が問い直されている。その矢面に立っているのは、自治体だ。コロナ禍以前に戻るのではなく、現代を変革のチャンスと捉えて多様なステークホルダーが連携し、持続可能なまちづくりを実現することが一層求められる時代に、自治体はどのように課題を捉えて対応し、地域を未来につなげていくのだろうか。サステナブル・ブランド国際会議2021横浜のオンライン限定セッションでは、「平成30年7月豪雨」で甚大な被害を受けた愛媛県の宇和島市と、世界遺産・白川郷を擁する岐阜県の白川村の2事例を通じて自治体と企業や団体の連携、共創のあり方が討論された。(サステナブル・ブランド ジャパン編集局)

パネリスト:
岡原 文彰 宇和島市長
尾崎 達也 岐阜県白川村 観光振興課 課長補佐

ファシリテーター:
蓑島 豪 クレアン サステナビリティ・コンサルティンググループ コンサルタント

被災からの「創造的復興」目指す――宇和島市

「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」は、2018年6月から7月にかけて西日本を中心に広範囲で発生した集中豪雨。河川の氾濫や浸水、土砂災害により、200人もの命が失われた。愛媛県・宇和島市長の岡原氏は「宇和島市にとって忘れられない、決して忘れてはならないできごと。現在でも、被害が大きかった柑橘園地などの復旧作業や、仮設住宅で生活する被災者の方々の生活支援など、復旧・復興への道のりは道半ばだ」と話す。

同市はマダイと真珠の養殖で日本一の生産量を誇り、農業では愛媛県の中でも有数の柑橘産地だ。前述の豪雨災害では13人が命を落とし、住宅の被害は全壊61棟を含む1780棟、長期間の断水、停電など甚大な被害を被った。急峻な斜面で行う柑橘の生産に欠かせない「みかんモノレール」は、総延長で3万9270メートルが被害を受け、産業面での損失は約279億円にものぼる。愛媛大学の調査によれば、宇和島市、大洲市、西予市を中心に3410カ所の斜面崩壊が起こり、そのうち2271カ所は柑橘栽培が盛んな宇和島市吉田地区だったという。

岡原氏が語ったのは災害復興からのまちづくりだ。単に元に戻すだけでなく、コミュニティの強化やまちの魅力向上など、将来を見据えた「創造的復興」を掲げているという。しかし、市にはノウハウがない。そこで災害復興に関する実績を持つ一般社団法人RCFと、復興まちづくりに関する連携・協力協定を締結し事業を推進している。

岡原氏は協定を通じた企業連携の一例として、フィリップ モリス ジャパンからの支援金を活用した取り組みを紹介した。活用方法は多岐に渡るが、例えば被災した柑橘農園の復旧や土嚢製作に関わるアルバイト、ボランティアのための送迎用ラッピングカー購入や、インターネットを活用した宇和島柑橘の販売促進支援、新規就農者支援、中間支援組織の「宇和島NPOセンター『Carriage(キャリッジ)』」の設立などだ。

岡原氏は「災害を機に、官民の連携は地域の課題を解決する有効な手段であることを実感した。今後は行政、NPO、企業と連携しながら新しい時代に対応したい」とまちづくりへの意志を語った。

本質を継承するまちづくり――白川村

岐阜県の白川村は急峻な山に囲まれ、村の96%が山林という山村だ。かつては陸の孤島と呼ばれ、美しく厳しい自然環境の中で形成された歴史、文化が今も息づく一方、人口減少などの課題が地方都市に先んじて現れる課題先進地域でもある。白川郷合掌造り集落には約150世帯、約500人が暮らしている。

地域づくりの原動力は1971年に発足した「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」にあると尾崎氏は話す。高度成長期の当時、合掌造りの家屋が取り壊されたり売却・転売される中、地域の住民はその保存に努めた。発足から3世代目となる尾崎氏の世代では、次世代につなぐ取り組みや将来の課題を見据えた議論を進めている。

「持続的な地域づくりには、頑なに守るという発想だけでなく。クリエイティブで、アイデンティティを持った取り組み、グローバルな視点も必要では。移住・定住の数を追い求めるのではなく、いかに地域づくりを担うエネルギーを獲得するか」(尾崎氏)

企業連携も積極的に行っている。茅葺き屋根の木造建築物は日に弱く、たばこの不始末による火災によって世界遺産が消滅する危険をはらんでいる。一方、健康増進法の改訂によって、たばこの副流煙が問題視される風潮が強まっている。そこで白川村はフィリップ モリス ジャパンと連携し、世界遺産エリアにおけるスモークフリーを実現。また世界遺産の景観に配慮した加熱式たばこ専用ブースを整備することでリスクを軽減できたという。

現在進行形では、NTTドコモ、十六総合研究所とのコンソーシアムを形成し、5G環境におけるDXの開発と実証を行っている。世界遺産白川郷というアナログな価値を高めつつ、空間上にテクノロジーを張り巡らせるシステム構築によって人口減少問題を乗り越える地方創生を進める。

また、教育面からのまちづくりにも挑戦している。村では2017年、義務教育学校「白川郷学園」を開校。小学校から中学校過程を一貫して行う新たな学校教育制度を全国でも先駆けて導入し、郷土を学び育む授業や地域人の生き方を学ぶ授業など、村独自のカリキュラムを展開する。

「白川郷における持続的な地域づくりとは、今もなお息づく文化や暮らしなど、白川郷の本質を見失うことなく継承すること。変わるべきものは進化し、変わってはいけないものをしっかりと見極めることが大切だ。時間がかかっても、常に住人との対話を重ねながら汗をかき、自分たちの暮らしに誇りを持ち続けることが、未来につながる地域づくりを形成すると考えている」(尾崎氏)

重要課題は「連携強化」と「シビックプライド」

これらの事例を踏まえ、それぞれの場合で特に重要な課題と対応策は何だったか。ファシリテーターの蓑島氏は踏み込んで質問をした。岡原氏はかねてからの人口減少に加え、被災時に自治体職員が忙殺されることによる人手不足と、財源の機動力を課題に挙げた。自治体の財源は公益性、公平性を考慮し、予算化された上で投入事業の審査が必要になるため、どうしても実用に時間が必要だ。岡原氏は「自治体だけでなく外部からの専門的知見をもった団体、企業と連携することによってスピード感と実効性のある支援が可能になる」と体験に裏付けされた実感を話した。

一方、尾崎氏は重要課題を「シビックプライドの醸成」として「人口減少によって衰退する地域に活力を与えると同時に、多様な価値観が共生する地域を築くことによって、地域の面白さが増し、新たな活力となる人、もの、ことの呼び水となる。その軸がぶれないように白川村らしいシビックプライドの醸成を目指している」と話した。このためにローカルメディア「飛騨日日新聞」を創設。発信媒体はタブロイドのほか、WEB、SNSなど多様な媒体を活用し年齢層を問わずに情報を届ける。一人ひとりの思いを見える化し、「種火を灯す」ことを狙いにする。

さらに蓑島氏は「総合的復興、まちづくりのためには地域内の組織や人が方向性を合わせることが必要だ。人をまとめる、牽引するという市長の役割で重視した点は」と岡原氏に投げかけ、岡原氏は次のように話した。

「災害直後に頭に思い浮かんだことは、被災した一人ひとりに寄り添い支援すること。当時を振り返ると、被災した全ての人、市民の声に応えることができたかというと不十分だったのかもしれないが、まず市のトップとして、全職員に対し、市長である自身が先頭に立って復旧に取り組むこと、また被災者のために、地域内外のさまざまな関係者と連携しながら市が一丸となり復旧・復興活動に取り組む必要があることを繰り返し伝えた」(岡原氏)

また行政だけでなく地域の人やボランティア、NPOと連携して被災者支援活動に取り組むことを念頭に置いて各施策を推進したという。重視したのは、復旧の早い段階で外部の専門家を招聘し、市の将来を見据えた創造的復興を目指すということだ。庁内でも復興本部の設置や復興体制の決定をする段階で官民連携の体制を構築した。

関係人口や次世代につなぐ地域の心

蓑島氏が今後の戦略を問うと、岡原氏は「宇和島市のキャッチコピー『ココロまじわうトコロ』に集約されている」と話した。「まじわう」は「宇和島」を逆さ読みした造語だ。

「このキャッチコピーは、日々の暮らしの豊かさの中で、人と人が関わり合い、心が通い合うことから次の行動が生まれ共創していくことの決意を表している。今後の展開としては、地元出身の若者がふるさとに回帰しやすい環境、新たにうまれた関係人口の人たちや、これから関係人口になろうという人たちが宇和島に関わりやすい環境を、少しずつ整備する必要があると考えている」(岡原氏)

「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」は発足から50年を迎える。合掌造りを「売らない」「貸さない」「壊さない」という3原則を、半世紀にわたって先人たちは守り抜いてきた。尾崎氏は「現代を背負う私たちが、これをどうアップデートし次世代につなぐのか。持続的な地域づくりに一層邁進したい」と決意を新たにしてセッションを締めくくった。

沖本 啓一(おきもと・けいいち)

フリーランス記者。2017年頃から持続可能性をテーマに各所で執筆。好きな食べ物は鯖の味噌煮。